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「アルバート家は今回のことを国の警備に任せたみたいだが、個人的には俺の手で正体を掴んで片を付けたい」


 という物騒な台詞を吐いたのはパトリック。

 彼のこの言葉に対し、居合わせた一部が同感だと憤り、一部は冷静に尤もだと頷き、そして一部は発言に薄ら寒さを覚えてフルリと身体を震わせた。

 ちなみに、憤っているのはアリシアとパルフェット。「メアリ様になんてこと!」「アディ様に怪我なんて!」と頭上に湯気が上がりそうなほど怒りを顕にしている。

 対して冷静なのはカリーナとマーガレット。二人は優雅に紅茶を飲みつつ「捕縛は得意です」「徹底的にやりましょうね」と麗しく微笑み合っている。

 そんな温度差に当てられ一人震えているのはガイナスである。怒ることも冷ややかに微笑むことも出来ず、もちろん着々と話を進めるパトリックに声を掛けることも出来ない。

 それでも何かアクションを取らなければと考えたのか――もしくはこのままでは温度差で風邪を引きかねないと考えたか――恐る恐る手を上げ「あのぉ……」と力ない声をあげた。


「は、犯人や動機の特定はついているのでしょうか?」

「あぁ、それなんだが、俺にちょっと考えがあってな」


 先程の物騒な発言もどこへやら、普段の調子に戻って話しだすパトリックにガイナスが僅かに安堵する。

 この際、犯人という単語に更に怒りの湯気をあげるアリシアとパルフェットは見ないふりをしておく。もちろん、冷ややかな笑顔でパトリックの話を聞くカリーナとマーガレットに至っては、恐ろしくて視線すら向けられない。

 そんなガイナスに対して、パトリックは至極冷静に考えを巡らせた後、「社交界でとある噂が流れているんだ」と話しだした。


『アルバート家は令嬢に跡を継がせるのではないか』


 そんな噂が流れ始めたのは、ここ最近のことである。

 なにせ今までのメアリは跡継ぎどころか『アルバート家の令嬢らしくない』とまで言われていたのだ。だが最近はその評価も変わり、それどころか彼女自身を高く評価する声があがっていた。

 なにせメアリは己の出自も知らぬ王女アリシアを気にかけ、彼女に令嬢としてのマナーを教え、そしてダイス家嫡男であるパトリックとの恋路を支えたのだ。その果てに自らの家を大きく躍進させた。――そう世間は捉えている。いったいどうして、実は王女アリシアに喧嘩を売って没落を目指していた等と思えるのだろうか――


 その結果、いまやアルバート家は王家と肩を並べ、そして王家から厚い信頼を得る国内一の家柄となっていた。それどころかアルバート家に次ぐ権威をもつダイス家とも親交を深め、言ってしまえば社交界の頂点を固い絆で結んだことになる。

 いかに変わり者といえどもメアリのこの貢献を無視出来るわけがなく、ゆえに彼女こそアルバート家の跡継ぎになるのではと社交界で噂されていた。


「メアリはその才能も実力もある。アディと組んでアルバート家の跡継ぎに……。俺も以前そう考えていた」

「メアリ嬢もその考えを?」

「いや、そんなこと考えるわけがないって一蹴されたよ」


 深く考えすぎだった、とパトリックが話せば、当時を思い出してアリシアがクスクスと笑う。

 だがすぐさまその笑みを深刻なものに変えたのは、その噂がどうしてメアリとアディを危険な目に晒したのかが分からないからだ。


「パトリック様、その噂がいったいどうしたんですか? メアリ様に何が! いったい誰が!」

「アリシア、ちょっと落ち着け」

「許すまじぃ……」


 恨みがましい声をあげるアリシアをパトリックが頭を撫でることで宥め、再び話しはじめた。


 そもそも、メアリがアルバート家を継ぐというのはあくまで噂でしかない。それもメアリ本人も、それどころかアルバート家当主も否定している話なのだ。

 曰く、跡継ぎを決めていないのは子供達を信じ、そして子供達の自由にさせてやりたいからだという。もとよりアルバート家夫妻は子供達を大事にしており、そのうえメアリが自分の判断で動きアルバート家に貢献したことがこの考えの基にあるのだろう。

