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 そうして再びエレシアナ学園に戻ったメアリは、先日の見合いもどきの件をパルフェットに包み隠さず……とはいかないながらも、ある程度の部分は彼女に打ち明けた。年頃の男女に対しまるで親の駒のように扱う行為であっても、貴族社会で言えば今回の見合いもどきはそれほどおかしな話ではないし、なにより隠すような疚しい気持ちは一切ないのだ。

 ただ、親の都合でガイナスと見合いもどきをした。多少話をして、さっさと切り上げた、と。むしろメアリとしては折角の休日を邪魔されたと文句の一つでも言いたいところである。

 そんなメアリに対して最初こそ青ざめ泣きそうな表情を浮かべていたパルフェットも次第に落ち着きを取り戻し、苦笑を浮かべながらも話を聞いていた。


「そうですか、そんなことがあったんですね」

「ガイナスの父親も薄情な方よねぇ」

「いえ、ガイナス様のお父様はとてもお優しい方で、私のことを実の娘のように可愛がってくださってました。だからきっと、今回の件も……」


 言い掛け、パルフェットが俯く。

 その様子は第三者のメアリですら見ていて辛いものがある。これが自分の色ボケ息子のせいとなれば、なるほどガイナスの父親はパルフェットにガイナスを見限らせたいのか…と、そんなことすら考えられる。

 現に、リリアンヌに婚約者を奪われた令嬢達の中には「もうあんな男知らない! もっと良い男を探すわ!」と早々に吹っ切れた者もいるのだ。どれだけ慕っていた相手でも、余所の女に現を抜かし、それも複数居る男達の中の一人で落ち着いているのを見れば百年の恋も冷めると言うもの。

 もっとも、パルフェットがそのタイプではないのは言うまでもなく、彼女は相変わらず深い溜息をつき、今日も今日とて一角を陣取る集団に視線を向けた。

 そうして一度チラリとメアリに視線を移すと、まるで何か聞いてはいけないことのような口調で「メアリ様は……」と恐る恐る話しかけてきた。


「メアリ様は、まだパトリック様をお慕いしていらっしゃるんですか?」

「え? なんで私があいつを……おっと」


 思わず出た本音に、メアリが慌てて口元を押さえる。

 隣国でもパトリックを慕う乙女は少なくない。むしろアリシアとの身分を越えた恋愛や次期王候補ということもあってか、彼の人気は日々増している。とりわけ、人気のあった男達が軒並みリリアンヌの逆ハーレムに取り込まれているこのエレシアナ学園内において『身分差の恋を貫いた隣国の王子様』となれば尚更だ。

 そんな現状において迂闊な一言を放てば、リリアンヌに向けられている嫉妬の炎がこちらにまで飛び火しかねない。

 だからこそメアリは「誰があいつを」という言葉を飲み込んで、コホンと一度咳払いをし、諭すように穏やかな口調でパルフェットに話しかけた。


「あのね、何度も言うけど、私とパトリックはそういう仲じゃないの。彼に対して特別な想いなんて抱いてないし、『自分の想いを胸に秘め、愛し合う二人のために身を引いた健気な令嬢』なんてもんは存在しないのよ」

「ですが、メアリ様はパトリック様との婚約を破棄されてから、全ての申し出を断っていますよね。だからきっと身を引いてもなおパトリック様のことを慕っているのかと……」


 そう言いよどむパルフェットに、メアリが溜息をついた。

『身を引いた健気なアルバート家令嬢』の美談は隣国まで知れ渡っているようで、おまけに最近では尾鰭に背鰭、果てには胸鰭までついて『未だパトリックを忘れられず、愛し合う二人を見ているのが辛いから国外に留学した』とまで言われている。

 これには流石のメアリも言葉をなくす……どころではなく、むしろ利用して今に至る。勿論それが申し出の断り文句なのだが、実のところ『メアリが断り文句にパトリックを使っているから噂された』のではなく『噂を聞いたメアリが開き直ってパトリックの名を使っている』というのが事実である。

 相変わらず世間は美談が好きなのだ。とりわけ若い男女の恋愛劇となれば尚更。


 だがメアリからしてみれば、呆れてしまうくらいに見当違いである。パトリックに対して今も昔も恋愛感情など微塵も抱いていなければ、彼とアリシアの為に身を引いた覚えもない。互いの立場を考えいずれ婚約するんだろうなと思い、パトリックが相手を見つけたから「あら、そうなの」と対応を取ったのだ。メアリからしてみれば、パトリックとの婚約に縋る気もなければ、かといって無碍にする気もない、そのレベルである。

