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ガイナス・エルドランドは寡黙で強面気味ではあるが、背の高さ
と体格の良さから格好いいと女性達の間から評判である。さらに言えば性格は面倒見がよく同性からも慕われており、真面目な性格から年輩の方々からも目をかけられている。
ゲームの中でも、キラキラ王子タイプばかりのこのゲームシリーズにおいて一味違った魅力を持ったキャラクターとして描かれていた。
もっとも、今はそんな『ゲームの中のガイナス』は勿論、実際の彼の評価に関して冷静に考えている場合でもない。対峙するのはゲームではなく現実のガイナスで、おまけに両家の親がニコニコと笑いながら彼と向き合う席に座れと勧めてくるのだ。
メアリがうんざりした表情でチラと背後を振り返れば、従者モードに切り替わったアディが恭しく頭を下げ、定位置である部屋の隅へと向かった。その去り際にほんの一瞬、メアリにだけ分かるように視線を合わせて目を細めるのは彼なりの励ましだろうか……。
そんなことを考えつつメアリがガイナス達に向かい頭を下げれば、彼の隣に座る父親らしき男性が「これは美しいご令嬢だ」と嬉しそうに笑った。
どうやら寡黙な息子とは反対に饒舌のようだ。当のガイナスと言えばメアリの登場に僅かに身構え、父に習うようにぎこちなく頭を下げるだけなのだから。
「本日はわざわざご足労いただきありがとうございます」
「いや、こちらこそ無理を言って申し訳ない。そんなに畏まらず、今日のところは軽く話しでもしていただければと思っていますので」
「見合いではない」と言いつつも、それでいて「今日のところは」とこれからの進展を匂わせる。その言葉にメアリが内心で小さく舌打ちをした。
なんだ、やっぱり見合いじゃない……と。だがその反面、彼等の考えが見えはじめてきた。
なにせいまだガイナスはパルフェットと婚約中、それでいて既にリリアンヌに落とされているのだ。そんな中での、メアリとのこの見合いもどき……。
なるほどそういうことね、とメアリが内心で呟きつつ、両家の親達に誘導されるかのようにガイナスと会話を続け、時には柔らかく微笑んで見せた。親同士の面子がある以上、いくら面倒でも茶番でも冷ややかな対応をとるわけにはいかない。面倒臭いが、猫を総動員して被らなければならないのだ。
アディはと言えば、勿論部屋の隅である。ピンと背筋を正し自らの存在を消すかのように沈黙を保つ姿はまさに従者そのもので、そんな彼の様子を一瞥したメアリが誰にも気付かれないように小さく溜息をついた。
どうしてだろうか、今日に限って妙に遠く感じる。先程アディの頼みを受けて最短を宣言したくせに、早くもそれが無理だと考え始めているからだろうか……。そう思えど会話をぶつ切りにすることも出来ず、メアリが心の中でアディに謝罪をすると共にガイナスに向き直った。
そうしてしばらくは他愛もない――それでいて売り込むような――会話を続けていると、まるでこの機会を狙っていたかのようにガイナスの父親が「では、我々はそろそろ……」と、メアリの父に目配せをした。
なんともセオリー通りの使い古された手ではないか。まさに「後は若い二人で」と言ったその流れに、メアリは毎度のことだと溜息をつきつつ、去り際の父親達を見送る振りをしてアディに視線を向けた。
彼は変わらず従者らしく、メアリとガイナスの父親が退室するのを扉を開けて見送っていた。その姿はまるで従者そのもので、頭を下げる角度も扉を開ける所作も、なにもかも完璧である。それでいて、メアリからしてみればひどくアディらしくない。
なにせ今朝方、片手に紅茶・片手にスコーンを持ったアディに「お嬢、両手が埋まったんでドア開けてください」と頼まれたのだ。態度も言動もまったくもって従者らしくなくそれでいて彼らしいあの言葉を思い出せば、なぜかメアリの胸が痛んだ。
「……ん?」
何かしら、とメアリが首を傾げて自分の胸元を押さえた。
一瞬走った締め上げるような胸の痛みも今は引き、原因を探るように押さえてみても鼓動は正常。いったいどうしたのかしら……とメアリが自分の胸元を不思議そうに見下ろせば、そんなメアリこそ不思議だとガイナスが名前を呼んだ。
