第3話「知らされる事実」
「ここは…どこだ?」
目を覚ますと弥夢は自分の知らない部屋にいた。
壁は茶色く塗装され、古びた絵がかかっていた。
「確か俺…心臓を」
そう、確かに弥夢は心臓を貫かれた。
だが、今は貫かれた痛みも、それどころか、傷すらついていないのだ。
「どうなて…」
「あら、目が覚めたんですね?」
後ろから声が聞こえた。
声のする方に振り返ると、そこには柚瑠がコーヒーカップを持って立っていた。
「柚瑠。これは一体…?」
柚瑠は一口コーヒーを口に含むと、口を開いた。
「それを聞きたいのはこっちのほうです。なにせ、ランス・ヒュア・アルダートとの戦闘後、弥夢くんに目をやったら傷が完治していたんですから」
「そ、そうなのか?」
再び柚瑠はコーヒーを一口飲む。
「もしかして弥夢くんも魔術を使えるんですか?」
「魔術?いや、いや、いや」
弥夢はそう言って手を振ってみせた。
「俺には使えないよ。今まで一度も使ったことないんだぜ」
「そうなんですか?」
と、柚瑠は小首をかしげる。でも、と続ける。
「今の弥夢くんからは魔力または霊力の波動が感じられますけどね」
「はあ?マジでか」
「はい。マジです」
「でも、魔力の波動を感じられるなんて聞いたことないぞ。ましてや、霊力だなんて」
「だと思います。特殊な方法で魔力または霊力を計測してますから。あれを見てください」
と、柚瑠が指さした方を向くと、そこにはテーブルの上に風車が置いてあった。
「あの風車がどうかしたのか?」
「おかしいとは思いませんか?今この部屋は窓も閉めているので完全な密室です。つまり、風は入ってこないはずなんですよ。それなのに、あの風車は回ってる」
「確かに、それはおかしいな」
弥夢は頷いて見せる。
「そうですよね。なぜなら、あの風車は魔力または霊力を探知して回っているんです。それも私以外の」
「はぁ」
「それに、今この部屋にいるのは私とあなただけです。私の魔力は探知しないように設定してあるので、今風車が回る原因である魔力または霊力を発しているのは弥夢くんだけってことになるんですよ」
「まさか……」
弥夢は目を見開いた。
今まで魔力なんてものが自分にあるとは思ったことがなかったし、第一魔術なんてものを使ったこともない。それなのに、なぜ俺から魔力が流れているのか。ましてや霊力だなんて。
「で、でもさ。仮に魔力が流れているってしても何か問題でもあんのか?」
弥夢が必死に言うと、柚瑠は近くのテーブルにコーヒーカップをコンっと置き、話を続けた。
「はい。大問題です」
「え?」
「魔術を使える人間のことを魔術師と総称します。これは知っていますよね?」
「まあな、常識だからな」
「はい。魔術師は魔術師としてこの世に生まれてきます。つまり、身体が魔術に耐えられるような作りで生まれてくるんです。それなのに、元々一般人として生まれた身体で、ある日突然魔術を使えるようになるということは、確実に身体が破壊の一途をたどります。なにせ、身体が魔術に追いついて行かないのですから」
「まさか……」
なら、と柚瑠は続けた。
「魔術が本当に流れているか確かめて見ますか?」
予想外のことだった。
弥夢はコクリと頷き、自分の意思を示す。
「では、こちらへ」
と、言われて通されたのは普通の家には絶対ないだろと思うくらいの地下練習場みたいなところだった。
壁全体に窓は無く、コンクリートで出来ている壁は冬になったら絶対に寒そうだった。
「おい、柚瑠。ここは一体……?」
「はい、地下練習所です」
(マジかよ…)
「それでは、今からテストを行います」
「へ?テスト」
「そうです。テストです」
と言って柚瑠は、右手を真横に伸ばし、男と戦った時のように電気の剣を出現させた。
「お、おい。それを一体どうする気なんだ?」
「今からこの剣で適当に攻撃しますんで、魔術使って防いでください」
「はい?」
「聞こえなかったんですか?もう一度言いますよ。今からこの剣で攻撃しますんで、魔術使って防いで見てください」
「いやね、魔術つったって、さっき生まれて初めて魔力が流れ始めた人間がそんなこと出来るわけないだろ」
「あんなに完璧に治癒できてた人が何言ってるんですか?それじゃあ、行きますよ」
言い終えると、柚瑠は剣を片手に持ちこちらに走ってくる。
「う、嘘だろ?」
弥夢に向かって振られているその剣を精一杯に避ける。
「あっぶねぇ、今髪かすったぞ」
「だから、魔術で避けてくださいって」
