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一
昼休みの鐘が鳴る。宮崎 直弘は図書室の入口で突っ立っていた。最近は意識しなくてもここに足を向けてしまう。今の宮崎にとって唯一心が休まる場所だった。
図書室自体は閉鎖されていないが司書はいない。この時間に本を借りに来る生徒はいないので、カウンターの奥にある司書室で昼食をとっているのだ。この中学校には給食という制度はないらしい。皆、弁当を持ってくるか備えつけのカフェテリアですませている。私立校では珍しいことではないようだが、以前通っていた公立校との違いに驚くことは多かった。
音を立てないように、宮崎はそっと足を踏み入れる。司書室を静かにのぞき見ると、司書はテレビを見ながら テーブルに弁当を広げていた。それを確認して本棚の方に向かう。読書用にと並べられているテーブルには当然つかず、奥へと進む。目当ては目録や辞典などが並ぶ棚だ。借りる者がほとんどいない本ばかりでほこりをかぶっている。しかし日当たりは良好だった。
本棚を背に腰を下ろし、宮崎はかばんの中身を探る。やや大ぶりな弁当箱をとりだした。食べ盛りの年頃だからと母親がうれしそうに買って見せてきたのを覚えている。重箱かと思うほどの大きさの弁当箱に、隙間なく中身が詰めこまれている。
宮崎の母は料理が苦手だった。味も見た目も、お世辞にもいいとは言えない。けれど弁当を持たせることをいとうこともなければ、できあいの総菜や弁当で夕食をすませることも一度としてなかった。どんなに仕事が忙しくとも息子のために料理を作った。だから宮崎はどんなに食欲がなくとも必ず完食する。好ききらいなど絶対につくらない。できたてでないはずなのに、母の弁当はなぜか温かく感じる。丁寧にされた味つけが体に染み入るようだ。
ゆっくり味わっているうちに、昼食の終わりを告げる鐘が鳴っていた。宮崎は残りを急いでかき込んだ。昼食が終われば他の生徒も入ってきて、司書も戻ってくる。見回りで見つかれば面倒なことになるだろう。おかずを大量につめこみすぎて息がつまった。あわてて水で流し込み、音を立てないように気をつけながら片付ける。と、同時に目の前に人影が現れた。
ギクリとして見上げたが、司書ではなかった。だが予想もしない人物だったので、宮崎は一瞬呼吸を止めた。
「誰?」
聞きたかったことを先に聞かれて、宮崎は言葉を飲みこんだ。紫色の目がじっと宮崎を見下ろしている。制服であるブレザーを着ているのでかろうじて生徒であるとわかったが、それ以外は異様な外見だった。
まず頭髪の色だ。校則で染髪は禁止されているはずだが、目の前の男子生徒の髪はあせた金色をしている。ねもとから毛先にかけて白くなるように濃淡がついている。眉やまつ毛の色まで同じなため、地毛なのだろう。肌の色はマネキンのように白く、無機質に感じられた。それらが陽の光を受け、白く発光しているように見える。まるで人間ではない別の生き物のような……不可思議な存在に出会った気分だ。