その後の更に後の話※パルフェットとガイナス※1
「うちの庭をみてきたらいかが? アルバート家の庭と言えば、ここいらでは有名なのよ」
「そ、そうですね! 私、そうします!」
「一人で行ってきます!」と言い放ち、そのまま振り返ることもなく――それでも彼が追いかけてくるのを足音で確認して――パルフェットはアルバート家の庭園へと進んでいった。
周囲には花が咲き誇り、会場から風にのって音楽が聞こえてくる。その光景はまさに絶景。メアリが誇らしげに語るのも納得の美しさである。
だがそんな光景を見てもなおパルフェットの気分は沸くことなく、どんなに華やかな花を眺めても、どんなに芳しい香りが鼻をくすぐっても、沈みきった心を晴らすことはなかった。勿論、自分のあとを歩くガイナス・エルドランドのせいである。
彼はただ黙って後をついてくる。自分に話し掛ける権利がないと思っているのだろう。
仮に話しかけられたとしてもパルフェットには以前のように応える気はなく、無視してやってもいいくらいだと思っている。
それでも彼がついてくることを足音で確認してしまう。ほんの数歩のこの距離が近いのか遠いのか分からなくなる……。
いっそ「ついてこないで」と言えれば楽なのかもしれない……そんなことを考えつつ歩いていると、再び元いた場所へと辿り着いた。いつの間にやら庭を一周してきたようだが、泥沼で藻掻くような思考回路では花の一輪も記憶していない。
見回してもメアリとアリシアの姿もなく、ザァと吹き抜ける風が人気のなさを実感させ、パルフェットが不安げに眉尻を下げた。賑やかな音楽が聞こえてくるのに、どこか別世界のように思える。
心の底からメアリの結婚を祝いたいのに、胸の傷がそれを許してくれない……。
みなさんこの痛みを乗り越えたのに……と、そう思いつつも会場に向けた足は重たく、動き出す気になれずにいた。
――パルフェットは「他の令嬢達も傷つき、そして立ち直った」と考えているが、実際は怒りが半分、清々したという晴れやかな気持ちが半分である。中にはちゃっかり相手の家を乗っ取り、今まさに更なる高みに登るべく野心を燃えあがらせている者もいるのだが、ガイナスを慕い、傷つき、そしていまだ苦しんでいるパルフェットには知る由もない――
そうしてパルフェットがどうしようと悩んでいると、会場から見覚えのある人物が歩いてきた。
錆色の髪、アルバート家の家紋が刺繍された正装をまとうその姿は……
「アディ様」
「……うん?」
姿を現した人物はメアリの夫、アディである。
だというのにどういうわけか彼は名前を呼ばれても不思議そうな顔をし、まるで誰か居るのか確認するかのように背後を振り返り、パルフェットに向き直り、再度背後を見て……
「俺のことですか!」
と声をあげた。
「どうなさいました? アディ様」
「やめてくださいパルフェット様、そんな改まって呼ばなくて結構ですから」
「そんな、アルバート家の方に恐れ多いです」
あたふたと二人同時に慌て出す。随分と間の抜けた光景ではあるが、パルフェットのマーキス家が貴族の中で低い位置にあることと、アディが元々従者であったことを考えれば仕方ないとも言える。
そうしてしばらくは互いに慌てふためき謙遜しあい、それでもなんとか落ち着きを取り戻すと、アディが気まずそうにチラとパルフェットと彼女の背後に立つガイナスに視線を向けた。
「邪魔しちゃったかも……」というアディの視線に、それを察したパルフェットが慌てて首を横に振る。
「ち、違います! 私は一人でお庭を見ていたんです! ガイナス様は、この方は……なんだか知らないけれど私のあとをついてきているだけです!」
「そんな無茶苦茶な……」
お嬢から聞いたとおりだ……と溜息をつきつつ、アディがガイナスに視線を向ける。対してパルフェットはいまだ落ち着きを取り戻せず、それでもと手を差し出した。
「パルフェット様?」
差し出された手に視線を落としてアディが首を傾げれば、パルフェットが「わ、私!」と声をあげた。その声が少し裏返っているが、流石にそれを指摘する者はいない。
