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 メアリがリリアンヌの内情を窺うように視線を向けていると、やにわに野次馬達がざわつき始めた。

 攻略対象者達がリリアンヌを囲み、婚約者達に次々に別れを切り出したのだ。ゲームのイベントの通り、まるで事前打ち合わせでもして順番でも決めたのかと聞きたくなるほどスムーズなその流れに、別れを告げられた令嬢達の表情が青ざめていく。

 中にはリリアンヌと比較するような台詞を吐くものさえいて、これには流石に聞いていたメアリの眉間に皺が寄った。自分の都合で婚約破棄するうえに責任転嫁なんて情けないにも程がある。

 あんたまでそんな真似したらただじゃおかないからね!とメアリがガイナスを睨みつければ、何かを察したのかガイナスが体躯の良い体をブルリと震わせ慌てて周囲を見回した。だがその後すぐにパルフェットに対して謝罪し頭を下げるあたり、色ぼけ集団の中ではまだマトモな方ではある。


 そうして最後の一人が別れを告げると、男達に囲まれその光景を眺めていたリリアンヌが申し訳なさそうな表情で一歩前に進み出た。

 ――あくまで『申し訳なさそうな表情』ではあるが、その名演技ぶりといったらない。事情を知らなければまるでリリアンヌが被害者にすら見えそうなほどではないか――


「みなさんごめんなさい。でも……これが真実の愛だと思うんです」


 と、まさにゲームの台詞をそのままを口にするリリアンヌに、メアリが「あら、これで終わりなのね」とあっさりと片が付いたことに虚を衝かれたように目を丸くさせた。

 彼女の台詞はこのイベントの締めでもある。『真実の愛』今作のテーマでもあるそれを口にしたことで一部のライバルキャラは息を飲み負けを認め、一部からは更に支持を得る。逆ハーレムを築いた主人公が何を言う、とでも言われそうなものだが、あくまでこのゲームはプレイヤー(リリアンヌ)に優しく甘く作られているのだ。

 もっとも、その身勝手さとご都合主義的にあっさりと片付くライバルキャラ達に一部では批判の声もあがっていたが、そもそも逆ハーレムルート自体が製作者達のお遊びなのだ。今更それを指摘したところで…というのが殆どのプレイヤーの考えであった。


 そうしてイベントが終わった後、主人公はこの場を去ろうとし……。


 前世(ゲーム)の記憶をひっくり返していたメアリの耳に、カリーナの不敵な笑いが聞こえてきた。

 はたと我に返って見れば、彼女はゾッとするほど美しい笑みを浮かべ、臆することなくリリアンヌを見つめている。その表情に、負けを認める色は一切見られない。


「あら、真実の愛だなんて素敵なこと。ねぇ、みなさんもそう思うでしょ?」


 そう背後に構える同胞達に同意を求めるカリーナの姿は、まさに悪役。土壇場まで追い詰められてなお不敵に笑い、勿体ぶるようにとっておきのカードを披露する。

「やだ、ちょっとカッコイイじゃない……」

 とメアリがときめいていると、カリーナに習うように令嬢達が笑みを浮かべだした。先程までの悲痛そうに青ざめた表情や顔を上げるのも辛いと言わんばかりに俯いていたのが嘘のようである。あれが全て演技だと言うのなら、とんだ名役者達ではないか。

 ……もっとも、約一名ほど未だに涙目で震えているので、メアリからしてみれば『捨てられた子犬と思わせて牙を剥く闘犬と、その群に放り込まれた子羊』状態であり不安が拭えたわけではないのだが。


 とにかく、そんな震える仔羊(パルフェット)を抜きに令嬢達が次々に不敵な笑みを浮かべ、自分を捨てた男達への反撃を開始した。


「まだお気付きじゃなかったんですね、既に婚約破棄の話は済んでおりますの。そうしたらお父様が……貴方のお父様が、大変申し訳ないことをしたと謝ってくださって、そのうえご兄弟との縁談を勧めてくださいましたの。お話が成立した際には、跡継ぎ変更も考えてくださるって」


 そう微笑みながら話す女子生徒に、対して話を聞いた男の顔が一瞬で青ざめる。その様子に、ふむとメアリが記憶の中の貴族一覧を引っ張りだした。

 確かあの男の家は男児が数人おり、跡継ぎ争いが熾烈だと聞いたことがある。彼は長男で現状正式な跡継ぎではあるが、弟達との年齢差も一つや二つ、それならば跡継ぎを変更することはさして問題ではない。

 とりわけ、親の決めた婚約者を振って庶民の女の逆ハーレムに加わったのだから、これは跡継ぎ争いから引きずりおろしてくれと自ら言っているようなものだ。


 あらまぁ大変、とまったくもって大変さもなく他人事のように――事実他人事である、どの家の跡継ぎが変わろうがどうなろうが、その程度で揺らぐアルバート家ではない――呟けば、まるでバトンタッチだと言いたげに次の令嬢が一歩前にでた。


「覚えておいででしょうか? 私、跡継ぎを産むというお約束で婚約いたしましたよね。それが果たせないとなれば婚約破棄も致し方ないと思います。ですから私達の婚約を破棄し、私が養女として貴方の家に入り、婿を貰うことになりましたの」

