表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シグナル・オブ・ジョーカー  作者: 水崎綾人
6/7

第6話「つかの間の休息」

「はぁ、はぁ、はぁ…疲れた」

「じゃあ、少し休憩にしましょうか」

「ああ」

 あれから実に4時間。弥夢と柚瑠はぶっ通しで練習を続けていたため、彼らの体力は既に限界点に達していた。

「それにしても……腹減ったな。それにまだ放課後にならないのか…」

「多分この中は薫先生の固有結界に近い空間だと思いますので、薫先生が設定した時間と外の時間の進みが異なるんだと思います」

「こ、固有…?」

 魔術については全く無知な弥夢にとって柚瑠が放つ魔術関連の言葉はすべて暗号の様に聞こえた。

「飯も食えないのか……」

「ご飯ですか…?」

 柚瑠は少し考えると、どこに向かうのか唐突に歩き出した。

「お、おい…柚瑠さん?」

「ちょっと待っててください」

 柚瑠は少し歩いていくと、壁に手をつき少しの間だけ目を閉じた。

「やっぱりここですね」

「ここって?」

 すると、右手に剣を出現させた。そして、それを存分に壁に向かって振り下ろした。

 振り下ろした後、その壁は何やら歪な音を立てて、壁の部分に部屋がいくつか出来た。

「これは一体」

 状況が全く把握できていない弥夢に柚瑠が説明する。

「これは、キッチンと冷蔵庫とバスルームです」

「いや、俺が驚いたのはそこじゃないって」

 的外れな説明に弥夢は手を横に振る。

「俺が驚いているのは、何で柚瑠が剣を振り下ろしたら壁が部屋に変わったのかってこと」

 柚瑠はそのことですかと言わんばかりに手をポンと叩き、説明を始める。

「あれは、この空間に用意されていた部屋です。通常は壁の一部として収納されていたようですが、私が魔力を加えて展開させました」

「そ、そうなのか。剣を振り下ろしただけで魔力を与えられるなんてすごいな」

 柚瑠はそうですか?と首を傾げ、話を続ける。

「それじゃ、どうします?ご飯にします?風呂にします?それとも……」

「え、何この展開?」

 言っていて自分で恥ずかしくなったのか、柚瑠は顔を赤くして取り繕う。

「ち、違いますよ。最後のは練習しますかって言おうと思ったんですよ」

 手を顔の前でバタバタとさせて早口でいう。

 弥夢もどこか恥ずかしくなったのか柚瑠から視線を離す。

「じゃ、じゃあ飯にしようかな?」

「分かりました。待っててください」

 言うと、柚瑠はキッチンに向かった。

 かと思うと、何を思い立ったのかまた部屋からヒョイっと顔を出して口を開いた。

「ご飯が出来るまで少し時間がかかりますので、先にお風呂入っててください」

「え、柚瑠が作ってくれるの?」

 すると、どこか恥ずかしそうに頷く。

「だ、ダメですか?」

「いや、ダメじゃないけど。いいのか?」

「はい!」

「じゃあ、お言葉に甘えるとするよ」

 言うと、弥夢は立ち上がり風呂場に向かう。




      ◇

「うわ…凄いな」

 弥夢の目の前に広がっているのは、家庭用のバスルームとは比にならない大きさのそれだった。

 例えるならば、銭湯の二倍くらいの大きさだ。

 弥夢はシャワーで身体を一通り洗い終えると、湯船に浸かった。

「あ、あぁ……」

 全身から疲れが取れる。このお湯が全てを流してくれる気がした。

 考えてみれば、これも魔術で構成されている固有結界の中で、今自分が浸かっているこのお湯も全ては薫の魔術によって構成されているのだ。そう思うと、何とも不思議な感覚に陥る。

 魔術がここまでのことが出来るというのは、これはもう、人工的に引き起こせる『奇跡』と言っても過言では無いだろう。

 だが、魔術が奇跡と言い例えることが出来るのなら、自分の中に秘められている『霊力』とは一体どうなるのか。

 左手一本で、魔術をポリゴンの破片へと破壊し、自分の身に起きたあらゆる自称さえ破壊した。

 この力はきっとあってはならない力なのだろうと肌が感じる。

 それに、今はまだそれほど公になってはいないが、もし、自分が七人目の統べる(シグナル)であることがバレてしまえば、きっと休戦協定を結んでいない弥夢は恰好の獲物になることだろう。

