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『ドラドラ』において、それどころかこのシリーズにおいてもっとも難易度の高い逆ハーレムエンド。

 ほとんど制作者のお遊びとも言える難解さに、ご都合主義を極めたストーリー、それでいて見事クリアした者には攻略者達が揃って主人公を囲む一枚絵(スチル)が用意されている豪華さ。おまけにこのストーリーの最後に出てくるのが……。


 そう、パトリック・ダイス。

 前作のメインヒーローであり、シリーズ総じて最も人気の高かったキャラクター。『ドラドラ』の逆ハーレムルートでは、彼がほんの一瞬、たった一枚だけだが一枚絵(スチル)として出てくるのだ。

 転んでしまったヒロインを立たせるため、たまたま居合わせたパトリックが手をさしのべてくれる……。もっとも、ゲーム上の彼は名前の表示もなく、わざとらしく『???』という名前表示をされていた。それでも、モブが全て『男子生徒』や『教師』という大まかな表示をされるこのゲームにおいて『???』など、なにかあると言っているようなものだ。

 そのうえ、ゲームに出てくるパトリックは前作と変わらぬ藍色の瞳と同色の髪色、なにより大人になっても変わらぬ、それどころか更に増した魅力を持ち合わせている。前作をプレイした者ならば一目でその正体に気付くだろう。

 公式のお遊び。ほんの一瞬だけのゲストキャラクター。だがそれを見るためにこのルートに挑んだプレイヤーは数知れない。



「メアリ、大丈夫か?」


 慌てて集団の中央に飛び込んできたパトリックがメアリの元へと駆け寄る。だがメアリは呆然としたまま、パトリックの問いかけに返事も返せずにいた。

 咄嗟に聞こえてきた、リリアンヌとカリーナのパトリックを呼ぶ声。ゲーム通りに、それでいてゲームと違い、メアリに(・・・・)手を差し伸べてくるパトリック……。

 リリアンヌの狙いは間違いなく彼、逆ハールートの最後に出てくるパトリックだ。だが現実での彼は既に前作の主人公(アリシア)と結ばれており、だからこそ二人が正式に婚約発表を出す前にと僅かな希望にかけて逆ハールートを急いだ。そしてカリーナもまた、没落を回避するために動きつつ、パトリックを自分たちの舞台(ゲーム)に引きずり出すためにリリアンヌを泳がせていたのだろう。


 なんて茶番。

 いや、今はそんなことより……。


 パトリックに名前を呼ばれてもいまだ呆然としたまま、メアリが腰元に触れた。

 スカートのポケットの中、尻餅をついたときに聞こえたガチャンという音……。

 恐る恐るポケットの中に手を入れ、その中にある飾り玉を確かめるように撫で……ピリと痺れるように走った痛みに驚いて手を引き抜いた。見れば人差し指の腹に赤い線が走り、次第に血が滲みはじめる。その傷はまるで……


 まるで何かが割れて、それで切ってしまったようではないか……。


 それを理解した瞬間、メアリの中でスゥ…と音を立てるように熱が引いていった。

「メアリ、どうした。なにがあったんだ?」と心配そうに顔を覗き込んでくるパトリックと、その隣では泣きそうに……というよりボロボロと涙を零しながらもリリアンヌを怒鳴りつけているパルフェット。戸惑いを見せているリリアンヌとカリーナの表情は二人揃ってこの「ゲームの通りのようで、それでいてゲーム通りではない」状態に理解が追いついていないのだろう。

 そんな面々をゆっくりと見回し、メアリがおもむろに立ち上がった。そうしてリリアンヌに近づくと


 パァン!


 と、軽い音を響かせた。




「来年から弟がエレシアナ学園に通うことになって、父に代わって理事長に挨拶に来たんだ。そのついでにメアリと食事にでも行こうと思って」

「それでわざわざ校舎裏にまでいらしたんですね」


 質の良いソファーに腰掛け、紅茶を片手にパトリックが話す。向かい合う形で座っていたパルフェットもティーカップを両手で持ちながらコクコクと頷いて返した。


 場所は校舎裏から変わって、エレシアナ学園の応接室。

 あのあと駆けつけた教師と関係者の親達によって話し合いは中断、群がっていた野次馬達は解散させられ、騒動の原因である一部の生徒達だけが職員室へと連れて行かれた。

 その際、騒動とは無関係だと判断されたパトリックはひとまず応接室へと案内されたが、何がなんだか分からないながらも、呆然としているメアリと、そんな彼女に泣きながらまとわりついているパルフェットを保護したのだ。

 そうして学園の体面を保つための平謝りと「この事はこちらの処理が済むまで他言せずに……」と何とも彼等らしい低姿勢な発言を聞き流し、事情聴取へと向かうのを見送って今に至る。ちなみに、その際にパルフェットも同行を求められたのだが、彼女は泣きはらした赤い目ながら「メアリ様のそばにいます」とハッキリと拒否した。


「しかし、まさかメアリに君みたいな友人が出来るとはなぁ」


 驚いた、と言いたげに見つめるパトリックに、今まで僅かにホホを赤らめていたパルフェットがサァと顔を青ざめさせた。


「そ、そうですよね。アルバート家の令嬢であるメアリ様が、わ、私なんかと友達なんて、変ですよね……!」

「え! なんでそうなる!?」


 グスンと涙を浮かべるパルフェットに、パトリックが慌ててフォローを入れる。

 過去幾度と無く気弱な令嬢と接してきた――勿論『気弱を演じる令嬢』とも接してきた――パトリックだがここまで気が弱いのは初めてである。だからこそ、改めて「よくこれでメアリとやってこれたな……」と口には出さずにパルフェットに視線を向けた。

