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その後の更に後の話※パルフェットとガイナス※2

 

 話は早朝にまで遡る。

 パルフェットと交わした約束の最後の日ということもありガイナスは普段よりも早く起き、日課であるランニングをすませ早めの朝食をとっていた。エルドランド家を勘当された時こそ居心地の悪さどころではない空気を感じていた家も今は以前の通りに心安らぐ場所となり、それを考えればよりパルフェットへの感謝も募る。

 今日は特別な日なのだから、とびきり美しい一輪を選ばなくては……と、そんなことを考えていると、メイドが怪訝な表情で部屋を訪れ「ご学友がお見えです」と告げてきた。

 朝からパルフェットを訪ねる予定だったガイナスだが自分を頼ってきたという学友を無下に出来るわけもなく、昼までならと彼を客間に招き入れ……そして、居なくなった。

 メイドが頃合いを見て軽食を持って行ったところ客間に二人の姿はなく、開け放たれた窓には白いレースのカーテンが揺れ、ガイナスの上着だけが床に落ちていたという。

 不審に思ったエルドランド家の者達は、屋敷内はもちろん屋敷の庭、周辺の店や学友の家までの道のり、他にも心当たりのある場所を――それこそ、パルフェットには気付かれないようマーキス家にも――探して回ったが、いっこうに見つけられず今に至る。


 そこまで話し終え、マーガレットが手にしていた上着をパルフェットに差し出した。

 エルドランド家の家紋が刺繍された上着。一時は家から名前を排除されていたガイナスが必死にパルフェットを追いかけ続け、数ヶ月後にようやく袖を通すことを許された上着だ。室内に捨て置くなど真面目な彼がするとは思えない。

 ――それほど真面目な男なのだ。なにせこの上着を羽織ることを許された日、それでもガイナスは直ぐに上着に袖を通すことはせず、パルフェットに会いに行った。そうして許可を得るでもなく二人で過ごし、日が沈みはじめたころパルフェットに

「今日は少し冷えますね。ガイナス様も、上着を持ってらっしゃるなら羽織ったらいかが?」

 と声をかけられ、ようやく袖を通し……はせず、彼女の肩にかけてやったのだ――

 そんな上着を、それどころかパルフェットを放って、ガイナスが黙って学友と出かけるわけがない。


 そう考え、メアリがチラとカリーナに視線を向けた。

 彼女は時折話に加わるも、俯き、何か考えを巡らせるように眉間にしわを寄せている。凛とした美しさが台無しではないか。

 そんな彼女に声をかけようとしたが、それより先に、今まで横になっていたパルフェットがゆっくりと身を起こして「どなたですか?」と消え入りそうな声をあげた。


「ガイナス様のところに訪れた学友というのは、どなたですか?」


 青ざめた表情のパルフェットに誰もが気遣うような視線を向ける。とりわけカリーナの表情は暗く、それでも彼女はゆっくりと口を開き

「私のせいだわ……」

 と弱々しげに告げた。

 そうして彼女があげた『ランダル』という男の名前は、メアリも聞き覚えのあるもの。それもそのはず、エレシアナ学園の生徒であり、そして『ドラドラ』の攻略対象者の一人……カリーナの元婚約者である。



『ドラドラ』のカリーナは高飛車で、自分にも厳しいが他者にはより厳しい性格をしていた。そんな彼女の婚約者である攻略対象者(ランダル)は、所謂『ドS』というもので、主人公をわざと困らせたり強引に迫り反応を楽しむサディスティックな性格が魅力として描かれていた。

 そんな二人なのだから上手くいくわけがない。もっとも、二人とも自分への評価を気にかけ表面上は良好な関係を取り繕っていたのだが、だからこそ腹では何を考えているのか分からない……という状況であった。

 そこにリリアンヌが現れ、ランダルは彼女を手に入れようと画策し、カリーナはそんなランダルとリリアンヌに自分のプライドを傷つけられたと激昂し、リリアンヌと敵対するや非道な手を尽くして彼女を退けようとし……最後には二人にしっぺ返しをくらう。

 それが『ドラドラ』で描かれるランダルルートの概要である。前作悪役令嬢のメアリとは比べものにならないほど計画的なカリーナの嫌がらせが生々しく、ゲーム中もっとも重いルートである。


