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 この世界は相変わらずゲームのようでいて、それでいて一概にゲームとは言い切れない。なんとも微妙な案配である。

 イレギュラーの最たる存在であるメアリは先日のことを考えながら、その微妙な案配に溜息をつきつつ紅茶を一口すすった。久しぶり……ではない頻度で帰らされている自宅は何だかんだ言いつつやはり落ち着くもので、愛用のティーカップが手に馴染む。


「それで、パルフェット様が今回の悪役令嬢なんですか?」


 正面に座るアディがスコーンに手をのばしつつ尋ねれば、メアリがそれに対して「悪役ってわけじゃないわね」とあやふやな返答を返した。


 ドラ学では『メアリ・アルバート』という明確な悪役がいた。

 彼女は悉く主人公に嫌がらせと妨害をしまさに悪役といったポジションであったが、第二弾にあたる『ドラドラ』のライバルキャラは皆が皆メアリのような悪役令嬢と言うわけではない。確かに一部の女キャラクターはメアリの再来が如く主人公の邪魔をして没落コースに陥るわけだが、反して一部のキャラクターは主人公と友情を築き、主人公とヒーローのために身を引き、それどころか友情イベントなるものまで与えられている者もいるのだ。

 ちなみに前者がカリーナであり、後者がパルフェットである。だがガイナスが攻略されているというのにパルフェットがリリアンヌと親しくしている素振りはなく、それどころかパルフェットはリリアンヌを恨んで立場的に孤立しかけてさえいた。ゲームの通りならば、ガイナスがリリアンヌに骨抜きになる頃にはパルフェットは自らの意志で身を引いているはず。

 そもそもゲームの設定ではパルフェットもガイナスも親の都合で婚約しているだけで、互いに恋愛感情を抱いてはいなかったはずだ。あくまで友情であり、だからこそ主人公の登場でパルフェットは身を引き、そして身分の差に苦しむ彼等を誰よりも応援し手助けするのだ。弱く泣き虫なパルフェットが主人公とヒーローのために立ち上がり、身分の差ゆえに二人を離そうとするエルドランド夫婦を説得するシーンは感動さえ呼んだ。

 だが先日のパルフェットの反応を見るに、少なくとも彼女はガイナスを心から慕っている。それも、リリアンヌを囲む彼の姿を見てもまだ、だ。


「パルフェット様おかわいそうに……立場的にも話しかけられず、さぞやお辛いでしょうに」


 まるで我が身のように悲痛そうな表情を浮かべるアディに、メアリがおやと彼に視線を向けた。深くため息をついているあたり、随分と肩入れしているようではないか。


「どうしたの、なんだか随分と親身になってるみたいだけど。貴方、彼女と知り合いだっけ?」

「え……い、いや、別に……。一度お見かけしたことはありますが……それに、知り合いだからとかではなく、どちらかと言うと彼女の境遇に共感できるからであって……」


 らしくなくしどろもどろなアディに、メアリが訝しげに彼の顔を覗き込んだ。

 顔が赤い。そのうえ露骨に視線をそらされてしまう。くわえて先程の「パルフェットの境遇に共感出来る」という発言。

 これらから考えられることは……とメアリが考えを巡らせ、ハッと気付いたように顔を上げた。


「そ、そうだったのね。アディ、あなた……!」

「お嬢……俺は……!」


「そこまでお父様のことを想っていたのね!」


「……はい?」


 どういうことですか?と間の抜けた表情のアディに、メアリが「皆まで言うな」と悟ったような表情で首を横に振った。


「貴方がそこまでお父様を慕っていたなんて思いもしなかったわ……驚きだわね」

「えぇそりゃそうでしょうよ。俺だって驚いてますよ」

「確かに従者の貴方とアルバート家の当主とでは身分の差が大きすぎる。だから、立場の壁を前に声すらかけられないパルフェットに自分の姿を重ねていたのね……!」

「お嬢……現実に戻ってきてください……いや、もう現実じゃなくても構わないんで、とりあえずその世界から出てきてください! その世界は危険です!」

「貴方の邪魔をするのは気がひけるけど、お父様とお母様の間に割って入らせることはできないわ……」


 ごめんなさい!と申し訳なさそうに顔を背けるメアリに、アディが盛大に肩を落とした。……が、すぐさま顔を上げて「で、本題に戻りますけど」と強引に話を切り替える。

 流石メアリの従者である。この程度の玉砕で傷つくほどヤワな作りではないのだ。――なにせ、玉砕歴を言うのならばメアリよりアディの方が長い……胸を張って言えることではないが――


「それで、今回もまた乙女ゲームとやらだとして、お嬢はどうするおつもりですか?」

「私は……」

「お嬢は……?」

「何もしない!」

「何も!?」

「何も!!」

「しない!?」

「しない!!」

「何もしない!?」

「何もし……しつこい!」


 ドヤ!と胸を張って答えた割にはしつこいやり取りで返され、胸を張ったままで良いのか困惑するメアリに、アディが意外だと言いたげに視線を向けた。

 前回はあれ程までに意欲的に行動していたのに――まぁ、結果はこのざまなのだが――対して今回はこの「何もしない宣言」である。てっきり今度こそ没落だとリベンジするのかと思った、とアディがポツリと呟けば、メアリが言わんとしていることは分かると肩を竦めた。


