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一話 ゾンビになったなら


まるで霧の中を歩いてる様な感覚。

僕は、今、何をしているんだろう。

わからない、わからない、わからない。

ぼんやりと意識はある、死んだ事もわかる。

でも、自分が何をしているのか、どこにいるのか、何を考えているのかわからない。

今、僕を支配している物は空腹。

どんな物より、どんな事より辛い飢餓感が全てを支配している。

空腹だ、くうふくだ、クウフクダ。

あぁ、いい匂いがする。

きっとこれは食べ物だ、これを食べれば空腹は治まるだろうか?

なにも考えたくない、考えられない。

食べよう、どうでも良いから食べよう。

食べよう、たべよう、タベヨウ。


思い出した、僕の家族はもういないんだ。

旅を共にした妻、可愛い子供、全て無くしてしまった。

何も残っていないなら、僕はこの世界にもういない。

もう涙は枯れてしまったけど、それでも心は泣いていよう。






僕の意識がぼんやりとだが、覚醒したのは、洞窟の中だった。

僕は生きているのか?生き残ってしまったのか?


「あー、あー、うー、あー 」


おかしい、声が出ない。

頭の中では、言葉が浮かんでいるのに喉が伝えない。

おもわず喉を抑えると、指先に鈍いが、ベットリとした感覚がある。

掌を確認すると、赤い液体が纏わり付いていた。


「あー、あぁ、あー!! 」


なんだこれは、血じゃないか!僕は何をしていたんだ。

身体が軋む、思った様に身体が動かない。

なんとか振り向くと、地面には半分腐った様な魔物の死骸が落ちている。

先程までの空腹感が無いことに気づく。

僕はこれを食べたのか?この、腐りかけの蛆が湧いた死骸を。

冗談だろう、いくらなんでもこんな物を食べるなんて。

吐き気に襲われ口元を慌てて覆う。

口の周りには血が固まった様な物と肉片がこびりついていた。


「うー、あーー、がー 」


食べたんだ、僕はこれを食べたんだ。

いったい僕になにが起きているんだ、混乱する。

軋む身体に鞭を打ち、水辺を探して這いずり回る。

一時間か、半日か、1日か。

時間の感覚が無くなっている事に驚く、いくら歩いても疲れはしないが、どれぐらい自分がそうしていたのかが、わからない。

意識はある、鈍いが感覚もある、ぼんやりとだが視力もある。

だけど、身体がまるで自分の物では無いような感覚が、夢でも見ているんじゃないかと錯覚させる様だった。


やっと見つけた水溜り、血で汚れた手と口をやっと洗える事に嬉しくなる。

岩の窪みに溜まった、ほんの少しの水だが洗うだけなら充分だろう。


「あぁ、あーーー 」


水溜りに写った自分を見て僕は膝をついた。

あんまりじゃないか、仲間を奪い、家族を奪い、僕の命を奪っておいて。

神様はそれでも満足しなかったらしい。

だって、水溜り写ったのは屍人。

グール、ウォーキングデット、ゾンビ、日本ではそう呼ばれていた者。

それほどありふれた魔物、屍人だったんだから。


自分の顔が醜く写っている、口の周りを血だらけにした僕の顔。

焦点のあっていない瞳、口から流れ出る汚液。

これが今の僕らしい。

おそらく、僕の亡骸をダンジョンに捨てたんだろう。

屍人はダンジョンで一番多い魔物だった、材料は人間。

魔素が人間の亡骸に集まると、屍人になると聞いた事がある。

僕は国民にとっては英雄だから、少なくとも国が復興するまでは、死んだ事は公表出来ない筈だ。

広場で僕が死んでる事を確認した役人が、ダンジョンに投げ捨てたんだろう。

僕の家族を殺して、次は僕を捨てたって訳だ。

僕を勝手に召喚して、魔王まで倒させたっていうのに、たいした礼だと思う。

もうどうでも良かった。

僕はその場で寝転がり、自分の命が終わるのを待った。






時間の感覚が無い事が幸いして、ただ呆然とその場にいる事に苦痛は感じなかったが、空腹感だけは我慢出来なかった。

何度も自分で死のうとしたが、上手く身体が動かずに出来なかった。

きっと、この空腹感が無くなれば死ねるのだろう。

その時が来るのをじっと待つ。