 だが実際のカリーナはゲームのような高飛車な女ではない。なにより彼女はゲームの知識を持っており、リリアンヌの逆ハーレムを窺いつつ、ランダルにも注意を払っていた。

 そうして最後の最後で見返してやったのだ。誰よりも容赦なく、完膚なきまでに潰して、そして今もなお彼を苦しめ続けている。


 カリーナのこの容赦のなさには理由がある。

 カリーナはもしランダルがリリアンヌよりも自分を選んでくれたのなら、自分もまた前世の記憶を捨て彼を受け入れようと考えていた。もしくはリリアンヌに惚れてもなお自分に対して真摯に接してくれたのなら、彼の味方になろうと思っていたのだ。

 カリーナとランダルの間に恋愛的な感情は一切なかったが、かといってゲームのように仲が悪かったわけではない。互いに競い合い高めあう仲、すくなくともカリーナはそう思っていた。彼の所謂『ドS』な部分も、それを知っている自分なら大丈夫だろうと思っていたのだ。

 だがランダルはゲーム通りにリリアンヌに惚れ込むやカリーナを遠ざけ、蔑ろにするどころか有無を言わさぬ強引さで婚約破棄を告げた。だからこそ、カリーナは彼を恨んだのだ。


 受け入れようと思ったからこそ、味方になろうと思ったからこそ、その優しさが一転して憎悪に変わった。

 女を振るにもマナーがあるのだ。


「……私は徹底的にランダルを締め付けていました」


 ポツリポツリと呟くカリーナに、誰もが彼女に視線を向ける。


「でも、どうやら締め付けが甘かったようです。まさか逃がしてしまうなんて……」


 迂闊でしたと語るカリーナに、それを聞いたメアリがサァ…と表情を青ざめさせた。彼女がランダルに対して行った仕打ちはとうてい「締め付け」等という表現ですまされるものではないのだ。


 あぁランダルの馬鹿、どうして自分一人で逃げないのよ。追いそうだけど、この女、地の果てまで追いかけそうだけど。


 そう考え、ブルリとメアリが体を震わせた。だがすぐさま「どうでもいいか」と割り切ってしまうのは、他でもなく本当にランダルのことがどうでもいいからである。今回の件でカリーナの締め付けが更に厳しくなろうが、その果てに彼がどうなろうが、むしろギュウギュウと物理的に締め付けて中身が出てもメアリにはどうでも良いことなのだ。

 サディストのくせに、ずっと隣にいた女の本性を見抜けなかったのが悪い。


 そうあっさりとメアリが切り捨てると、マーガレットが溜息混じりに

「どうせ、ガイナス様に嫉妬したんでしょうね」

 と呟いた。聞けば彼女の元婚約者であるリグが以前に「どうしてガイナスだけ」と喚いたことがあったのだという。

 同じようにリリアンヌに惚れ込み、同じようにリリアンヌを囲み、同じように婚約破棄したというのに、どうしてガイナスだけが挽回のチャンスを与えられたのか……そう言いたかったのだろう。

「そんなこと言ってるからダメなのよ」と、そう言ってやったとマーガレットが誇らしげに語れば、メアリとカリーナが深く頷いた。


「おおかた、ガイナスの話を聞いて邪魔してやろうと考えたんでしょうね」


 盛大に溜息をつくカリーナに対して、パルフェットが不安げな表情で上着をギュウと抱きしめた。


「わ、私のせいでしょうか……私が、ガイナス様をまだ想っていたから……」

「いいえ、単にランダルが馬鹿でどうしようもない男ってだけよ」


 混乱しているのか涙目になるパルフェットに、メアリがあっさりと言いのける。だが事実、この件に関してパルフェットに非などあるわけがない。むしろ誰よりランダルに怒りを抱くべきなのだ。

 同じ事を考えているのか、カリーナが

 優しく微笑みパルフェットの肩をさする。質の良いスカーフで頬の涙を拭ってやるその光景の、なんと美しいことか。


「パルフェットさん、貴女には何の非もないわ。むしろ私の方が謝らなきゃ」

「そんな、カリーナ様は悪くありません」

「ありがとう。必ずランダルを捕まえて、もう二度とこんなことが起こらないように……いいえ、こんなことを起こす気も一切持たせないと誓うわ」

「カリーナ様」


 パルフェットが瞳を潤ませ、コクンと頷いて目元を拭った。青ざめていた表情もどこか和らぎ安堵を抱いたようで、それを見るカリーナもまた聖女のような穏やかな微笑みではないか。