「と言われてもな」
そう小さく呟いた時だった。
自分の身体の中で熱くなるもの感じた。
「う…ぅ…」
(な、何なんだ…これは…)
自然と頭の中に戦い方が刻まれるような感覚だった。
まるで、昔からこの力を知っていたかのように。
弥夢は左手を前に出し、それを思いっきり握ると、柚瑠の持っていた電気の剣は無数のポリゴンになり砕け消滅した。
「なっ…一体…」
柚瑠は目を大きく見開き、そう小さく呟く。
「――っ。これは」
弥夢は弥夢で自分の力がなんなのかをまるで理解していなかった。
ただ、頭に思った通りに手を出し、握ったらこうなったのだ。
「な、なあ柚瑠。これって魔術――」
「そんな…まさか」
弥夢の声を遮って柚瑠が呟く。
「ありえません。関節的に相手の魔術を破壊するだなんて。魔術同士でぶつかり、直接的な破壊はあるかもしれませんが、あんな…」
「え、じゃあ今俺が使った力は…?」
柚瑠は俯いていた顔を上げこういった。
「これは、もしかしたら魔術ではないかもしれません」
柚瑠は顎に手を当てて言う。
「え?」
「ありえないとは思っていましたが、これはもしかしたら
――霊力かもしれません」
◇
弥夢は今、自宅へ向かう帰路の途中だった。
自分の中に流れている力が霊力と言う可能性があるとなったら、柚瑠は調べたいことがあるから、今日はもう帰ってくれと言うことで、追い出された。
時刻は午前1時23分。あんなことがあったため、仕方が無いといえばそうなのだが、それを知らない妹の暦はきっと怒っているだろうと、弥夢は内心ビクビクしていた。
「た、ただいまー」
なんとか鍵は空いていた玄関から、寝ているだろう暦を起こさないように、静かに家に入る。
すると、リビングの電気はパッとつき、暦が腕を組んで出てきた。
「こ、暦…」
「どこいってたのよ?」
怒気のこもったその声は、弥夢を怯えさせるには十分だった。
「す、すみません」
「まったく、何か事件に巻き込まれたんじゃないかって心配したわよ」
ふうっと暦は嘆息した。
(いや、まあ、事件には巻き込まれました。はい)
「それで?ちゃんと牛乳と買ってきた?」
「ああ、ほら」
そう言って、弥夢は買い物袋を突き出し、暦に見せてやる。
「そう、なら良いわ。もう遅いからお風呂入って」
「ああ、分かった」
思いの外、怒っていなそうな暦に弥夢は安堵した。
◇
翌日。今日、暦は日直のため、弥夢は一人で登校していた。
特別変わったことも無く、いつもどおり校門をくぐり、教室へ向かう。
転校2日目で相変わらず人気者の柚瑠の席の隣に座り、弥夢は顔を机につけ、寝る姿勢を取る。
すると、トントンと誰かが弥夢の肩を優しく叩いてくる感覚が肩に走った。
顔を上げ、そちらに目をやると、そこには桜井柚瑠の姿があった。
「ん?どうかしたか?」
「どうかしたかでは無くて、ちょっと一緒に来てください」
「はい?」
柚瑠は弥夢の制服の袖を掴み、強引に引っ張っていく。
教室内では、「転校生が弥夢を連れていたぞ」「城戸羨ましい」「あいつ殺す」などと、散々な言われようだった。
廊下に出て、柚瑠に釣られて向かったのは、『前宮薫 魔術科担当』と書かれた札がかかった部屋だった。
どこの学校にも、魔術を使える生徒がいる。魔術を使える生徒と使えない一般の生徒が一緒の学校で暮らしていると、当然問題が生まれるものだ。中でも、魔術関連の問題の事案を解決するためのカウンセラーのようなものを、学校は最低でも1人は雇っているのだ。それも、カウンセラー一人につき1部屋が与えられる。
一般の生徒ならおそらくは、3年間の在籍中にこのカウンセラーと接する機会はほぼ無いと言っても過言では無い。
柚瑠はコンコンと薫の部屋をノックする。
すると、中から「はいってまーす」と声が帰ってきた。
「知ってますよ?用事があるんです」
「なら、開けていいよ」
と、何とも気だるそうな声が帰ってきた。
「し、失礼します。1年2組の――」
「ああ、要らないよ。そんな堅苦しい挨拶は」
「そ、そうですか…」
(うわ~この先生適当だな)
それが弥夢が思った薫への最初の印象だった。
「んで、今日はどうしたの?」
回転椅子をくるっと回転させこちらに向き直った。
薫は、肩まである髪を後ろで一つに結っていて、綺麗な目をしていた。それに、明らかにスタイルの良い証拠であるかのようにレディースのスーツがよくにあっていた。
「はい、今日はちょっと…」
と、柚瑠は薫に耳打ちした。
「なるほどね」