「メアリ嬢、どうかしましたか?」
「……別になんでもないの、きっと気のせいだわ」
ガイナスに名前を呼ばれて我に返ったメアリが誤魔化すように愛想笑いを浮かべ、改めて彼に向き直る。
そうして穏やかな笑みを浮かべ、両手を胸の前で握った。まさに女性らしいポーズであり、傍から見ればさぞや愛らしい令嬢だろう……と、本人がそう考えているのだから質が悪い。
「今回のお話、突然でビックリしましたわ。まさかこんな強引に話を進めるほど、貴方が私に想いを寄せていてくれたなんて」
「え、それは……あの……」
「冗談に決まってるじゃない、本気にしないでちょうだい」
あっさりと言い切り、それどころか一瞬にして先程の愛らしい令嬢から一転して冷ややかな態度をとるメアリに、ガイナスが虚を突かれたように目を丸くした。根が真面目でメアリの皮肉についていけないのだろう。
それもまた彼の魅力ですと、そう切なげに話すパルフェットの顔がメアリの脳裏を過ぎる。
――メアリの皮肉を真正面から受け止めバカ正直に傷つくパルフェットと、今この目の前の生真面目を絵に描いたような男はまさにお似合いではないか……と、そんなことすら考えてしまう。リリアンヌが割って入らなければ、さぞや平穏で暖かく仲睦まじい二人だったのだろう――
そんなメアリとガイナスの沈黙を破ったのは、コホンと響いたガイナスの咳払いだった。見れば、彼はまるで何かを訴えるようにわざとらしく咳払いをし、そのたびに部屋の一角に視線を向けている。
一体何が言いたいのか……と、そんなこと確認するまでもない。この部屋の隅にいる人物、メアリとガイナスと、もう一人……。
「彼なら気になさらないで、全部知ってるから」
ガイナスの言わんとしていることを察し、メアリがチラとアディに視線を向けた。
彼を下がらせてくれと、咳払いを通じてそう訴えていたのだろう。年頃の男女を同じ部屋に居させるのも問題かとは思うが、反面、せっかく親達が気を利かせて二人きりにしたというのに従者がジッと部屋の隅に構えているのは無粋とも言える。
毎度のことだわ……とメアリが溜息をつきつつ、それでも「何を話しても、彼は他言しないわ」とガイナスを宥めた。
いつだって、誰が相手だろうとこの調子なのだから椅子を用意してアディを座らせてやるなど出来るわけがない。この場において彼に許される行動は『退室』か『用を言いつけられるまで黙ってジッと立っている』だけなのだ。それが分かっていてもメアリが食い下がろうとし、重苦しいガイナスの咳払いと、それに被せるようなアディの「失礼いたしました」という謝罪に出かけた言葉を飲み込んだ。
「気が利かず申し訳ございません。扉の外におりますので、用があればお声をかけてください」
そう言葉を残し、アディが一礼すると部屋を出ていく。
その背中を主人らしく無言で見送り、バタンと扉や閉まるやいなや、メアリが小さく溜息をついた。
いつもこうだ。男性と話をしていると、決まって誰もがアディを退室させたがる。もしくは彼がまるで存在していないかのように「二人きりになれた」と言って寄越すのだ。
もちろんそれは貴族として考えれば当然のことで、従者も同室を希望し、ましてや同じテーブルについて一緒に話をしたいと考えるメアリの方がおかしい。それは勿論、メアリだって自覚している。
だからこそガイナスを責めることもアディを呼び止めることも出来ず、只黙って見送るしかなかった。
いいわ、さっさと終わらせてしまおう……。
そうメアリが心の中でぼやき、ガイナスに向き直った。
彼はジッとメアリを見据え、目が会うと申し訳なさそうに眉尻を下げ深々と頭を下げた。
「この度は父が勝手に話を進めてしまい、申し訳ありません」
真摯に頭を下げ、おまけに「断れなかった俺の責任でもあります」と己の非を認めるあたり、まさに好青年である。
そんな彼に対し、メアリは小さく肩を竦めた。
「おおかた、庶民の娘に惚れ込んだ見る目のない息子の目を覚ますために、他の女を……ってところでしょうね」
「えぇ、お恥ずかしい話ですが」
身内の魂胆を見破られたからか、ガイナスが正直に認め、改めて深く頭を下げた。