 だからこそ、パトリックとアリシアが仲睦まじくしている様を見て胸が痛むなんてあるわけがないし、辛いから国外に……等とあり得ないのだ。まぁ、なんだかんだとイチャつく姿を見せられるのは別の意味で辛いと言えば辛いのだが、メアリの留学はカレリア学園で学べない経営学、そして渡り鳥丼屋のためである。

 とにかく自分にはこれっぽっちもその気はないと説明すれば、それを聞いたパルフェットが不思議そうに首を傾げた。


「なら、どうしてメアリ様は他の方の申し出を断っているんですか? 素敵な方がいらっしゃらないのでしょうか?」

「どうしてって……」


 言い掛け、メアリが口を噤んだ。

 どうして、と改めて聞かれれば、これと言った明確な返答が出来ないのだ。

 確かにパトリックは見目も家柄もよく、まさに王子様と言った外見と内面を兼ね揃えていた。女性の理想を集めて具現化したような男だ。

 だが現状メアリに殺到する申し出の中にも、彼と並ぶレベルの男が居ないわけではない。それどころか、他国の王族が申し込んできてもおかしくないほどなのだ。

 まさに選り取り見取り。メアリが望めば、どこの誰であろうが喜んで婚約するだろう。

 だと言うのにメアリは悉く申し出を断り、誰かにアプローチするような素振りもない。至って普段通りに接し、そしてパーティーの際には今までエスコートを勤めていたパトリックの代わりに兄や親戚に頼んでいるくらいなのだ。

 改めて自分の身の振りを考え、なるほどこれは確かに『未だパトリックを…』と言われてもおかしくない、とメアリが自分自身で納得した。もっとも、改めて考えたところで、やはり自分はパトリックに対して恋愛感情など微塵も持ち合わせていないのだが。


 だからこそ、パトリックとの婚約は良くて、なぜ他の男達は断り続けているのだろう……。




 恋愛感情がないからこそ分からないと尋ねるパルフェットに、逆にメアリが何と説明すれば良いのか分からずに困ってしまう。こうやって改まって「どうして?」と聞かれるのが実は初めてなのだ。親や兄達は婚約の申し出を片っ端からふるいに掛けているくらいだし「断りたいなら断って良い」と言ってくれる。パトリックやアリシアは「断った」と報告すれば「そうなんだ」と、この程度。他にこんな話をするような人はいないし、だからこそ深く考えずにいた。

 どうしてパトリックだけが良かったのか。

 彼は家柄も良く、眉目秀麗で品行方正、メアリの性格を知っていて……


 それに、なにより彼は……


「だって、パトリックは他の人と違って……」


 そう言い掛け、メアリはパルフェットの背後に立つ人物に気付き、出かけた言葉を飲み込んだ。

 それにつられてパルフェットも振り返り、顔を強ばらせて息をのむ。


「……ガイナス様」


 ポツリと呟かれたパルフェットの声に食堂内がにわかにざわつき始める。

 なんでこんな場所で……とメアリが心の中で舌打ちをすれば、ガイナスに寄り添うように身を寄せたリリアンヌがニヤリと笑うのが見えた。



『ドラドラ』でのパルフェットとガイナスの仲は決して良好とは言えず、互いに親の決めた婚約者でしかなく、そしてなにより親の言いなりな自分に憤りを感じていた。

 だがリリアンヌが転入してきたことによりガイナスは真実の愛を知り、パルフェットもまたリリアンヌと親しくなることで自分に正直に生きる決意をする。今まで不仲であった二人は婚約を破棄することで改めて互いを認め合い友情を築き、片や恋人としてリリアンヌと寄り添い、片や親友として支え、めでたしめでたし……というのがガイナスルートの大まかなストーリーである。相変わらずのご都合主義だが、指摘するのは今更だろう。

 幾つかあるストーリーの中でもガイナスのルートは円満で、誰もが幸せな終わり方をしている。最初こそ主人公と対立するもののストーリーが進むと互いに理解しあい、エンディングでは幸せそうに主人公とガイナスを見守るパルフェットのイラストまであるのだ。そのうえ、今までになかった同性の味方というポジションからか女性キャラクターの中でも人気が高く、公式グッズも幾つか発売されていた。乙女ゲームの女性キャラクターでありながら、かなりの優遇である。


