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「うん……あれは確かに野暮ったいですね」
「型落ちドレスを型落ちした当時のまま、更に飾りをゴテゴテつけて、しかも夜会に日傘ときたわ」
思わずメアリとアディが揃えたように額を抑えた。
いくら型落ちしたドレスと言えど、もう少し着方があっただろうに……。おまけによっぽど緊張しているのか落ち着きなく、キョロキョロと周囲を伺っている。
その仕草もまた野暮ったさに拍車をかけているが、当の本人は気付くわけがなく、メアリとアディの姿を見つけると僅かに安堵したように表情を緩めた。
「こ、こんばんはメアリ様。本日は、お招き頂きまして、あの、ありがとうございます」
落ち着きのない仕草でスカートの裾を軽く持ち上げ、アリシアが頭を下げる。
本来であれば優雅であっただろうその仕草もぎこちなさが勝り、メアリが思わず溜息をついた。
それを聞いたアリシアが慌てて顔を上げる。
「あ、あの、私なにかおかしかったでしょうか? ドレスは古いのしか手に入らなくて……」
「ドレスが古いとかの話じゃないの!」
ビシ!と音がしそうなほど、メアリが勢いよくアリシアを指さした。
幸い、この場には三人しかおらず、ならば悪役になって辛口評価をしても平気だろう。
なにより、一言いってやらないと気が済まないのだ。それほどまでに今のアリシアはダサい。仮にここにドレスのデザイナーが居たら、振りかぶって殴っていただろう。
「そんなにゴテゴテ付けて、見ていて重いったらありゃしないわ! それに日傘って何よ、今は夜よ!? 何がそんなにあなたを照らしてるっていうの!」
「いえ、その……こういうの付けたのも持ったのも初めてで、どうして良いか分からなくて……」
「頭に大きなリボン、胸元にコサージュ、おまけにお腹にリボン! 急所にワンポイント置かなきゃ気が済まないわけ!? 射抜かれたいの!?」
「な、何をどう着ければいいのか分からなかったんですぅ……!」
矢継ぎ早に繰り出されるメアリの指摘に、アリシアが情けない声を上げた。
彼女の身の上を考えれば着飾れないのは仕方ないが、逆にメアリがその野暮ったさを許せないのもまた貴族の生まれゆえ仕方がないのだ。
だからこそメアリはチラとアディを見上げると、パチンと軽く指を鳴らした。それを受けたアディが言われなくとも了解したと言いたげに頷いて、アリシアへと近付いていく。
「アリシアちゃん、ちょっと失礼」
「え、……え?」
どうしました?と不思議そうにアディとメアリに交互に視線を向けるアリシアを横目に、アディがそっと彼女の髪に触れた。
そうして極力金糸の髪を傷めないようにと気遣いながら、ゆっくりとリボンを外し、次いで腹部のリボンも手早く解く。
「こういうのは軽く結ぶだけで良いんだ。ここまで締め上げたら苦しくって仕方ないだろ」
「そ、そうなんですか?」
「結び目も真ん中じゃなくて、少し斜めが良いかな」
慣れた手付きでウエストのリボンを結びなおすと、アディが満足そうに頷いた。
が、最後に一言「コサージュは自分で外してくれ」と告げたのは、これは流石に胸元を触るのが気が引けたからだ。それを察したアリシアが頬を赤くしながら、慌ててコサージュを外した。
「お嬢、髪形はどうしましょうか」
「編みこんでちょうだい」
「了解しました」
迷いなく指示を出すメアリに、アディが従う。
その連携はまさに主従といったところだが、成されるがままのアリシアにはどういう状況か分からずにいた。
ただ髪を軽く梳いて編み始めるアディの指が心地よくて恥ずかしくて、出来上がっていくのを満足そうに見つめてくるメアリの視線が嬉しくて恥ずかしくて……。
そうして全てを終えた頃には、つい数分前までの田舎くささが嘘のように、アリシアは型落ちしたドレスをクラシカルに着こなしていた。
元よりアリシアは優れた見目をしている。
柔らかく風になびき光を受けて輝く黄金の髪に、王族の証である――それにしては不思議と誰も気づかない――宝石のような深い紫色の瞳。
健康的な四肢はスラリと伸び、程よい肉付きが目を奪う。まさに少女と女の境目特有の蠱惑的な魅力。子供っぽい笑顔は愛らしく、大人ぶる様子は微笑ましく、それでいてふとした仕草はドキリとするほどに色香を感じさせるのだ。
なにより、アリシアは王妃の若い頃に瓜二つである。
美しく聡明、気高く威厳を放ち、それでいて聖女のような慈悲を感じさせる王妃。まるで世の女性の理想をそのまま具現化したかのようなその魅力に、彼女を前にしたメアリは心から敬意を抱いて頭を下げたのを今でも覚えている。