 そんな二人を眺めつつ

「耳を塞いでおけば良かった」

 とメアリが心の中で呟くのは、目の前の光景は美しいのにカリーナの言葉の端々から冷ややかなものを感じるからである。なんと末恐ろしいことか……と思いつつ、ふと窓を見ればポツポツと雨が叩いていることに気付いた。


「降ってきたわね」


 そう呟けば、カリーナとマーガレットもつられるように窓に視線を向け、パルフェットがおもむろに立ち上がった。


「わ、私! ガイナス様を捜しにいきます!」

「探すってどこに?」

「……ど、どこかです!」


 ガイナスが雨に晒されていると危惧したのか、混乱状態に陥りながらも「早く!早く行かなきゃ!」と慌てるパルフェットに、カリーナが肩を竦めながらも立ち上がった。


「そうね、ここで待ってるより探しに行った方が気が晴れるわね。それに、誰かほかの人がランダルを捕まえたら困るし」

「カリーナ様……」

「私も同感です。ジッとしてても何も変わらないし、それに獲物は待つより追う主義ですから」

「マーガレット様……!」


 続くように立ち上がるカリーナとマーガレットに、パルフェットが涙目ながらに表情を明るくさせて二人を見つめる。相変わらずなんとも美しい光景ではないか。

「必ず見つけましょう」

 と頷きあう光景はまさに友情。対してこの空気に乗り遅れたメアリはと言えば、紅茶の最後の一口を飲みほし

「……これって、美談って言っていいの?」

 と、誰にでもなく呟いた。言わずもがな、カリーナとマーガレットの言葉の端々に友情の一言では片付けられない薄ら寒さを感じたからである。



 そうして乗り込んだマーガレットの馬車でひとまず思い当たる場所を虱潰しに探し回る。といっても既に周囲は暗くなっており、開いている店も少なく心当たりの場所もそう多いわけではない。

 ガイナスとランダルらしき二人を見たという情報も少なく、早々に手詰まりが見え始めてきた。そもそもエルドランド家の者も捜索にでているのだ、いくらマーガレットが誇る馬車と言えど、彼等の探せなかったガイナスを見つけだすというのは容易ではない。


「というか、本当に早いわね。それに造りも良いし」

「あら、ありがとうございます」


 馬車を褒められて嬉しいのか優雅に微笑むマーガレットを横目に、メアリが窓の縁を撫でた。

 早く、そして外観も美しく、そして揺れも少ない。素人目でも上質と分かる馬車だ。

 それをマーガレットが自分のものとして所有しているのだから、ブラウニー家の財力はそうとうな……と、そう考え、ふと扉に刻まれた家紋にピタリと手を止めた。

 薔薇の家紋。ブラウニー家の家紋でもない、彼女の旧家であるリアドラ家のものでもない。むしろその二つよりメアリにとって見慣れた家紋である。

 そう、この家紋を今まで何度見たことか。パーティーで、茶会の席で、書類のうえで……アルバート家の家紋に続いて見覚えのあるものに、メアリがヒクとホホをひきつらせた。

 これは紛れもない……


「……着実に進めているのね」

「あら、何の話でしょうか?」


 相変わらず優雅な笑みを浮かべるマーガレットをメアリがチラと一別し、「何でもないわ」と話を終わらせた。

 たまにパトリックが「寒気がする」と言っていたが、つまりはそういうことなのだろう。だが、あくまでメアリはアルバート家、親しいからと言ってダイス家の問題に首を突っ込むのは野暮というもの。