「私、もう会場へ戻ります! アディ様、案内してください!」
「俺が、ですか?」
「他に……他に誰もいらっしゃらないでしょ!」
だから早く!とパルフェットが急かす。
もっとも、その口調は我が儘な令嬢のきつい命令ではなく、意を決した気弱な令嬢の精一杯の強がりなのは言うまでもない。現にパルフェットの手は小さく震え、眉尻がこれでもかと下がっているのだ。
それを見たアディが小さく溜息をつき、僅かに考えを巡らせたのち……
「アルバート家のこの俺が、貴女なんかの手を取るとお思いですか!」
と胸を張って拒絶した。
その姿はまさに誰かを彷彿とさせるもので、言わんとしていることなど誰でも分かるだろう。
もっとも、相手は他の誰でもなくパルフェットなのだから、当然
「そ、そうですよね……! アルバート家の方が、わ、私なんかを相手にしてくださるわけないですよね……!」
と、一瞬にして瞳を潤ませた。
おまけに今回はガイナスもいるわけで
「アディ様、いくらアルバート家と言えど、彼女にそんな失礼なことを……!」
と、なるわけだ。
これには流石のアディも自分で言い出しておきながら
「うわぁ、話に聞いていた通りなんてやりにくい……」
と思わず本音が漏れる。
馬鹿正直に物事を真っ直ぐに受け止める、なんともお似合いの二人ではないか……と、そう思えど口にすればパルフェットが意地を張るのは目に見えて明らかなので、出掛けた言葉を飲み込みつつ、泣き出さんばかりのパルフェットを慌てて宥めた。
「あのですね……俺は別にパルフェット様の手を取ることに関して一切問題はないんです。でも、違うでしょう?」
「違う……?」
「俺じゃないでしょ?」
ね、と促すようにアディが問えば、パルフェットが小さく息をのんでチラと背後にいるガイナスに視線を向けた。彼女なりに自覚しているのだ。だからこそ迷い、いまだ動けずにいる。
「恥ずかしい話なんですが、俺はお嬢が初恋なんです」
「メアリ様が?」
「その初恋を拗らせて、拗らせて……本当に自分自身で引くくらいに拗らせて、それでようやく今日にこぎ着けたんです。だから、大事な人が自分を慕ってくれているのに他の女性に現を抜かすような男を庇ってやる気はありません」
アディが冷ややかにガイナスに視線を向ける。
その視線の意味を察し、ガイナスが申し訳なさそうに身を縮こまらせた。
「ですから俺は、ガイナス様がどうなろうが知った事じゃないんです。でも、パルフェット様は俺の大事な人のご友人、その貴女が動けずにいるのを、俺は見過ごすことなんてできません」
「……アディ様」
「貴女が望むなら会場へとご案内いたします。ですが今一度、貴女の手を取るのが俺でいいのか、考えてみてください」
アディの言葉を受け、パルフェットが小さく息を飲む。
彼女の手はいまだ差し出されたままだが、いつの間にか震えは止まり、その指先がピクリと小さく跳ねた。
「あの、わ、私……」
震える声でパルフェットが呟き、差し出していた手を恐る恐る引っ込めていく。そうして自分の胸元まで引き寄せると、ギュウと両手で握りしめた。
「せ、せっかくですから……もう少し、お庭を見させていただきます」
消え入りそうな声で返すパルフェットに、アディが小さく笑みをこぼし「かしこまりました」と頭を下げた。
「何かありましたらお呼びください」
「は、はい……」
「では失礼いたします」
まったくもってアルバート家らしくなく、そしてなんとも従者らしい対応でアディが去っていく。
その背中が消えれば後に残るのはなんとも言えない重い空気だけだ。
互いに互いの動向を伺うような、互いに相手が先に動くことを願いつつ、重苦しさに身動きできずにいる、息の詰まりそうな空間。
それを破ったのは、ガイナスの彼らしからぬ不安げな声だった。
「パルフェット……」
と、伺うようなその声色に、意を決するようにパルフェットがギュウと手を強く握りしめて振り返った。