 あらゆることが頭の中を駆け巡り、気持ち悪くなる。

 実のところ初めてこの能力を使ったあの夜。身体が熱くなる以外にも自分の身に起きたことを弥夢は柚瑠にも薫にも話していなかった。何か話してはいけないような気がしたのだ。あの夜、何故か脳裏に白いワンピースを着た少女のビジョンがよぎったのだ。

 弥夢は湯船のお湯を両手ですくい上げ、顔を洗った。

「もう…出るか…」




       ◇

 風呂から上がりキッチンに行くと、柚瑠がせっせと料理を作っていた。

「次、入っていいぞ」

 柚瑠は弥夢の声に驚いたのか、両肩をビクッと震わせた。

「うはっ、ひ、弥夢くんですか!?」

「あ、悪い。驚かせたか?」

「いいえ。それより、適当に休んで待っててください。もうちょっと時間かかりますから」

 言うと、柚瑠は再び鍋の方に目を落とした。

「いや、あとは俺がやるよ。柚瑠も風呂入って汗流してこいって」

「汗……なっ」

 自分がかいている汗に気づき慌てだす。

「え、で、では。この鍋を見ていてくれますか?私はその……お風呂に……」

「ああ。分かったよ」

「ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げると、慌ててバスルームに向かっていた。

 柚瑠が離れ、鍋を見ることになった弥夢は、その鍋の中身が気になって仕方なかった。

 柚瑠がバスルームに完全に行ったことを確認し、鍋の蓋をそっと開けてみる。

 中身は肉じゃがだった。

「おお、肉じゃがか」

 お玉を手に持ち、ちょっとスープをすくってみる。

「味見だ。これは味見だ」

 自分に言い聞かせて、すくったスープをそっと、口へ運ぶ。

 その瞬間。弥夢の舌に一筋の刺激が走った。

「な、なんだ…これは…」

 ――これはなんだ。なんだこの味は。これは肉じゃがじゃないぞ。この味が肉じゃがであってたまるか。これが肉じゃがなら世界がめちゃくちゃになってしまう。そうだな。例えるなら、この味はロールキャベツ?どうやったらこんな味を肉じゃがの見た目で再現できるんだ。

 弥夢は悩んだ末、鍋を持ち上げ、流し台にそれを放った。そして、材料の残りを確認し、再び作り始める。

「暦ほどじゃないけど、俺も一応料理は出来る……まだ上がってくるなよ」

 そっと祈りながら大急ぎで肉じゃがを作り直す。

 弥夢の家庭はよく両親が海外出張をしているため、妹の暦と二人暮らしになる機会がしばしばあった。そのため、料理は人並みに出来るくらいまで成長したのだ。また、暦はもはや神と称してもいいくらいの腕前まで成長している。

 ものの二十分で具材を鍋に放り、鍋で煮立てるところまで持っていった。

 しばらくすると、柚瑠がバスタオルを首に巻いて風呂から上がってきた。

「いいお湯でした。どうですか?鍋の方は?」

 背中に冷や汗を垂らしながら、苦笑いで答える。

「あ、あと少しじゃないかな?」

「まだ煮えませんか?」

 (いぶか)しげな顔をして、首を傾げる。

 弥夢は話題を変えようと話を振る。

「あ、そうだ。柚瑠。冷蔵庫にコーヒー牛乳があったぞ。風呂上りといったらコーヒー牛乳だろ?」

「え?まあ、そうですけど…。って、そうですか?」

 そうは言うが柚瑠は冷蔵庫の方に足を運ばせた。

 そして冷蔵庫を開け、瓶のコーヒー牛乳を取り出した。ピンっと蓋を開け、それを勢いよく口に運んだ。

 ゴクゴクゴクと喉を鳴らして飲む音が聞こえる。

「あ、そういえば、この食材も全部薫薫先生の魔術で出来てんのか?」

 プハーと息を吐き、弥夢の質問に答える。

「そうですね。この空間にあるのは基本薫先生の魔術によるものです。ですが、この空間と外を繋ぐあの扉だけは、魔術が関係してません。この空間の媒体はあくまでも既存の空間ですから」