「……えっ?」


 これには流石に言われた男も顔を青くさせるとどころではなく声をあげた。


「あら、一人息子に跡継ぎが望めないからと養子縁組みを考えるのは当然のことでしょう。お父様もお母様も喜んで私を迎えてくださいましたわ。あぁ、貴方に関しては今後一切家名を名乗らせないと随分とお怒りでしたけれど」

「ちょ、ちょっと待て……」

「あら、もう私に興味はないんでしょ。リリアンヌさんの方が魅力的だと、優しくて温かいと、そう仰っていたじゃない。それに、私これから健康な跡継ぎを産むパートナーを探さなきゃいけないの、貴方に構ってられないわ」


 そうあっさりと言い切り、それどころか「どんな方が良いかしら」と嬉しそうに話す女子生徒に、勿論だが婚約者の……元婚約者の男は唖然とするしかない。

 だがけしてこれも珍しい話ではない。先程の跡継ぎ争いの家とは真逆で、今回の男の家は彼しか子供がおらず、となれば健康な跡継ぎをと嫁をあてがうのは当然。だというのに頼みの息子が逆ハーレムの一人となれば見切りをつけるのも仕方ない。

 それでも男が「跡継ぎならリリアンヌが……」と小さく呟き彼女の方を見るが、さっと目を逸らされてしまうその情けなさと言ったらない。もっとも、仮にリリアンヌに男との子を産む気があったとしても、複数いる男の順番待ちとなれば彼の親も待つわけがないのだが。


 通常であればそこで親族や懇意にしている家から次男三男を養子縁組みとして迎えるわけだが、体面のために愚息が捨てた女を養女に迎えて婿とりを決めたのだろう。かなりの賭けではあるが、世間体は多少取り繕える。

 そこに愛があるのかと考えれば、一切どこにも愛など見られない。だがなんとも貴族らしい話ではないか。

 結果的に見れば、捨てられたはずの令嬢は自分の家よりも格上にあたる男の家を乗っ取ったのだ。嫡男を追い出して養女が跡継ぎに……なるほどこれはお見事、と思わずメアリが感心していると、また次の女子生徒が進み出た。


 婚約破棄と共に今までの両家の関係を絶つと宣言するもの、男側の家が縋りついてきたので当人の絶縁を約束させたと武勇伝を語るもの。中には既に別の婚約者、それも明らかに格上の名を出すものまでおり、話を聞く男たちはおろか野次馬たちでさえも言葉がないと言いたげに静まりかえっていた。

 なにせ今回の話は全て政略結婚に関している、つまり男と女の揉め事では済まされず各家の関係を変えるものであり、下手をすれば家どころではなく貴族界の序列を変えかねないことなのだ。野次馬達の中に焦りの表情を見せるものが出始めたのは、男達の取巻きをしていたからか、それとも跡継ぎ変更や家同士の交流断絶でとばっちりをくらうと危惧したからか。


 そんな中、なにがあろうと不動のアルバート家であるメアリは「悪役らしくてかっこいいわぁ」とうっとりとした表情でカリーナを見つめていた。――なにせアルバート家、他家の跡継ぎが変わろうが誰に乗っ取られようが、ましてや各家の関係が断ち切れようがその地位が揺らぐことはない――

 トリでも務めるつもりなのか、カリーナは仲間の令嬢達の話を聞きながら不敵な笑みを浮かべ、見ているメアリが惚れ惚れしてしまうほどの悪役らしさで構えていた。仁王立ちのなんと様になっていることか、思わずメアリが目測ながら彼女の足幅を真似してみるほどである。

 もっとも、カリーナをはじめとする令嬢達が反撃を用意しているのはさして意外なことでもない。

 なにせ政略結婚、そこに愛があったかどうかはさておき、双方に明確な利益があっての婚約だったのだ。それが身勝手に反故にされたとなれば、失われた利益はそのまま反撃の材料になる。


 愛があったのなら、裏切られただけ非道に。

 愛が無かったのなら、情など一切かけることもなく。


 とりわけ、振られたうえに婚約者が『逆ハーレムの一人』に成り下がったのだから、彼女達のプライドは大いに傷つけられただろう。そしてそれが闘志に――そして一部は家を乗っ取るほどの野心に――火をつけ、この容赦のない鉄槌となった。

 捨てられたと涙で枕を濡らし泣く泣く身を引く女も、ましてや負けを認めさせられるその日まで嘆いて待つような女も、現実にはそうそういないのだ。

 あのパルフェットだって、この場に立つ程度の闘志を燃やしているのだから。そう考えてメアリがパルフェットに視線を向ければ、いまだフルフルと震える彼女がそれでも一歩……いや、半歩……半歩の半分ほど前に進み出た。――進み出た、というよりはちょっとにじりでたと言う方が適しているが、彼女の性格とこの状況を考えればむしろよく勇気を出して前にでたと誉めてやりたいくらいである――


「あ、あの、私だって……」


 注目を浴びしどろもどろになりつつ、それでもパルフェットがガイナスを見上げる。

 そうして彼女は意を決したかのようにスカートの裾をグッと掴み、「私だって!」と声を張り上げた。ガイナスの瞳に、僅かに戸惑いが浮かぶ。


「わ、私だって! ガイナス様の、ことなんかっ、どっ、どう、どうでも良いんですからぁ!」


 最後の最後で思いっきり声を裏返したパルフェットの発言に、その場が一瞬にして凍り付いた。



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[良い点] パルフェットちゃんかわいい!すごくかわいい
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