 まるで小動物のような愛らしい令嬢と、飄々としたメアリが並んでいる姿を想像しても今一つピンとこない。そんなことをパトリックが考えていると、先程まで俯いていたパルフェットがポッと頬を赤くさせた。


「あ、あの、あまり見つめないで頂けませんか?」

「え、あぁ失礼」

「いえこちらこそ失礼を言って申し訳ございません……ですがあまりにもパトリック様が素敵で、見つめられるとドキドキしてしまいます……あ、でも私にはちゃんとガイナス様という方が……いません、ガイナス様なんて方はいないんですぅ」

「よ、よく分からないが君を見ないようにする! だから泣かないでくれ!」


 自らの発言に傷ついてパルフェットがフルフルと震えだす。

 それを慌ててパトリックが宥めれば、彼女は零れ落ちかけた涙をすんでのところで拭い、「ところで……」とチラと部屋の隅に視線を向けた。


「あの……メアリ様はどうなさったんでしょうか……」


 そうパルフェットが不安げに視線を向ける先、部屋の一角は明るい室内に反してそこだけ暗くジメジメとした空気が漂っていた。貴族の通う華やかなエレシアナ学園とは思えない陰鬱さである。

 だがそれもそのはず、視線の向けられた一角ではアルバート家の令嬢とは思えない負のオーラを纏ったメアリが壁に向かい体育座りをしながら


「この私が……このメアリ・アルバートが、色欲女如きにカッとなって手を上げるなんて……情けない、自分が情けなくて嫌になる……」


 とブツブツと呟きながら己を悔やんでいるのだ。

 その嘆きようと言ったらなく、パトリックに対して平謝りをしていた教師達ですら見て見ぬ振りをし、今ようやくパルフェットが話題にだしたほどである。

 もっとも、問われたパトリックはチラと一瞥するだけで、再び手元の紅茶に視線を落とした。


「大丈夫ではないが、どうにもできないな。放っておくしかない」


 あっさりとしたその態度に、パルフェットがキョトンと目を丸くする。

『自分に対して想いを抱き、それでも身を引いてくれた悲劇の令嬢』に対してあんまりな態度ではないか。だがそんなパルフェットの視線にも気付かず、パトリックはさも当然と言いたげにソファーに腰をかけている。メアリを慰めるどころか、その肩を叩いてやることもしないのだ。


「いざとなれば治せる人を連れてくるから、そこまで心配しなくて大丈夫だ」

「治せる人、ですか?」

「あぁ、俺の知る限りでは唯一メアリを扱いこなせる人物」


 クツクツと楽しそうに笑うパトリックに、それを聞いていたメアリが恨めしげに彼を睨みつけた。

 その光景は到底噂に聞く『愛を貫いた王子様と、悲劇の令嬢』とは程遠い。それどころか、メアリはブツブツと「よくよく考えればあんたのせいじゃない……」とよく分からない恨み言まで言っているのだ。

 これにはパルフェットも頭上に疑問符を浮かべつつ、それでも二人を交互に見やった。


「ところでメアリ、夕飯を食べに行かないか?」

「ここまで嘆いてる私を見て、よくそんな暢気に誘えるわね。あと数時間は悲観と自己嫌悪に陥る予定だから、勝手に行ってちょうだい」

「アディから『コロッケの美味しい店リスト』を預かってるんだが」

「さ、行きましょ」


 あっさりと切り替えてメアリが立ち上がる。パトリックもその切り替えの早さに驚くどころか「よし」と頷いて立ち上がった。

 そうして二人は部屋を出ようとし、いまだソファーに腰掛けたままのパルフェットを振り返った。


「パルフェット嬢、君も行かないか?」

「せっかくだから行きましょうよ。ここに残っていても、もう面白いこともなさそうだし」


 片や未来の王子とも言われているダイス家の嫡男、片や隣国でも権威の衰えぬアルバート家の令嬢。同じ貴族と言えど雲の上の存在とさえ言える二人は揃えたように「一緒に行こう」と誘ってくる……。

 そのキラキラと輝いてさえ見える光景にパルフェットは数度瞬きを繰り返し、コクンと一度頷いて返した。


 メアリは自分の噂に対して『パトリックのことは何とも思っていない』と言っていた。確かに二人のやりとりを見ていれば、そこに恋愛感情めいたものがないのは伝わってくる。だが『何とも思っていない』とは違う、きっと二人は誰より似ていて……そこまでパルフェットが考え、メアリの「おいていくわよ」という一言に慌てて立ち上がった。


「パトリック様のお話は兼ねてから聞いておりました。実際にお会いできて、一緒にお食事まで出来るなんて光栄です」

「うん? あぁ、ありがとうパルフェット嬢」

「きゃっ! だ、だから見つめないでください! そのうえ微笑まれたら私……! 私にはガイナス様という心に決めた方が……い、いないんです、ガイナス様ぁ……」

「だからなんで泣くんだ……本当よく泣くなぁ、君は……」

「あらパトリック、違うわよ。この子はよく泣くんじゃない、たまに笑うのよ」

「あぁ、泣いてるのが通常状態なのか」


 そんな会話を交わしつつ、三人が応接室から出て行った。



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[良い点] 「あらパトリック、違うわよ。この子はよく泣くんじゃない、たまに笑うのよ」 ここ、凄く的確で良い台詞ですね
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