そんな王妃の若い頃にアリシアは似ている。もっとも、その出生を考えれば当然と言えるのだが。
だからこそ、アリシアがちゃんと着飾ればいくら型落ちのドレスと言えど一級品に勝るのだ。どこのブランドだろうがどのデザイナーだろうが、結局のところドレスなんてものは着る者次第である。……あと、着こなし方。
「あの、これで大丈夫でしょうか?」
メアリとアディによって手直しされたアリシアが不安そうに自身を見下ろした。
それを見たメアリとアディが満足そうに頷くのは、もちろんそれほどまでにアリシアを完璧に仕上げられたからだ。アディに至っては、一仕事終えた清々しい表情さえ浮かべている。
「うん、大丈夫。可愛く仕上がってるよ」
まるで子供のおめかしを褒めるようになアディの返答に、対してアリシアが僅かに頬を赤くして「ありがとうございます」と微笑んだ。
「髪形までやってもらって……アディさん器用なんですね」
「これでも俺はお嬢の従者だから、何かあった時に直ぐにお嬢の身嗜みを整えられるくらいじゃなきゃ。……といっても」
そう言葉を濁し、アディが視線を他所に向ける。
つられてアリシアも視線を向ければ、そこに居るのは勿論メアリだ。
手摺に寄りかかり二人のやりとりを眺めていた彼女は、夜風にその銀色の髪を揺らし……はしていない。メアリの強固な縦ロールは多少の風ではビクともせず、彼女の顔の両サイドに構えていた。
「あのとおり合金ドリルだから、お嬢の髪が乱れたことがないんだよな……」
「私だって別に好きで合金ドリル装備してるわけじゃないわよ」
「え、その髪形が好きで巻いてるんじゃないんですか!?」
「……この話はもうやめましょう、泣けてくるわ」
はぁ……と溜息をつくメアリに、アリシアが苦笑をもらした。
そうして思い出したように手提げの紙袋を探り、中から小さな花束を取り出した。
「これを……メアリ様のお父様に」
「あら、わざわざ用意してくださったの?」
「はい。でも、私そんなにお金もないし、アルバート家の当主様に何を贈れば良いのかなんて分からなくて……」
キュウと唇をかみしめ、恥ずかしそうにアリシアが俯いた。
周囲を見れば絢爛豪華な飾りつけが目に入る。当然だが生花もあちこちに飾られており、その華やかさと言ったらアリシアの手の中に収まっている花束など比べるまでも無い。
そもそもアルバート家には庭園があり、専属の庭師が常に四季折々の花を美しく咲かせているのだ。今更小さな花束を貰ったところで、飾るような場所はこの屋敷のどこにも無い。
そんなアリシアに対し、メアリがフッと鼻で笑い
「当然でしょ、庶民の貴女にお父様が喜ぶようなものが買えるわけがないわ」
と自慢気に胸を張る。
そのうえ、悪役らしく嫌味を含んで
「でもせっかくですし、渡してきたらいかが?」
と続けた。
その高飛車な笑みはまさに悪役令嬢で、数分前まで見せていたファッションアドバイザーの面影はない。見事な切り替えである。
対してアリシアはメアリの嫌味に気付くことなく、それどころか慌てたように首を横に振った。
「そ、そんな! 当主様にお渡しするなんて、恐れ多くて出来ません! それに、何をお話すればいいのかも分からないし……」
「お父様は寛大な御方よ。例え貴方が無知ゆえに無礼を働いたとしても、笑って済ませてくださるわ」
「でも、贈り物もこんなに小さな花束だし……」
手の中の花束を見下ろし、アリシアが小さく呟く。
それを横目に、メアリがチラと彼女の持つ花束を一瞥した。
可愛らしい花束だ。
ピンクと白を中心に小ぶりの花を寄せ、華やかであり控え目な愛らしさを感じさせる。持ち手の赤いリボンに挟まれているのは生誕を祝うメッセージカードだろうか。
そんな細かな気遣いも合わさって、アリシアの持つ花束はどこか彼女自身を彷彿とさせた。
きっとアリシア自ら選んだのだろう。花屋の店先で、あれこれと考えながら花を選ぶ少女の姿はさぞ絵になっていたはずだ。
だがそんな愛らしい花束も、この場の眩さの前にはどうしても見劣りしてしまう。
誰よりそれを自覚しているアリシアは、今すぐにでも花束を捨てて逃げ出してしまうそうなほど落ち込んでいる。
それを見かねたアディが、そっと彼女の肩を優しく叩いた。
「旦那様はお優しい方だから、きっと喜んでくれるはずだよ」
「アディさん、でも……」
「大丈夫。それに、旦那様は以前……」
「以前?」
「若い女の子は存在しているだけで贈り物だ、って仰ってたから」
……。
シン、と静まったのは言うまでもない。
それを破ったのは軽く頭を下げて屋敷の中へと去っていくアリシアの足音と、額を押さえて溜息をつくメアリの
「身内のそういった話は聞きたくなかったわ……」
という、痛々しい言葉だった。