「確かに、私だってこの記憶を利用したいところではあるけど、なにせ続編(こんかい)にはメアリ・アルバートの出番がないの。何をすればどうなるか、それが分からない限り迂闊な行動はとれないわ」

「確かにそうですね」


 今のメアリはゲームには存在しないイレギュラーの存在なのだ。おまけに、メアリは今や『王家に並び、王家を支えるアルバート家』の令嬢である。下手にゲームの記憶頼りにキャラクターにちょっかいを出して場を引っかき回せば、外交問題にもなりかねない。

 流石にそこまでの大事、それも国を跨いでの問題はメアリの許容範囲外である。あくまでメアリの望む没落は、原因であるメアリを北の大地に追いやりアルバート家の権威の一部を返還する程度の始末で済む没落なのだ。

 それになにより……と深刻な表情で言いよどむメアリに、アディが「更になにか?」と思わず聞き入るように顔を寄せた


(メアリ)のライバルはあくまであの子(アリシア)よ!」

「うわぁー……まだ諦めてないんですか」

「現状アルバート家が順風満帆だろうがもう知ったことじゃない、ここから先は私の意地! とりあえず一度はあの子(アリシア)を泣かすわ!」

「どんどん志が低くなってませんかね。あ、でも」

「うるさいわね! とりあえず下手な行動に出られない以上、ひとまずエレシアナ学園では傍観に徹するしかないじゃない! だからこそ、私はエレシアナでは学業に励んで、こっちではあの子を泣かすためにっ」


「メアリ様、おかえりなさーい!」


 言い掛けたメアリの背後に何か――言わずもがな、アリシアである――が勢いよく突撃してきた。

 タックルとも言えるその熱い抱擁にメアリが「うぐっ」と低い声をあげる……が、なんとか崩れずに持ちこたえたのは流石の一言である。アルバート家の令嬢たるもの、いかに不意打ちで弾丸タックルを喰らおうと無様に取り乱す姿も、ましてやテーブルに突っ込んでいくような姿など晒せるわけがないのだ。

 だからこそなんとか持ちこたえ、ギチギチと音がしそうなほどゆっくりと背後を振り返った。

 そこに居たのは、勿論アリシアである。輝かしいばかりの笑顔でメアリに抱きついている。その笑顔にメアリがひきつった表情を浮かべれば、優雅に紅茶をすすっていたアディが「すみません」と謝罪の言葉を投げかけた。


「今日お嬢が帰ってくるってアリシアちゃんに言っちゃいました」

「毎度のことながら、この裏切り者!」

「俺が裏切りものですって!? 俺はお嬢の味方をベースにした……」

「はいはい、私の味方をベースにしたこの子の応援し隊の大隊長なんでしょ」

「アリシアちゃん応援し隊カレリア本部の大隊長です!」

「だから何で出世を……本部!? 増えてる!!」


 そんな普段通りのやりとりをしていると、メアリの腰に抱きついたアリシアがクスクスと楽しそうに笑った。


「メアリ様、お久しぶりです!」

「えぇ、そうねぇ本当に何日ぶりかしら……先週の休みも帰ってきたでしょ!毎度毎度抱きついてこないでちょうだい!田舎臭さがうつるでしょ!」


 離れなさい!とメアリが強引にアリシアを引き剥がせば、遅れて現れたパトリックが「相変わらずだな」とクツクツと笑みをこぼした。ゆったりとしたその余裕を感じさせる歩みと爽やかな笑顔に、メアリが彼を睨みつける。


「王女ともあろうお方がとんだ田舎くささ丸出しじゃない。どうなってるのよ、王子候補」

「はは、まぁそれがアリシアの魅力でもあるからな」


 メアリの嫌みにパトリックが苦笑を浮かべて返す。が、その表情は満更でもなさげで、それどころかアリシアを見つめる瞳は穏やかで愛おしむような色さえ感じられる。

 まったくもって惚気じみたその言葉と表情に、メアリが目眩がすると言いたげに額を押さえた。

 アリシアの隣に座り、優しげに微笑むパトリックのなんと柔らかなことか……。『ドラ学』でのあのクールを通り越した冷酷な態度がまるで嘘のようである。

 思わずメアリが「色ぼけ」と呟きつつ、おもむろに立ち上がった。


「せっかく来て貰ったのに悪いけど、少し席を外させて貰うわ」

「メアリ様、なにか用事があるんですか?」

「バカみたいにイチャつく恋人達を見せられるのが苦痛なだけよ」

「えへへ、そんなぁ恥ずかしいです」

「な、なぜその反応が返ってくるの……!」


 照れくさそうに笑うアリシアに、メアリが愕然とする。……が、すぐさまコホンと咳払いをして話を改めた。この程度の玉砕、もはや引きずる程ではないのだ。


「実を言うと、ちょっと会わなきゃいけない人がいるの。まぁでも、そんなに時間はかからないと思うわ」

「せっかくの休みなのに、君も大変だな」


 紅茶を飲みつつ労ってくるパトリックに、メアリが肩を竦めることで肯定した。性別の差こそあれ、アルバート家とダイス家という貴族の家柄に生まれた二人は互いの重荷を知っている。

 だからこそメアリが「文句を言っても仕方ないわ」と苦笑をもらした。そうして、さも当然のように


「ちょっとお見合いしてくるだけよ」


 と言いのけるのだ。

 これには当然だがアリシアが目を丸くし、彼女が多忙だと知っていたパトリックでさえ、慌ててアディに視線を向けた。



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