 これもまたアルバート家の財力と余裕があってのことであり、柔らかく笑いながら子供の未来を信じる姿は威厳と包容力を感じさせ流石の一言であった。

 その話を聞いたパトリックは当主の器の大きさに瞳を輝かせ、居合わせたアディは「さすが旦那様!」と歓喜の声をあげ、メアリが死んだ魚のような濁った瞳で男二人を眺めていたほどである。


 そんな状態ゆえにいまだアルバート家跡継ぎの座は空席となっており、だからこそメアリの跡取り説が出てくるわけだ。

 他家ならば女が跡継ぎなどと考え難いものだが、あのアルバート家、それもメアリとなれば話は別だ。


 そのうえ、最近のメアリはアディと二人で何やら動き回っている。

 はたして何をしているのか。

 誰が聞いても何をしているのか教えることはなく、パトリックが「何をしでかすつもりだ」と疑いつつ尋ねても、アリシアが「何ですか面白い事ですか私も仲間に入れてください!」とメアリに抱き着きながら尋ねても、パルフェットが「差支えなければ……!」と半泣きで尋ねても答えないのだ。

 いつだって、誰が聞いたって、メアリは「今はまだ教えてあげない」と楽し気にはぐらかしてしまう。そして決まって「聞いたらびっくりするわよ」と笑うのだ。アディも同様、頑なに口を割ろうとはせず、どれだけ問い詰めてものらりくらりと躱してしまう。

 その様子は怪しいとしか言いようがなく、それがまた噂を呼ぶ。

 一時は考えを改めていたパトリックでさえ、最近のメアリとアディの行動、そして思わせぶりな言葉で「もしかしたら」と考え直していた。


 なにせ相手はあのメアリだ。

「気が変わったから、アディと二人でアルバート家の天辺を取るわ!」ぐらい言い出しかねない。その姿は容易に想像でき、「まったくお嬢は……」と言いつつ付き添って暗躍するアディの姿まで想像できる。

 そんなメアリの噂に対して、アルバート家を継がれてはまずいと考える者は少なくない。

 今まで彼女に対し「アルバート家の令嬢らしくない」だの「変わり者」だのと影口を叩いていた連中だ。中には、アディに対して従者なのだからと不遜な態度をとっていた者もいる。


「そういった輩が、メアリにアルバート家を継がせまいと行動に出た……。というのが俺の考えだ。アリシア、紅茶の自棄飲みはやめなさい」

「なるほど、その可能性はありますね。パルフェット、それ以上頬を膨らませると痛くなるぞ」

「しかし、どこの家が絡んでいるのか……。探りを入れようにも、俺達のことは警戒しているだろうし。アリシア、自棄紅茶も駄目だが、クッキーの自棄食いも駄目だからな」

「確かに、動こうにも難しいですね。社交界に顔の知られていない人物か、貴族関係ではなく忍び込める人物……。震えだしてどうしたんだパルフェット、痛くなってきたのか?」


 そう男二人が話し合う中、室内に軽いノックの音が響いた。――ちなみにこの間カリーナとマーガレットは優雅に微笑み合い「捕縛の紐は私が用意を」「逃がさず狩るにはコツがあります」と恐ろしい会話を続けていた。なんて薄ら寒い――

 誰もが会話を止め、アリシアがクッキーを貪る手を止め、パルフェットがプフゥと頬に溜めていた空気を吐き出しながらそちらに視線をやる。

 次いで誰もが息を呑んだのは、そこに居たのが緩やかに髪を揺らす女性……かつてエレシアナ大学で騒動を起こしたリリアンヌだったからだ。


「どうして」


 と呟いたのは、果たして誰か。

 そんな小さな声が響くほど重苦しく静まった空気の中、リリアンヌが心苦しそうに瞳を伏せ、そして深く頭を下げた。


「その節は、皆様に大変ご迷惑をおかけしました。本来であれば、このような場に顔を出すことも許されるものではないとわかっております」


 そう頭を下げたまま震える声で告げるリリアンヌに、大学部時代に男を侍らせた面影はない。

 それどころか怯えの色さえ感じさせるが、あの騒動を起こし、そして遠い北の大地に追いやられたリリアンヌにとって、この場に居る人物すべてが顔を合わせることも躊躇われるものなのだ。この部屋に入ることすら勇気のいるものだったのだろう。細い手が震え、それでもギュッとスカートを掴んだ。


