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「宮崎……」
竟はなにか言いかけたが、また乱暴にひっぱられ、本棚の向こう側に消えていった。数秒後に扉が閉められる音がして、その後はなにも聞こえなくなった。
「行くぞ」
最初に声を発したのは伏見だった。いつも浮かべている笑みが消えている。無表情になるとぞっとするほどの冷たい人間に見えた。
伏見の指示で群れをなしていた生徒が一人ずつ動きだし、図書室を出ていく。その途中で全員、宮崎の顔をふり返った。特になにを言うわけでもなく、表情を変えるでもない。だが示し合わせたように一様な行動をとる集団はぶきみでならなかった。
最後に伏見が図書室を出ていく。彼は宮崎の方を見もしなかったが、宮崎は彼を凝視していた。伏見は、おかしくてたまらないというようにうすら笑いを浮かべていた。いつもの笑みではない。うさんくさくて気持ちが悪いやつだと常々思っていた宮崎だったが、やはりあの笑みは仮面だったのだ。今にも長い舌をのぞかせんばかりの、へびのような笑みだった。それが自分に向けられたものでなかったことに宮崎は心底安堵した。
しかし、水藤斎が向けた視線は宮崎へだった。これは疑いようもない。あれほどまでに強い感情のこもった目を宮崎は知らない。一体自分がなにをしたというのか。宮崎は考える。ただ、竟と偶然会って話をしていただけだ。それだけのことが気に入らなかったのだろうか。
そもそも、水藤斎と竟はどういう関係なのだろうか。親しい間柄というのは先ほどの会話からなんとなく察することができるが、どうもそれだけではない気がした。周りにいる取り巻き達とは明らかに立場が違う。伏見達のように敬称をつけて呼ぶことはしないし、敬語で話しかけることもない。かといって気の置けない仲というわけでもないようだ。二人の中での上下関係ははっきりしているようだった。同い年だから兄弟だということはないだろうが、親戚かなにかだろうか。
そこまで考えたところで、宮崎はつい窓の方を見た。思考を切りかえようと無意識にした行動だったのだが、失敗した。視線の先では、サッカー部が昼の練習をしているところだった。
サッカー部では学年ごとに集まって昼食をとり、その後で合同練習をするという習慣がある。宮崎も最近まではあの輪の中にいた。けれども、今では放課後の練習にすらまともに参加していない。それでも他の部員はなにも言わない。このまま宮崎が部活動に来なくなったとしても、きっとなにも言わないままなのだろう。
この学校にいないほうがいいんじゃないの。
一カ月前に自分に向けて放たれた、部員の言葉が今でも宮崎の胸に刺さっている。言われた瞬間の衝撃は今でも忘れない。
彼は宮崎を心配して忠告したわけではない。宮崎の現状を理解した上で、単なる「感想」として言葉をもらしたにすぎなかった。その証拠として、彼は宮崎をふり返ることなく練習に参加していった。そしてその後、一度も声をかけてくることはない。
授業開始の予鈴が鳴る。顔を仰げば青空が広がっている。晴れやかな青だ。澄んだ水のように清らかで美しい色彩だ。そこに浮かぶ雲も、柔らかい水色の影を持ちながらただよう。まるで広がる青空に寄り添うように、穏やかな動きだ。校庭へとぬいつけていた視線をやっと動かして、宮崎は教室に足を向けた。この学校のことばかり考えるのはもうやめにしたいのに、そうできない自分にいらついていた。