「花と愛の言葉?」
話を聞いたメアリがオウム返しに尋ねれば、ケーキを一口ふくんだパルフェットが顔を赤くさせながらコクンと頷いた。
アルバート家で行われたパーティーから半月、ほんの少し様子の変わったパルフェットとガイナスに疑問を抱き、メアリとカリーナが問いただして今に至る。
ちなみに現在地はパルフェットの家であるマーキス家。その中の彼女の部屋。可愛らしいもので溢れかえったいかにも女性らしい部屋に最初こそメアリとカリーナは居心地の悪さを感じたものだが、考えてみればなんともパルフェットらしい部屋である。
「あの日から毎日、エルドランド家の家紋の花を一輪と、そして愛の言葉をくださいと……そう告げたんです」
ポっと頬を染めながら話すパルフェットに、メアリが思わず「塩を舐めたい」と呟いた。勿論、甘いからだ。この部屋も、パルフェットの話もなにもかも。
そんなパルフェットと同じく婚約者に振られた身であるカリーナはと言えば、出された紅茶を一口飲んで「ふぅん」と軽く答えた。
「つまりその条件を一年間こなせば、ガイナス・エルドランドを許すということね」
「ゆ、許してあげても良いかなぁ……って考えてあげるくらいです!」
「はいはい」
相変わらず最後の最後で意地を張るパルフェットに、対してカリーナは随分と冷静である。思わずメアリが「貴女はどうなさるの?」と尋ねれば、彼女は優雅に微笑んで返した。
「リリアンヌさんに関しては、私の視界に入らなければもう好きになさって頂いて構いません」
まさに他人事と言わんばかりの口調ではあるが、彼女なりにリリアンヌを許したということなのだろう。元々は同じように前世の記憶をもった者、それも揃って同じ『手遅れな恋』に足掻いた身なのだ。受け入れることこそ出来ないが、かといって追いやられた先でさらに苦しめる程でもないのだろう。
カリーナがゲームを離れ、パトリックへの想いを記憶として次に進むと決めたのなら尚更。今のカリーナにとってリリアンヌは『大学部時代の嫌な女』でしかなく、その制裁も終わったということだ。
……もっとも、リリアンヌに関しては、だが。
「リリアンヌさんは、それでいいとして。それで?」
元婚約者の方は?と言葉にこそせず尋ねれば、カリーナはニッコリとまるで聖女のような美しい笑みを返してきた。
……笑みだけを、返してきた。
「恐ろしいわね……」
「あら、私まだ何も言ってませんけど」
「その微笑みだけで十分よ」
柔らかな笑みを浮かべたまま「聞きます?」と尋ねてくるカリーナに、メアリが首を横に振った。
ただでさえ、あの日の令嬢達のしっぺ返しの中でカリーナはとりわけ残酷で徹底的だったのだ。その怒りがまだ冷め切っていないとなると、流石のメアリも耳を塞ぎたくなるというもの。
むしろリリアンヌに「逃げられて良かったわね」と告げたくなるほどだ。
そんなことを考えつつ、優雅に紅茶を楽しむパルフェットとカリーナに視線を向けた。二人とも共に『ドラドラ』のライバルキャラクターであり、共に婚約者に捨てられた。だというのになんと真逆な結末ではないか。
思わずメアリが溜息をつき
「二人ともどうぞ、ご自由に」
と皮肉気味に呟けば、それぞれ世の男が一瞬で虜になりそうな魅力的な笑顔で頷いた。
そんなパルフェットとの約束から数ヶ月。
ガイナスはあちこちに奔走して随分と慌ただしく気の抜けない日々を過ごしていた。
なにせパルフェットに贈るのは花。エルドランド家の家紋ゆえ庭に咲き誇ってはいるものの、年中咲いているわけではない。だからこそ庭師とあれこれ考え、ガイナス自ら近隣諸国に買いに行き、一般の民家であろうと頭を下げて譲り受けに行った。
たかが一輪、されど毎日。
おまけにパルフェットがいたずらに出かけてしまうものだからガイナスが一日中あちこち走り回る羽目になり、日付が変わるぎりぎりに……等と言うことも少なくない。
それでも庭師に丸投げするでもなく使いに買いに行かせるでもなく、自ら試行錯誤し四方八方に駆け回るガイナスの姿に、一度は勘当した彼の両親も再び信頼を寄せ、なによりパルフェットの気持ちも絆されていった。