「メアリ様には救っていただいた恩があります。もしも出来ることがあるのなら、どうかなんでも申し付けてください……」


 そう震える声で告げるリリアンヌに、最初に声を掛けたのはカリーナだった。厳しい表情の彼女はジッとリリアンヌを見据えたまま立ち上がり、徐に歩み寄る。

 二人の距離が縮まるたびにリリアンヌの表情に浮かんだ怯えの色が濃くなるが、それでも彼女は逃げることもせず、カリーナが目の前に立つと更に深々と頭を下げた。


「お久しぶりね、リリアンヌさん。どうして貴女がここに居るのかしら?」

「……メ、メアリ様に呼ばれてまいりました」


 頭を下げたままリリアンヌが答えれば、カリーナが一言「そう」とだけ返した。

 声色に棘はあるが、その点を責める様子はない。一生北の大地で監視されるべきと考えてはいるが、他でもないメアリが呼んだのならば仕方ないと考えたのだろう。

 だがジッと見据える瞳にはいまだ敵意を宿しており、その鋭さに見守る誰もが口を挟めずにいた。


「メアリ様に恩があると言うけど、上手く取り入って戻って来ようなんて考えてるんじゃないのかしら?」

「いえ、そんな……。全て終えれば直ぐに帰ります。でも、メアリ様が困っているのなら……」


 たどたどしい言葉ながらに訴えるリリアンヌの姿は、哀れとしか言いようがない。

 カリーナの視線が恐ろしいのだろう。いや、今の彼女にとってはこの場にいる全ての人物の視線が恐ろしいはずだ。現にいまだ深く頭を下げ、痛々しい程に身を縮ませている。

 それでもカリーナは許す気にも信用する気にもならないのか、しばらくリリアンヌを見据え、声を掛けることも頭を上げることを許可することもなく踵を返して席に戻ってしまった。

 そうして椅子に腰かけ紅茶を一口飲む。何事も無かったかのようなその仕草は、暗にもうリリアンヌに興味はないと言っているようなものだ。

 それを察したか、リリアンヌがゆっくりと顔を上げ、そして震える手を更に強く掴んで面々を見回した。もとより青ざめていた顔色は、カリーナと対峙したことで今にも倒れてしまいそうな程である。


「どれだけ自分の行動が浅はかだったかを知りました。だからこそ、やり直すチャンスをくれたメアリ様に恩を返したいのです」

「リリアンヌさん……」


 リリアンヌの震える声ながらの訴えに、パルフェットが小さくその名を呼んだ。

 その声色にはすでに許しの色が見え始め、それどころか苦し気に詫びるリリアンヌを労わるような様子さえ見えていた。元来パルフェットは優しい性格なのだ、そして今ガイナスと幸せだからこそ、全身で怯えと反省の色を見せるリリアンヌの姿に情が湧いたのだろう。

 厳し気な表情でリリアンヌを睨み付けていたカリーナとマーガレットも、パルフェットのこの甘いとさえ言える優しさに思わず肩を竦めていた。それどころか顔を見合わせて苦笑を浮かべる様は、どことなく和らげにさえ見える。

 リリアンヌに対しての怒りや警戒はまだ残っているが、パルフェットの甘さに半分絆されてしまったといったところか。

 麗しい女性達が表情を和らげる、それだけで張りつめていた場の空気が一瞬にして柔くほどけていった。


「リリアンヌさん、そんなにメアリ様のことを……」

「どうかメアリ様の為にと思うこの気持ちだけは信じてください。そう、一人の鳥肉を愛する者として!」

「リリアンヌさっ……と、鳥肉!?」


 どうして鳥肉! とフルフルと震えだすパルフェットを横目に、パトリックがふむと考え込み……そして、


「君に頼みたいことがある」


 とリリアンヌに声をかけた。



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