 ……記憶の限りでは、そのはずなんだけど。


 と、そうメアリが心の中で呟いたのは、言うまでもなく現状が『円満』とはほど遠いからだ。

 ガイナスは申し訳なさそうな表情を浮かべ、その腕をとるリリアンヌの勝ち誇った笑みと言ったらない。パルフェットは泣きそうな顔付きでガイナスを見上げているし、この変化を感じ取ったのかカリーナが物凄い形相でこちらの様子を窺っている。

 円満のえの字もない重苦しい空気に、メアリは溜息を付くと「ねぇ、みなさん」と声をかけた。


「何かお話があるのでしたら、どこか場所を移しません? ここはあまりにも人が多くて落ち着かないでしょう?」


 そう提案するとガイナスが頷き、瞳を潤ませて泣きの態勢に入りつつあったパルフェットもコクリと頷く。だがリリアンヌだけはガイナスの腕に絡みついたまま「あら」とわざとらしい声を上げた。


「あら、メアリ様も何か話されることがあるんですか?」

「どういうことかしら?」

「だって、もう(・・)メアリ様は用は無いんじゃないかしら。だから残ってくださって良いんですよ」


 と。

 そうわざとらしく、それでいて可愛さを濃縮したような声色で話すリリアンヌに、ガイナスもパルフェットも不思議そうに彼女とメアリに視線を向けた。

「もう用はない」と、そう強調する意味が分からないのだろう。対してリリアンヌの言わんとしていることを察したメアリは、チラと横目でカリーナに視線を向けた。

 彼女もまたメアリ同様、なにか確証を掴んだような表情をしている。が、こちらに視線を向けつつも立ち上がらずにいるあたり、直接的な関与はしてこないようだ。


 随分と消極的だこと、とメアリが小さく笑う。

 所詮彼女はたった一つのルートの悪役令嬢なのだ。他のルート、例えばガイナスルートに至っては名前すら出てこない。

 全ルート漏れなく登場し悉く主人公の邪魔をした挙句に全てのエンディングで没落し、結果的に「主人公に並び出番が多かった」とプレイヤーに言わしめたメアリ・アルバートとは格が違う。

 そう考えメアリは不敵に笑い、リリアンヌを見据えた。男の影に隠れるような女は、もとより相手にするに値しない。


「用はない、とはどういうことかしら? パルフェットさんは私と話をしていたのよ。それを邪魔して、同席の私は無関係だから黙っていろと?」


もう(・・)」という部分には触れず、メアリがリリアンヌを睨みつける。

 間に挟まれたパルフェットはおろおろと涙目で戸惑いつつ、場を譲るように数歩退いた。その分かりやすい態度に、メアリが心の中で「冗談じゃない」と呟いた。

 パルフェットの態度はまるでメアリとリリアンヌの衝突を察したかのような動きなのだ。だがメアリからしてみればリリアンヌは衝突どころか言い合うにも値しない相手、こうやって向かい合っていることすら時間の無駄に思える程なのだ。

 だからこそメアリはリリアンヌに冷ややかな視線を向け、彼女がガイナスに腕を絡めていることに一瞥すると露骨に鼻で笑った。


「庶民の出の色欲女が、このメアリ・アルバートの邪魔をして許されると思っているのかしら。男を落とす(すべ)の前に、身の程を知る方が先なんじゃなくて?」


 冷ややかな視線を更に強め、まるで汚らわしいものを見るように侮蔑の色を瞳に宿し、そのうえ取り出したハンカチで口元を押さえる仕草までしてみせる。

 これ以上ないほどに嫌悪を演出して見せればリリアンヌの顔が一瞬にして真っ赤になり、近くから彼女を見守っていたハーレムの集団も聞き捨てならないと立ち上がり始めた。……が、誰も割って入ってこないのは、他でもなくメアリがアルバート家の令嬢だからである。

 隣国の貴族の令嬢、それも王家と並ぶ家の令嬢ともなれば、迂闊に口を挟むのは身分どころか一族揃っての命取りになりかねない。隣国に置いてもアルバート家は絶大で、このエレシアナ学園においてもメアリの右に出る者はいないのだ。

 だからこそ誰も何も言えず、シンと静まった嫌な空気が周囲を包んだ。もっとも、メアリからしてみれば嫌味が嫌味としてきちんと通じたことに若干の感動を覚えていたのだが、流石にそれは心の内に納めておく。



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