現に、パルフェットがカレリア学園に戻ったメアリを思いだし「メアリ様……うぅ、メアリ様ぁ……」と涙目で落ち込む時には必ずガイナスが側にいた。――パルフェットのこの依存体質は問題でもあるのだが、婚約者を庶民の女に奪われ、学園中の好奇の視線に晒され、足掻く術もなく一人孤立していたところをメアリに救われたのだ。依存するのも仕方あるまい――
それが分かっているからこそ、そして原因は自分にあるのだと自覚しているからこそ、ガイナスはメアリの名前を呼びながらメソメソと涙するパルフェットの肩をさすっていた。
それでもしばらくすればパルフェットも泣きやみ、なにやら言いたげにガイナスを見上げる。そっと差し出す右手は何かを催促しているようで、気付いたガイナスが慌てて花を取り出す。そうしてボッと音がしそうなほど顔を赤くさせつつ、手にした一輪の花をパルフェットに差し出すのだ。
「パルフェット、メアリ嬢が居なくなって寂しいのは分かる。代わりが務まるなんて、そんな思い上がりはしていない……だけどどうか泣かないでくれ。その……パルフェットに泣かれると、お、俺の……俺の胸が張り裂けそうなほど痛むんだ」
と。その言葉の甘ったるさと、その反面スマートとは言えない辿々しい口調といったらない。もっとも、元々ガイナスは根が真面目で不器用な性格をしており、こういった甘い台詞も愛の言葉も苦手な分類の男なのだ。真っ赤になって台詞も噛みながらとはいえ、口にしただけでも褒めてやりたいものである。
そんなガイナスに対し、パルフェットはと言えば与えられた言葉に涙目だった瞳を輝かせ、「はい!」と答えると同時に差し出された一輪の花を受け取った。
その甘ったるさといえば、居合わせたカリーナとマーガレットが顔を見合わせて肩を竦めるほどである。
毎日、ガイナスはパルフェットに花と共に愛の言葉を贈った。
勿論それは「愛してる」だの「好きだ」だのといった単純な言葉の繰り返しではなく、その時々にあわせたガイナスの心からの言葉である。もっとも、元より不器用なガイナスがそう上手いこと言葉を紡げるわけがなく、時にはダメ出しをされたりやり直しを言いつけられたり、ガイナス自身も恋愛小説や劇を見たり周囲に意見を聞いたりと努力していた。
そうしてパルフェットに贈られる言葉は「すまなかった」から始まり「許して欲しい」と謝り続け「もう一度だけ」と請い「そばにいさせて欲しい」と願う。そんな積み重ねの果てに告げられる「愛している」という言葉に、パルフェットはようやく自分の傷が癒されたのを感じていた。
もっとも、その場に遭遇することの多いカリーナやマーガレットはたまったものではない。
マーガレットはパルフェットを置いて帰国したメアリに文句を言いたい気分で、とりわけカリーナは甘ったるい空気に胸焼けを起こしかけ、それを原動力に更に元婚約者への追撃をかけていた。
とにかく、パルフェットとガイナスだけをみればなんとも穏やかで、二人の復縁も時間の――それも残すところあと僅かな時間の――問題だろうと、誰もがみなそう考えていた。
そうして迎えた『あの日から一年』
パルフェットは朝からソワソワと落ち着かずにいたが、昼を迎える頃にはいまだ訪れず何も言ってこないガイナスに頬を膨らませ、そして昼が過ぎ夕方、それすらも越えて夜になる頃には……
「メアリ様ぁ……! も、もう!あんな方知りません!」
と、アルバート家の屋敷で自棄酒ならぬ自棄紅茶をあおっていた。
「うん、ところでなんでうちに来たわけ?」
「馬車ですぅ……」
「でしょうね!歩いてきてたら驚きだわ! そうじゃなくて理由よ、理由!」
もう!と怒りつつも紅茶を注ぎ入れてやるメアリに、パルフェットが瞳に涙をためつつポツリともらした。
「ガイナス様、ご予定があってもいつも事前にお話ししてくださるのに……」
「彼もエルドランド家の跡継ぎに戻って忙しいんでしょ。まぁ、でも……それでも、ねぇ……」
