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竟を一人にさせたことが最大の要因だった。昼を少し過ぎた時間帯だった。きっかけは、一本の電話だった。
「仕事が入った。竟、帰るぞ」
昼食を終えたばかりの教室は活気にあふれていた。生徒や教師が思い思いに談笑するなか、それでも斎の声はよく通った。他の生徒と談笑していた竟はすぐに反応した。
「仕事って、今すぐ?」
斎が携帯電話を片手にうなずくと、竟はさびしそうに笑う。
「分かった」
それでも何も言わずに従う。クラスメイトに別れを告げ、二人は席を立った。斎の「仕事」には、年齢も時間も関係ない。斎が水藤家の指導者であるというだけで、生まれた時から背負っている役割だった。だから竟は何も言わない。他の生徒も、教師ですらなんの疑問もなく受け入れる。ここはそういう学校だ。
「伏見」
斎はかたわらにいる男子生徒を呼んだ。長身で柔らかな微笑を絶やさない男だ。一見すると親しみやすい印象を与えるが、内面は大きくかけ離れている。ただし仕事の腕は信頼できる。
「車の手配を頼む」
「はい、すぐに」
携帯電話を耳にあて、伏見は廊下へと消えていく。それを見ていた竟が斎をふり返った。
「俺、トイレに行きたい」
申し訳なさそうに口にする竟に斎は小さくふきだした。
「それくらい大丈夫だ。迎えはそうすぐには来ない」
用を足すくらいの時間くらいはある。便所は教室を出て廊下の角にある。大した距離でもなかった。
「一人で行くか?」
「うん、行けるよ」
竟は笑ってうなずく。
なぜこんなことを聞いたのだろうと、斎は後になって悔いた。なぜ一人で行かせてしまったのだろうか、と。