「おい、そろそろ戻ろうぜ 」

「馬鹿言え、この程度の成果で家に帰れるか 」


ガチャガチャと音を立てながら、僕の前に現れたのは若者だった。

魔王を倒した後に傭兵が生活をする為に出来た組織、ギルド。

彼らはきっとギルドから依頼を受けた冒険者だろう。

丁度、岩が邪魔をして僕には気づいていない様子だ。

彼らの前に出れば、殺してくれるんじゃ無いか?そう思い立つ。

空腹で動く事が辛いが、楽になれると思えば頑張れた。

彼らの背後をとる形になってしまったが、逆に好都合。

後ろから驚かせば間違い無く、剣を抜く筈だ。


後、五メートル、彼らはまだ気づかない。

三メートル、それでも彼らは気づかない、きっと新米冒険者なんだろう。

一メートルに近づこうとした時に、今までの比では無い空腹感に襲われた。

やめろ、何を考えている!やめろ、止まれ、やめろ!


「あー!あーーああ!! 」


僕は左側の冒険者の首を噛み切っていた。

空腹感が治まっていく、なんとも言えない快感。

もう止まらなかった、僕は冒険者を貪った。


「屍人?!てめぇ、アデルを!やめろ、アデルを喰うのをやめろ!! 」


仲間を僕に殺された冒険者が斬りかかってくる。

僕の胸に剣が刺さる、駄目だよ、僕は死んでいるだ。

首を跳ねないと、殺せない。

駄目だ、意識が飛ぶ。

彼も食べてしまいたい、その欲求が僕を染め上げる。

気付いた時には、二人の亡骸が地面に転がっていた。






二人の墓を長い時間をかけて作った。

僕は完全に魔物に堕ちてしまったらしい。

彼らを食べてから、意識も更にハッキリした。

若い彼らの命を糧にして、醜い僕は生き残っている。

彼らが残した剣で死のうともしたが、身体が拒否して動かなくなる。

死ぬ事も出来ず、せめて彼らの墓を作ろうと思い、片手しか無い腕でなんとか作った。


少しだけ、わかった事がある。

屍人は命を糧に成長するみたいだ、軋んでいた体もいくらかマシになった。

剣で刺された傷はまだ塞がらないが、それでも薄く膜は張っている。

これなら、なんとかやれるかも知れない。

このまま、この場所で過ごせばまた、空腹感が襲ってくる。

そこに冒険者が来てしまえば、喰べてしまうかもしれない。

これ以上、僕は人間を喰べたく無い、殺したくない。

僕が最初に口にしたのは魔物の死骸だった。

だったら、魔物を喰べ、空腹を抑える事も可能なんじゃないか?そう思った。


僕は彼らの剣を手に持ち、ダンジョンの奥に進む事を決心した。






ダンジョンの奥に進んでいくと、それなりに魔物が現れた。

怖くはなかった、勇者だった頃に散々戦った相手ばかりだ。

それに、殺られても構わない、もう死んでるんだから。

それでも、身体は戦い方を覚えている物で、昔と比べれば話にならない様な身体でもなんとか戦えた。

魔物の弱点をつき、隙をつき倒した、そして喰べた。

食べる度に身体の自由が返ってくる。

言葉も少しは話せる様になったし、今は体の軋みも感じる事は無くなっていた。

冒険者から借りた剣が、刃こぼれで役に立たなくなった頃、僕はダンジョンの最深部 に到達していた。


「ココでオワリか?コノ、ダンジョンは 」


ダンジョンの最後には必ず最後の部屋という物がある。

ダンジョンとは、魔王が世界中に作った軍事施設の様な物だ。

人間と戦争をする中、数が劣る魔族は魔物を人工的に作り、駒にした。

その為の生産施設が、ダンジョン。

最後の部屋には、そのダンジョンを任されていた魔族の住処がある場合が多い。

他にも、宝物庫の場合などもあるらしいが。


僕はこの部屋を自分の住処にするつもりだ。

ここならば、新米の冒険者がくる心配はないだろう。

たとえ、冒険者が来てもそれは力のある冒険者、僕を殺すことが出来るだろう。

とにかく、僕は此処を拠点にして魔物を狩りながら生活するつもりだ。

妻と子供、共に戦った仲間、僕が殺めた二人の若者の供養をしながら待とうと思う。

この命が終わるのを。


僕は重く閉ざされた扉を開ける決心をした。








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