 というか、こんな恐ろしい狩人を相手にするのは真っ平ごめんである。

 だからこそダイス家の家紋を見なかったことにして、メアリが改めて窓の外へと視線を向けた。

 周囲は既に暗く、点々と灯る家の明かりも徐々に少なくなっている。


 もうそろそろ日付が変わろうとしているのだ。

「一年間、毎日花と愛の言葉を」と、そう交わしたパルフェットとガイナスの約束の一日、それも最後の一日が終わろうとしている……。

 まさかこんな形で終わるなんて、とメアリが考えた瞬間、ガタと音立てて馬車が止まった。掻き集めたガイナス達の足取りがついに完璧に途絶えたのだ。

 勿論だがそこに二人の姿はなく、十字に分かれた道がこちらをあざ笑うように広がっている。完璧な手詰まり、ここまできたら白旗をあげるしかない。

 そうして次に聞こえてきた


「あの、メアリ様のお家に……アルバート家のお屋敷の方向に向かってください」


 というパルフェットの言葉に、ついに彼女も諦めたのだと察した。

 だがどういうわけか、行き先を伝えたパルフェットが窓に張り付く。これには誰もがどういうわけかと目を丸くした。

 諦めてアルバート家に戻ろうと考えたのではないのか……そう問うも、パルフェットがフルフルと首を横に振った。


「ガイナス様がどんな状態なのかは分かりませんが、動けるのであればきっと私のところに向かっていると……そう信じています」

「パルフェットさん……」

「きっとガイナス様は私のことを考え、そして私が拗ねてメアリ様の元へ行ったと、そう考えたと思うんです! だから、ガイナス様はアルバート家のお屋敷に向かっているはずです!」

「それってどうなの?」


 パルフェットの真剣な語りに、カリーナとマーガレットが心打たれたと言いたげな表情を浮かべる。そこまでガイナスを考え、そして彼が自分を理解していると信じているのね!と。

 だがメアリだけはどうにもパルフェット保護施設のような扱いをされている気がして、今一つこの空気にのれずにいた。



 そんな空気の中アルバート家へと進路を向けて馬車を走らせていたのだが、パルフェットがおもむろに「止めてください!」と声をあげた。ガタと音たてて再び馬車が止まり、誰もが慌てて彼女の視線の先を追う。

 外灯も無いに等しく、うっすらとした茂みが広がる。とりわけ本格的に降りだした雨の中では数歩先すら見えないほどだ。

 そんな中でもジッと目をこらしていると、夜闇の中でボウと人工的な明かりが揺れるのが見えた。誰かがいるのだろうか……だが近付こうにも馬車では進めず、仕方ないと各々が下りる準備をしだし……


 それすらも待たずに飛び出したパルフェットにメアリが慌てて手を伸ばし……指先が宙を掻いた。


 雨に濡れることも服が汚れることも厭わず「ガイナス様!」と駆け寄っていくパルフェットを、慌ててメアリ達が追う。

 そうして明かりの元へと辿り着き、そこにいた人物に思わずメアリが目を丸くさせた。


 ガイナスとランダル。

 まさに探し続けていた当人達なのだ。


 だが二人の様子は普段とは違い、ランダルはカリーナの姿を見るや小さく悲鳴をあげて顔を青ざめさせ、ガイナスは力なく彼にもたれかかっている。前者は小刻みに震えながら「これは」だの「どうしてカリーナ様が」だのと呟き――ところで、どうして今までカリーナのことを呼び捨てにしていたランダルが様付けしているのだろう――後者はどこか目もうつろでボンヤリとこちらを見つめ「……パルフェット?」と力なく呟いた。

 ガイナスが明らかに不調状態に陥っているのは明らかである。

 誰より先にそれを察したパルフェットが、彼女らしからぬ怒気をはらんだ声でランダルを怒鳴りつけた。


「ガイナス様に何をなさったの!」


 見ればパルフェットは普段通り瞳に涙をため、それどころかボロボロと大粒の涙をこぼしながら、それでも臆することなく真っ直ぐランダルを睨みつけていた。

 メアリがリリアンヌに突き飛ばされた時、彼女は泣きながらもリリアンヌを怒鳴りつけていた。あの場面で、誰もが唖然とする中、それでもメアリを庇うように立って怒りをあらわにしていたのだ。

 普段は泣き虫でメアリの後ろに隠れているような彼女だが、芯は誰より強いのだろう。そもそも、強くなければガイナスに条件をつけて許すようなことはしないはずだ。


「ランダル、さっさとガイナス様を離しなさい」


 冷ややかに命じるカリーナの声に、ランダルがビクリと肩を震わせる。

 その姿にエレシアナ学園時代に女生徒を引き付けたカリスマ性はなく、ましてやサディスティックな面など微塵も見えやしない。

 ……カリーナ、貴女いったい何をしたのよ。

 そう心の中で呟きつつ、ガイナスに視線を向ける。グッタリとランダルにもたれかかる姿は目も当てられず、それでもパルフェットの元へと向かおうとしたのか片手を伸ばし……グイとランダルにその腕を掴まれた。ガイナスに抗う様子がないあたり、よほど意識が混濁しているのだろう。


