喫茶店 五芒の月
地裏ムカサは呪香ミツコとともに、教師である犬神ヤシャに連れられて学校の敷地を出た。二人の生徒が案内されたのは、看板に五芒星をかかげた花屋と併設の喫茶店である。
「いらっしゃい」
つややかな長い髪の美人に三人は迎えられた。席へ案内され、メニューを渡された。長い髪の美人は厨房に消えた。
「先生、いいんですか? まだ授業中ですよ」
「その授業をできなくしたのは誰だ?」
ムカサの追及を、剣呑な視線で犬神がはじき返す。ミツコは面白くなさそうにメニューを広げた。
「あのウェイトレスがお目当てなんでしょうよ」
「店長だよ。若いがしっかりしている」
ミツコの指摘は図星だったようだ。獣を思わせる犬神の鋭い視線が、みょうににやけて見えた。
「しかも、ウィザードですしね」
「ああ」
ムカサは確信を持って言ったわけではなかったが、犬神は一切否定しなかった。
「よりによって、陰陽師なんて」
「陰陽師? 彼女がか?」
犬神は、こんどは少し声を上ずらせた。店長を勤める女性の詳細なことまでは知らなかったらしい。一方的に憧れてでもいるといったところだろう。
「お店の看板を見ればわかります。日本で五芒星といえば清明印です。ウィザードが経営している店の看板なら、気づかない方がどうかしています」
「魔術師と陰陽師の違いがわからないが……」
うっかりムカサが口にした一言に、ミツコがすさまじい振り向き方をした。実に珍しいことだ。ムカサと話をするとき、ミツコがムカサを見ること自体がとても少ないのだ。
「高尚な魔術を陰陽道なんかと一緒にしないでもらえるかしら。陰陽師なんて、紙に落書きしてそれらしいことを言ってお金を巻き上げる詐欺師の集団みたいなものよ」
「ずいぶんな言われ方ね」
自ら3人分の水を持ってきた店長に、ムカサと犬神は硬直した。すぐそばに居ることを知っていたとしても、ミツコが発言を控えたとは思えない。
「陰陽師が持ってきた水を飲むなんて、私の母が聞いたらなんていうか……」
「毒なんか入れませんよ。高尚な魔術とかいうのと、一緒にしてほしくありませんね」
ミツコが客だからか、口調こそ丁寧だが、怒りをこらえているかのように見えた。ムカサの目から見てもきれいな女性だが、ミツコは相手を怒らせる特別な才能を持っているのだと、ムカサは信じていた。
「魔術で扱うのは、深遠な薬の技よ。イノセントの科学よりはるかに玄妙な技術の粋なの。たとえ、飲んだ薬が毒だったとしても、飲んだ人は光栄に思うべきだわ」
「なら、この水に私がつまらない毒を入れたとしても、『玄妙な技術の粋』で中和できますね」
水を置き、店長とウェイトレスを兼ねる美しい女性は背を向けた。投げかけられた言葉をうのみにしたのか、ミツコは普段より一層険しい目で透明のグラスに注がれた水を睨みつけていた。