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 現在、メアリの元には数え切れない程の結婚の申し出が殺到していた。

 なにせアルバート家は王家に次ぐ、どころではなく、今や王家と並ぶ権威を持つ家なのだ。それも王家公認として。

 となればアルバート家の令嬢を家に招き入れたいと思う者が出るのも当然である。上手いことメアリを引き込めばアルバート家との繋がりは勿論、王家とも、そしてダイス家とも親交を持てるのだ。どんなに小さな家柄だろうと、メアリ一人が持つパイプで一気に貴族界のトップに躍り出ることが出来る。

 そんな付加価値から、今やメアリは貴族界の注目の的、野心を企む者達が喉から手が出るほどに渇望する存在であった。もっとも、逆に言えばメアリの背後にはアルバート家はおろか王家とダイス家が構えているわけなので、誰もが迂闊な手段には出られないと婚約の申し出に止まっているのもまた事実である。


 更にメアリ本人も家柄に見合った美しさと聡明さを持ち合わせているのだから、これで申し出が殺到しないわけがない。――もっとも、美しさと聡明さに比例するように変わり者な点も見られるが、それを上回る付加価値である――

 今までは「ダイス家のパトリックと結婚するのだろう」と誰もが考え敬遠していた、というのも今回の殺到ぶりに拍車をかけているのかもしれない。


 勿論、メアリの父も娘のことを想い、次から次へと送られてくる申し出を片っ端からふるいにかけていた。

 ――ちなみに、その振るいにかける際の常套句が「娘に会わせるのはダイス家のパトリックと並ぶ男でなくては」というもので、これが驚く程に効果がある……もっとも、パトリック本人は知らずにいるが――

 だが、そんな中でもアルバート家の関係上やはり会わなくてはならない人物は出てくる。聞けば今回の相手は外交上の関係をもつ隣国の名家子息で、アルバート家はその家に借りがあるためどうしてもと父親から頼み込まれてしまったのだ。


「といっても、向こうは好きな女性がいるみたいだし、『お見合い』といってもちょっとしたお茶会なのよ。親が勝手に動いてるだけで、相手の男性もその気はないみたいだし」


 そう話しながら、メアリが身嗜みを整える。

 その背後で銀糸の髪を結っていたアディが安堵の色を浮かべたが、生憎とメアリは気付かずにいた。

 今は背後の従者より、いかに早く、かつ失礼のないように、それでいて相手が「これは無理だ」と悟れるような流れに持っていけるかが問題なのだ。なおかつ、相手から断ってくれたなら完璧である。


「まぁでも、あんまり長くなるようなら最終手段を使えばいいわけだし」

「最終手段、ですか?」

「こう……儚げに俯きながら「アリシア王女のように、私にも王子様が現れてくれると思っていますの……」って呟けば一発よ」

「何さりげなくパトリック様を引き合いに出してるんですか!」

「使えるものは何でも使うわ! それにこれ効果抜群なのよ、ほぼ全ての男が退くの!」

「そりゃ相手がパトリック様ならどんな男でも辞退しますよ。というか、そんなこと言ってるからまだパトリック様を想ってる、なんて噂されるんでしょ」

「言いたい人には言わせておけば良いのよ。むしろパトリックの名前が牽制になって良いかもしれないわね」


 コロコロと上機嫌で笑うメアリに、思わずアディが「人の気も知らないで」と恨めしそうに呟いた。

 流石にこの言葉にはメアリも気付いたようで、キョトンと目を丸くすると振り返り、上目遣いで自分の髪を結っていたアディを見上げた。


「貴方の気持ち? どういうこと?」

「えっ、それは……その……」

「あぁ、お見合いの間ずっと立ちっぱなしで居なきゃいけないから辛いのね!」


 分かった!とでも言いたげにメアリがパッと表情を明るくさせる。

 勿論それがまったくもって見当違いなのは言うまでもないのだが、かと言って真相を言えるわけがなくアディが盛大に肩を落とした。


「えぇそうですよ……お嬢がほかの男性と話をされている最中、ずっと部屋の隅で立ってそれを見てなきゃいけないのは辛いなんてもんじゃありませんよ」

「そうねぇ、私も座らせてあげたいとは思うんだけど、嫌がられるじゃない」

「こ、これでも通じない……! 今までのスルーは全て合金ドリルの防音効果で弾いていたからだって、俺は自分に言い聞かせていたのに……!」

「なんか良く分からないけれどバカにされているのは分かったわ! 貴方ね、これから私がお父様(・・・)を交えた茶会に行くって忘れたの?」

「申し訳ございませんでした! 編み込みに!髪型を編み込みにするんで許してください!」

「あんたの謝罪の基準がいまいち分からないのよねぇ。で、何の話だったの?」


 不思議そうに首を傾げるメアリに、アディが慌てて視線を逸らし誤魔化すようにコホンと咳払いをした。

 そうしていまだ「部屋の隅にイスを用意する」だの「いっそ全員立ったらどうかしら」だのとあさってな考えを巡らせているメアリをチラと一瞥した。相変わらず見当違いではあるが、少なくとも今のメアリは見合いを前にしてもなおアディのことを考えている。

 それがアディにとっては嬉しくもあり、そしてこの後に他の男と――それも、婚約の話が上がりかねない男と――話している姿を見なくてはならないことが胸にモヤを残す。


「……俺は」

「うん?」

「俺は貴女が他の男性と話しているのを立って見ているなんて耐えられないんです。だから……」

「だから?」


 どうしたの?とメアリが再び首を傾げる。

 そんな彼女の瞳にジッと見つめられ、アディが意を決したかのように口を開いた。


「だから、俺のため(・・・・)に早く終わらせてください」


 と、そう言い切るアディの顔が徐々に赤くなっていく。

 本来であれば、到底許される発言ではない。従者の身分で主人の茶会を、それも婚約に繋がりかねない大事な茶会を、勝手な感情で「早く終わらせてくれ」等と無礼どころの話ではない。調子に乗るなと叱咤され、解雇されてもおかしくないレベルだ。

 だからこそ言い終わった後アディはギュっと目をつぶり、くるやも知れない叱咤と拒絶の言葉に身構えた。

 何を言ってるの、と呆れられるか。

 そんな無理を言わないで、と冷静に諭されるか。

 主人の茶会に口を挟まないで、と怒られるか……。

 だが身構えるアディとは反対に、メアリがあっさりと「いいわよ」と返した。驚いてアディが目を開ければ、目の前にはドヤ顔のメアリの笑顔。


「……え?」

「どうしたの、そんな間抜け面して。早く終わらせるんでしょ、別に構わないわよ」

「……俺の、ために?」

「えぇ、貴方のためにね。時間を計ってなさい、最短で終わらせてあげるわ!」


 意気込むメアリに、アディが僅かに呆然とし……クスと小さく笑みをこぼした。自分の気持ちは何一つとして伝わっていないが、それでも茶会より優先されたことが彼の胸のモヤを消して安堵をもたらす。


 部屋の扉がノックされ、メアリを呼ぶメイドの声が聞こえてきたのはちょうどその時である。

 そうしてメアリとアディは客間へと向かい、そこに座り待ちかまえる相手を目にし、「これは最短は無理かも知れない」と早々に先程の話を撤回した。



 そこに居たのが他でもない、ガイナス・エルドランドだからである。



 

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