「ここに来る前にエルドランド家のお家に寄ったんです。でも、ガイナス様いらっしゃらないみたいで……」
パルフェットの瞳に涙がたまる。そうしてポタリと一滴落ちた瞬間、堰を切ったように声を揺らして泣き出した。
「わ、私が我が儘を言ったから、ガイナス様に、あ、呆れられてしまったのでしょうかっ……」
「パルフェットさん」
「もう、ガイナス様は……わ、私のことを……嫌いに……!」
たとえ仮定だとしても口に出すことが怖いのか「嫌いになったのかもしれない」と話そうとするパルフェットの声が揺れる。
そんな彼女を宥め、そして弱々しく震える肩を撫でてやりながら、メアリが「そんなまさか」と心の中で呟いた。
ガイナス・エルドランドはそんな男ではない。リリアンヌの虜になっていても、それでも彼はパルフェットを気遣っていた。不器用だが、真っ直ぐな男だ。
なにより、いくらパルフェットの我が儘に振り回されていたとは言え、他の男達に比べれば、それどころか比べるまでもなく彼は恵まれているのだ。それに、そもそもが自業自得ではないか。ガイナスがそれを自覚していたはずだからこそ、最後の最後でパルフェットを蔑ろにするはずがない。
と、そこまでメアリが考え、勢いよく叩かれたノックの音にはたと我に返った。いったい何だと立ち上がり扉を開ければ、随分と真剣な表情のアディ……。
「どうしたの?」
「お嬢、パルフェット様、ご学友がお見えです。直ぐに来てください」
「……学友?」
いったい誰が?とメアリが首を傾げれば、その後ろにいたパルフェットも涙で潤んだ瞳をキョトンと丸くさせた。
突然のその来訪者に、アルバート家は騒然としていた。
といっても仮にも王家と並ぶアルバート家、突然の来客だろうと余裕を持ってもてなせる家である。
それがどうして騒然としているのかと言えば……
「メアリ様のお友達が見えてるって本当!?」
「お友達! あのメアリ様にアリシア様とパルフェット様以外のお友達が!」
「餌付けしてる犬とか猫じゃなくて!?」
というものである。
これにはアディに急かされ慌てて部屋を出たメアリも足を止めると言うもの。
「ちょっと! 最後の犬だの猫だの言ったの誰よ! 失礼じゃない!」
「いや、はっきり言うと全員もれなく失礼ですけどね」
喚くメアリに、対してアディが冷静に諭す。
そうして「そんなこと話してる場合じゃありません」と話を本題に戻し――そしてさり気なくこの話題を流し――屋敷の大広間へと向かった。
そこに居たのはカリーナとマーガレット。
彼女達はメアリの姿を……というよりメアリの背後にいるパルフェットの姿を見るや慌てて駆け寄ってきた。挨拶も無しなところをみるに、よっぽど急いでいるのだろうとメアリが内心で呟く。
――田舎出身で挨拶よりも飛びかかる方が先な誰かさんと違い、カリーナもマーガレットも令嬢らしくまず優雅に挨拶をするのだ。というより、令嬢抜きにしても普通は挨拶が先なのだろうけれど……――
「パルフェットさん、ガイナス様がどこに居るかご存じ?」
「ガイナス様ですか? あんな方、知りません!」
ぷいとそっぽを向くパルフェットに、カリーナとマーガレットが顔を見合わせた。
いつもと同じやりとり……だが今日に限って二人の表情は普段の苦笑めいたものとはどこか違い、むしろ青ざめているようさえ見える。そんな二人の異変に気付いたのか、パルフェットが恐る恐る視線を戻し
「ガイナス様が……どうかなさったんですか?」
と声をかけた。
「あのねパルフェットさん、落ち着いて聞いて」
「……はい」
「ガイナス・エルドランドが居なくなったの」
マーガレットの言葉にメアリが僅かに目を丸くさせ、次いで小さく聞こえてきたカリーナの
「私のせいだわ」
という言葉にチラと彼女に視線を向けた。不安げに表情を歪め視線を泳がせる彼女の表情に以前のような凛とした美しさはない。
今のはどういう意味かと、そうメアリが尋ねようとし……倒れるパルフェットをすんでのところで受け止めた。