 柚瑠の説明にまた頭を痛くする。

 その間にも鍋がグツグツと音を立てて、煮えたことを知らせてきた。

「あ、煮えてきたぞ」

「本当ですね。では、私が盛りますので、弥夢くんはテーブルを布巾で拭いてきてください」

 柚瑠に指示されて、布巾を持ってテーブルへと向かう。だが、さすがは魔術で構成されている空間であるため、テーブルも魔術で構成されているのだろう。テーブルには塵一つない。

 取り敢えず、布巾でテーブルを撫で、吹いたような素振りをする。

「これでいいか」

 拭いても吹かなくても綺麗なテーブルなので、自分がやったことは本当に無意味だと思った。

「拭き終わったぞ」

「あ。ありがとうございます」

 柚瑠はお盆の上に二人分の食器を乗せ、こちらにこようとしていた。

「大丈夫か?代わるか?」

 見ているこっちが心配になるような印象を受けた。一歩間違えれば、肉じゃがが全部こぼれてしまいそうだ。

「大丈夫ですよ。先にテーブルについててください」

「そうか?なら、任せるよ」

 そう言って弥夢は先にテーブルについた。

 ちょっと待つと柚瑠が危なっかしい足取りでやってきた。

「では、これをどうぞ」

 そう言うと、柚瑠は弥夢に肉じゃがを盛った食器を渡した。

「ありがと」

 続けて柚瑠は弥夢の前の椅子に座った。

「じゃあ、食べますか?」

「そうだな」

 二人揃って手を合わせ、いただきます、と言い食事を始めた。

 最初に柚瑠が肉じゃがを口に運んだ。

「あ、これ……」

 ――バレたか?……

「私が作った中で一番美味しいです。弥夢くんも食べてみてください!」

「え?ああ。分かった。じゃあ、さっそく」

 続けて弥夢も肉じゃがを口に運んだ。

「どうです?」

 キラキラとした目で聞いてくる柚瑠に弥夢はこう答えるしかなかった。

「お、美味しいなこれ」

「そうですよね!私が作った中で一番出来の良いやつですよ。これ」

 弥夢はどこか罪悪感を感じながら食事を続けた。

 食事を終えると、再び練習を開始した。

 食事前の練習のお陰で、幾分か思い通りに破壊出来る様になってきた。

「なかなか良くなってきましたね」

「ああ。何かコツを掴んだ気がするよ」

 自分の左手を見ながらそう答える。

「では、もう少し行きますよ!」

 柚瑠は両手に剣を出現させ、弥夢に向かってくる。

「よし、来い!」

 咄嗟に戦闘態勢に入る。



 それから一時間程たった頃だった。

 突然、外と繋がる扉が開かれたのだ

 一斉に、弥夢と柚瑠はそちらに目をやる。

 そこには、気だるそうな顔をした薫が立っていた。

「放課後になった。出てきたまえ」

「「は、はい」」

 薫に言われるがまま、外に出ると何とも懐かしい気分になった。

「ひ、久しぶりの外だ」

 あまりの感動に思わず声が漏れる。

「大げさだな。中の時間は外の時間の1.5倍くらいの進みのはずだが」

「それでも結構長く感じましたよ」

 弥夢は吐き捨てるように言った。

「それでどうだ?ある程度は使いこなせるようになったか?」

 薫のその問に答えたのは弥夢ではなく、柚瑠だった。

「はい。結構使えるようになったと思いますよ」

「そうなのか城戸?」

 今度は弥夢をみる。

「はい。割と思い通りに」

「そうか。素質(・・)があるな」

 弥夢にはその素質という意味が分からなかったが、受け流すことにした。




      ◇

「ただいま~」

 家に帰ると既に暦が帰って来ていた。

「あ、おかえり~」

 相変わらずのエプロン姿だ。どうやら夕飯の支度をしていたらしい。

「今日の晩飯何?」

 暦は満面の笑みで言った。

「肉じゃが(・・・・)だよ」

「おぅ」


 こんにちは水崎綾人です。

 練習の後のつかの間の休息は何をするにしても大切ですよね!柚瑠のラッキースケベをやろうと思ったんですけど、展開的にきついものがありました。次は出来れば良いなって思います。もう少し、ラブコメ要素入れたいな

 次話もお楽しみに

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