とだけ言うと、じゃあさと続けた。
「もっかい見せてよ」
柚瑠は少し考えたようだったが、一回こちらを見ていった。
「……分かりました」
すると、昨日と同じように右手を横に伸ばし、電気の剣を出現させた。
「おまっ、一体何考えて」
「弥夢くん。昨日みたいにまた、この魔術を破壊してみてください」
「え?」
「ですから、昨日みたいに」
そう言われて弥夢は、昨日のことを懸命に思い出し、あの熱くなる感覚を思い出した。
そして、左手を前へ突き出し、思いっきり握った。
すると、電気で作られた剣が再び、無数のポリゴンの欠片となって破壊され、空中に飛び散った。
「ほう…」
薫は興味深そうに顎に手を当てながら呟いた。
「先生」
「ああ、やはりこれは昨日君から電話があった通りの感じだな」
「ですがっ」
と、弥夢の理解が及ばない世界の話でついて行けなかった。
「あの、一体何がですか?」
「ああ、そうだった。置いてきぼりにして済まなかったな。えっと名前は…?」
「城戸弥夢って言います」
「なるほど、では城戸。君は昨日まで魔術を使ったことがなかったんだな?」
「はい」
ゆっくりと答える。薫は分かったとだけ言うと、パソコンに何やら打ち込み始めた。
「これを見たまえ」
言われて、パソコンを見ると、そこには弥夢の知らない人たちの顔が映っていた。
「彼らのことは知っているか?」
「いいえ」
「彼らは、世界で6人しかいない最も神に近い者たちだ」
「神に?」
「こういう呼び方なら聞いたことがあるかな。統べる者」
「シ、シグ…」
「ああ、まあ簡単に説明してやるか。この世界には神によって作られた6つの駒が存在する。キング、クイーン、ルーク、ビショップ、ナイト、ホーン。これらは、互いに争い、奪い相手の駒を自分の手中に収めることによって絶対の力を得ると言われている。つまりは、自分を神の位に格上げ出来ると言う訳だ。神の位に自分が行くことになれば、当然、地上で最も強いのはそいつだ。だから、彼らは神になるチャンスが与えられている神に近い者たちなんだ。だが、今までは6つだけと考えられてきたのだが、ここ最近になって1つの学説が上がってきたのだ。『もう1つの駒について』というものだった。これによると、あと1つ駒が存在し、誰かがそれを所持しているというものだった。その駒の名前は『ジョーカー』いかなる自体もすべて『破壊』すると言われている駒だ」
ゴクリ、弥夢は唾を飲んだ。
「君は確か、心臓を貫かれたが少しの時間で完治したと聞いたが?」
「ええ、はい。そのようですけど」
「それは、もしかしたら。君の中にジョーカーの駒が封印されていて、心臓を貫かれたことで再び封印が解けたと言うことなのでは無いかな?」
「まさか」
弥夢は、薫から視線を背ける。
「それはつまり、『死んだと言う事実事態を破壊した』と言うことじゃないのか?」
「な、なんで俺がその『ジョーカー』ってやつ前提なんですか?」
「なら、教えてやろう。魔術には、相手の魔術を関節的に破壊するなんてものはないんだよ。魔術と言うのは、発動するのに頭の中で自然に演算し、高速シュミレートした結果発動することが出来る。他人の脳内の演算を粉々に破壊する術なんか魔術には存在しないんだ。と、言うことは、魔術以外の力が作用していることになる。すなわち、霊力だ。霊力は統べる者のみが持つ固有の力だ。故に、君の中には駒を手にしている。それに、今公開されているのはすべて本物のデータであるため、君が駒を持っているのだとすれば、『ジョーカー』であることがより高確率であるといえよう」
「ま、まさか……」
「気を付けたまえ。今、6人の統べる者たちは、休戦協定を結んでいるが、君はイレギュラーな存在ゆえ、結んでいないだろ?だから、いつ命を狙われていてもおかしくない」
「え?どうするんですか?」
「だから、君も休戦協定を結んでいないのを利用して、攻撃が出来る。試しに誰か統べる者の1人でも破壊してきたらどうだ?」
「な、何言ってんすか」
弥夢ははぁとため息をついた。
「でも、まあ当分は心配無いと思います」
柚瑠が唐突に喋りだした。
「え?」
「だって、私たち以外そんな『ジョーカー』だなんて机上の空論だと思ってますから、弥夢くんが『ジョーカー』だって分かりませんよ」
「だといいけどな」
「ま、用心はしておきたまえ」
こんにちは水崎綾人です。
連続更新です。今日のうちに試験連載分は全部更新しますので、よろしくお願いします。
次話もお楽しみに!