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13

 


 そんな騒動が数日前にあったとは露知らず、アルバート家の庭園では休日恒例のお茶会が開かれていた。

 細工の施された白いテーブルを囲むのは王女アリシアと、次期王として国民どころか諸外国からも期待を寄せられているパトリック、そして最初こそ「お嬢抜きでこの面子と一緒に座るってどうなんだろう……」と躊躇っていたものの、最近では当然のように席に着くアディ。

 アルバート家の庭園で開いておきながらアルバート家の者が誰一人としていないのだが、言わずもがなメアリを待っているからである。


「メアリ様、遅いですねぇ」

「国境で工事があるらしいから、それに捕まってるのかもな」

「あ、でももしかしてエレシアナ学園でお友達をいっぱい作られて、みんなで遊んでいらっしゃるのかも」


「「それはない」」


「パトリック様もアディさんも、何も声を揃えて否定しなくても……」

「あのメアリが友達と遊んでいるところを想像できない」

「たった一年の留学先でお嬢が積極的になるとは思えない」

「別に詳細を聞いているわけじゃありません! というかお二人とも酷すぎますよ!」


 もう!とプクと頬を膨らませるアリシアに、アディとパトリックが顔を見合わせて肩を竦めた。「だってなぁ」「えぇ、本当に」とでも言いたげなその表情は、二人がメアリとの付き合いが長く彼女の性格を知っているからこそだ。

 天の邪鬼で意地っ張り、分かりやすくて分かりにくい、決して不用意に他人を自分のテリトリーには入れず、それでいて猫を被れば愛想の良い令嬢を演じきる。そんな性格だからこそ、たった一年の留学先であるエレシアナ学園において『家のパイプ』こそ作っても『友達』は作らないだろうと、そう踏んだのだ。

 酷いというなかれ、事実二人の言う通りメアリは当たり障りない令嬢を演じて特に親しい友人を作る気はなかったのだ。もっとも、現状とある令嬢にやたらと懐かれてはいるのだが、メアリからしてみればこれもまた「どうしてこうなった?」である。

 そんな二人の態度、アリシアは非難しつつも思うところはあるようで「そう言えばこの間……」とポツリともらした。



 遡ること数ヶ月前。

 今と同様にアルバート家で茶会が開かれていたが、その時はアディとパトリックが不在のためにメアリとアリシアだけが席に着いていた。――勿論、二人だけの茶会に対して「用があって不参加が許されるなら、私だって毎回戻ってこなくてもいいじゃない」とメアリが文句を言っていたわけなのだが、アリシアの嬉しそうな「はい、だから今日はケーキを二人占めですね!」という言葉にかき消された――

 そうしてしばらくは長閑に、たまにメアリが皮肉を言うも玉砕するという通常運転で会話を楽しんでいたところ、ふとメアリが思い詰めたように「ねぇ」とアリシアに声をかけた。

 真剣な面持ちと泳ぐ視線に、アリシアがいったいどうしたのかとメアリの顔を覗き込む。


「どうなさいました?」

「あのね、貴女に聞きたいことがあるんだけど……」

「私にですか? 勿論、お答えできるなら何でもお答えしますが」

「そう、それなら聞くけど……もしかして、万が一の話なんだけど……」


 しどろもどろなメアリの様子は、まったくもって彼女らしくなく、だからこそ、それほどまでに聞きにくいことなのかとアリシアにも緊張が走る。

 家の事だろうか、もしかしたら生まれのことかもしれない。それともパトリックとの事や王家の跡継ぎに関してか……。孤児から王女になった自分の希有な人生を考えれば、誰だって聞きにくい疑問の一つや二つ抱いてもおかしくない。それはアリシアも覚悟の上で、時折は事情を知らぬ者の悪意のない好奇心や質問に傷つくこともあり、作り笑いで誤魔化すことも数え切れぬほどである。