「なんだよ、くそ……なんでこいつだけ……」


 恨めしそうなその言葉に、メアリがやはりと内心で呟いた。

 案の定彼は唯一許されたガイナスを逆恨みし、最後の最後で邪魔してやろうと考えたようだ。その浅はかさといったらなく、思わずメアリが溜息をつきかけ……隣に立つカリーナから漂う冷ややかな空気を感じ取ってブルリと体を震わせた。

「さむっ!」と心の中で悲鳴をあげる。視線を向けるのさえ躊躇われるほどの冷気。早く帰ってアディに暖かい紅茶を淹れてもらおう、いいや抱きしめてもらおう!と、そんなちょっとした現実逃避をしかねないほどの冷気である。


 だが彼女がこれほどまでに冷気を放っているのも仕方あるまい。

 ランダルは元婚約者、だからこそカリーナの怒りが増すのだ。自分を捨てた元婚約者が、自分に縋るどころかようやく幸せになろうとしている友人の足を引っ張っている。これを怒るなというのが無理な話。

 ゲームだの記憶だのは既に関係なく、これはカリーナという一人の女性と、その家と、プライドをかけた怒りなのだ。

 だからこそ恐ろしい……!とメアリが極力カリーナから顔をそらしつつ思えば、いよいよをもって自分の立場がないと察したのか、ランダルが助けを求めるように周囲を見回した。

 助けなんてあるわけがないのに。


「くそ……ガイナスだって同じじゃないか。リリアンヌにそそのかされて、婚約破棄したのに……なんでガイナスだけが、どうしてこいつだけ許されるんだよ! 同じじゃないか!」


 そう自棄になって喚くランダルに誰もが呆れるように唖然とした表情を浮かべ、さっさと捕まえようとし……走り寄って片手を振りかぶるパルフェットに息を飲んだ。

 誰より小柄な体で、背の高いランダルに臆することなく、その細い片手を振り上げて……


 そうして、パン!という軽い音……ではなく、ゴッ!と鈍い音を雨の中に響かせた。


 拳でいった!とメアリが心の中で声をあげる。それほどまでにパルフェットは豪快にランダルを殴りつけたのだ。

 いかにパルフェットが小柄で非力だろうと、助走をつけて全力で殴りつければそこそこの威力にはなる。現にランダルはバランスを崩し、ベチャと惨めな音と共にぬかるんだ地面へと尻餅をついた。

 勿論、彼にもたれ掛かっていたガイナスも同様に、雨を吸ったぬかるみへと倒れ込む。


「ガイナス様!」


 悲痛な声でその名を呼び、パルフェットがガイナスへと駆け寄る。

 彼に寄り添うようにしゃがみ込めばレースをあしらったワンピースが地面に触れてシミをつくるが、本人はそんなことを気にかける余裕もないのか、しきりにガイナスの名を呼んで頬や肩を撫でている。


「ガイナス様、大丈夫ですか? ガイナス様!」

「パルフェット……?」


 ボンヤリとした瞳でガイナスがパルフェットに視線を向ける。だがやはりどこか空を見ているようで、それでも確かめるように手を伸ばしてパルフェットの頬に触れた。白い肌に泥がつく……だがそれすらも気にならないのか、パルフェットが僅かに安堵したように表情をゆるめた。


「ガイナス様、私はここに居ます」

「パルフェット、すまない……時間が……」

「大丈夫です、まだ日付は変わっておりません」

「あぁでも、花が……すぐに、持ってくるから……パルフェット、きみのところに……」


 辿々しい口調ながらに必死でパルフェットを引き留めようとするガイナスに、パルフェットが小さく笑い……そして「待っていてください」と一度ギュウと彼の手を握るとおもむろに立ち上がった。

 そうして一度馬車に戻ると、中から持ってきたのはエルドランド家の上着。それをガイナスの肩にかけると、胸元に描かれた花の刺繍に手を添えた。


「ガイナス様、エルドランド家の花を、私にくださいますか?」


 そう涙目ながらに微笑んで問うパルフェットに、ガイナスがそっとその手を握りしめ


「もちろんだ」


 と、絞り出した声ながらもハッキリと答えた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] ガイナスの態度は単なる政略的な意味ではなく、大切な幼馴染みを傷付けた事や家族を裏切った事に対する罪悪感なんでしょうね 自分なら裏返ってると思うと個人的にはかなり好きなキャラです 犬耳付けたい…
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