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「もちろん。今日はたまたまだよ」
今度こそかばんを受けとると、「宿題をするから」と宮崎は背を向けた。
母にはまだ、なにひとつ話すわけにはいかなかった。けれどそれで心配をかけるようなことがあってはならない。それではなんのために母は身を削ってまで働いているのか。宮崎自身も、なんのために、必死の努力をしてまであの学校に入ったのか。
翌日の放課後、げた箱で自分の靴を見つめながら、宮崎は自身に問いかけていた。はしゃぐ生徒やそれをたしなめる教師の声、ばたばたと駆けまわる足音に囲まれるなか、宮崎はひたすらに一点をにらみつけている。げた箱には土足の他に、部活動で使うスパイクシューズが押しこまれている。
正直なところ、いまさら部活動に出たとしても怒られはしないだろう。だが気さくに声をかけてくる者もいなければ、宮崎から話しかける相手もない。存在していないかのように扱われるだけだとわかっている。それでも宮崎は、げた箱に手をつっこんでスパイクシューズをひっぱりだした。
どんな状況だってかまわない。話す相手がいなくとも練習はできる。なれ合いに行くわけではないのだ。そう自分に言い聞かせていても、玄関口へ向かう足どりは重く、浮かない表情を浮かべているのはだれの目にも明らかだった。そんな宮崎の背に声をかける者がいた。
「宮崎ー!」
大声で呼ばれて、宮崎は驚いて体を跳ねさせた。目を見開いてふり返ると、げた箱付近にある階段に人影があった。手すりから身をのりだしてこちらに手をふっているのは、昨日図書室で出会った、竟だった。大した距離ではないのに声を張り上げたため、周囲にいた生徒ももれなく目を見開き、なにごとかと竟を見ている。しかし竟はそんな周りの空気に気づくこともなく、満面の笑みで手をふり続けている。宮崎はため息をひとつつくと、竟の方へ歩み寄っていった。
「お前、声がでかいよ。びっくりするだろ」
苦笑しながら声をかけたところで、宮崎はぴたりと足を止めた。竟のすぐそばに伏見が立っていたのだ。いつものように唇は弧を描いていたが、宮崎を見る目は決して穏やかなものではなく、冷たく無感情であった。しかし竟は背後の伏見がそんな表情をしているのは見えていない。ぬいとめられたように動かず、顔をこわばらせている宮崎を不思議そうに見つめた。
「どうしたんだよ」
竟が近づいてきて宮崎の肩をたたく。そこでやっとわれに返った宮崎は伏見から目線を外し、顔をのぞきこんでくる竟へ、ぎこちない笑みを向けた。それに答えるように笑顔を返すと、竟は一変して不安そうな顔を見せた。
「宮崎、昨日はごめんな。迷惑かけて……」
「え、迷惑って? 別に気にしてないけど」