 だが何にせよ、相手がメアリならば誤魔化すのはもちろん隠し事一つする気のないアリシアは「何でもお答えしよう」と決意を固め、ジッと彼女の次の言葉を待った。

 そうして、ゆっくりとメアリが口を開く……。


「……私達って、もしかして友達というものなのかしら」


 そう口にし、深刻な表情でメアリがアリシアを見つめる。

 覚悟を決めて返答を待っているのか、真剣な眼差しとゴクリと息を飲むような緊迫感すら感じられる態度にアリシアが言葉もないと唖然とすれば、以前に「お揃いです!」と押しつけ、いつのまにかメアリの愛用となっていたティーカップの中で紅茶が揺れた。



「あれはちょっと……いえ、かなり寂しかったです」


 そう話し終えたアリシアが当時を思い出して溜息をつく。この話にアディとパトリックも「……流石にそれは」「いくらメアリと言えど、そこまでとは……」と頭を抱えた。

 が、ふとパトリックが何かを思い出し「そう言えば俺も……」と話しだした。



 遡ること、これまた数ヶ月。

 ダイス家の跡継ぎ交代やら王家に入るか否かの問題で多忙どころではない日々を送っていたパトリックが、アルバート家の助力を得てようやく肩の荷を下ろし始めた頃のこと。勿論そこにメアリの配慮があったわけで、互いに皮肉を言い合う仲だが今回は素直に礼を言おうと彼女の元を訪れた。

 そうして心からの礼を述べれば、天の邪鬼な彼女はフイとそっぽを向いて「別に私は何もしてないわよ」と答える。

 その分かりやすい態度にパトリックが小さく笑みをこぼし、普段ならば彼女の天の邪鬼に便乗するところだが、今日だけはと改めて向き直った。


「メアリ、心から君に感謝してる」

「え、あ、あら、どうしたの……?」

「もしも君が何か困っていることがあったなら遠慮なく俺に言ってくれ。何があろうと、必ず君の力になる」


 そう面と向かって告げてくるパトリックに、メアリが慌て出す。

 普段とは勝手が違うのだ。今日のパトリックは妙に真っ直ぐ言葉を告げてくる、それも聞いているこちらが恥ずかしくなるようなセリフを平然と口にするのだ。

 それに対してメアリが困惑しつつ、それでも「私がアルバート家を追い出されたら助けてもらおうかしら」と冗談めいて笑って見せた。だがそれに対してもパトリックは真剣な表情を崩すことなく、まるで『ドラ学』の恋愛シーンのように真っ直ぐにメアリを見つめて深く一度頷いた。


「勿論だ。例え君がどうあろうと変わらない、家を追い出されても、俺は必ず君の力になる」

「……パトリック」


 真正面から、まるで口説き文句のようなセリフを贈られ、メアリが困惑の色を強める。藍色の瞳は強い意志を持っており、冗談ではないと訴えているように感じられる。これが他の令嬢であれば胸が高まりすぎて倒れかねない程で、流石のメアリも調子を狂わされてしまう。

 そうしてしばらくは互いに何も言わず見つめ合い、その沈黙を破るようにメアリが「ところで……」と小さく呟いてパトリックの顔を覗き込んだ。


「……貴方が私に感謝しているのは十分わかったけど、どうしてアルバート家の令嬢じゃなくなった私まで助けようとしてくれるの?」


 アルバート家じゃなくなるのよ?と再度念を押し、まるで不思議でたまらないと言いたげなメアリの口調に、問われたパトリックが言葉を失った。



「……ということがあってな。あれは疎いとか鈍いとかを越えて、ただ俺に失礼なだけだと思う」


 優雅に紅茶を飲みつつ淡々と話すパトリックに、彼の気持ちが分かるのかアリシアがコクコクと頷く。アディに至っては聞くに耐えないと言いたげに両手で顔を覆っている始末。

 そんなアディに二人の視線が寄せられるのは、勿論この流れ的に次に話すのが彼だからである。それになにより、誰よりメアリを理解している彼ならば今までの話も説明出来るだろうと、そんな期待も寄せられる。

 つまるところ『さぁ説明しろ』というわけで、それを察したアディは顔を覆っていた手をゆっくりと離すと溜息と共に肩を竦めて

「お嬢は、あまりにもアルバート家の令嬢すぎるんです」

 と話し始めた。




感想、誤字指摘共にお返事できておりませんが、誤字に関しては都度訂正しております。

本当にいつもありがとうございます!


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