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「それで、ガイナス様ってば酷いんです。パーティーの最中もずっと上の空で……」


 と、目の前で不満そうにするパルフェットに、メアリは優雅に紅茶を飲みつつ「あら、大変だったのね」と軽く返した。

 場所は今日も変わらず食堂。季節が変われど今日も今日とてリリアンヌは一角で男達を侍らせており、周囲の生徒達はチラと視線を向けては妬んだり羨んだりと忙しそうである。リリアンヌが、そしてメアリが転入してきて約半年が経とうとしているのに、エレシアナ学園は相変わらずな状態であった。

 それでも多少の変化はあるようで、それが今メアリの目の前で怒りを露わにしているパルフェットである。と言っても元々愛らしい作りの彼女が怒ったところで迫力などあるわけがなく、涙目で食堂の一角をにらむ表情もどこかあどけなさを感じてしまう。それでも、めそめそと泣きながら怯えていた頃よりはマシと言えばマシか。


「ガイナス様と私は確かに親が決めた仲ですが。それでも私はガイナス様を心からお慕いしていたんです」


 それなのに……とポツリと呟き、パルフェットが俯く。

 怒ったかと思えば落ち込んだりと忙しいものだと思いつつ、メアリが「そうねぇ」と生返事を返した。

 食堂の一角に視線を向ければ、そんなパルフェットの思いなど微塵も知らぬとリリアンヌとそれを囲む男たちがお花畑を築き上げ、キャッキャと楽しそうな声をあげているではないか。ゲームでは隠しキャラだったはずの『学園長の息子』までいるのだから、その手際の良さは流石としか言いようがない。あと彼女の虜になっていないのは……とメアリが記憶の中のキャラクター一覧を思い出していると、ふとパルフェットがメアリの名を呼んだ。プクと頬を膨らませて逆ハーレムを睨んでいるのは、彼女なりの威嚇だろうか。


「どうなさったの?」

「メアリ様、気になるんですか?」

「そりゃ、あれだけ目立つんですもの。それに気になっているのは私ではなく貴女ではなくて?」

「わ、私は全然気になんかしていません! あの人たちがどうなろうと、私にはまったく関係ないんですから!」


 そう言ってプイとそっぽを向くパルフェットに、メアリが「そうね」と苦笑を漏らした。


 メアリ・アルバートは前作で退場したキャラクター、加えて今のメアリは単なる留学生なのだから、まったくもって『無関係』である。誰が逆ハーレムを築こうが誰が没落を阻止せんと暗躍しようが、メアリには預かり知らぬ話である。

 だと言うのに……とメアリがうんざりと溜息をついたのは、リリアンヌとカリーナが無言で視線を送ってくるからだ。渦中の人物であり逆ハーレムの女王エレシアナ学園の女子生徒全てから嫉妬されるリリアンヌと、対して学園中から支持される万能の令嬢カリーナ。そんな対極である二人からジッと視線を送られれば、流石のメアリも居心地の悪さを感じると言うもの。

 かといって「私は貴女たちのゲームとは無関係よ!」等と自ら尻尾を出すような発言は口が裂けても言えるわけが無く、まるで何も知りませんと言わんばかりの微笑みで「どうかなさいました?」と彼女達に尋ねるしかないのだ。

 当然、彼女達も前世だゲームだのと言えるわけが無く「いいえ、なんでもありませんの」とわざとらしく微笑んで返してくる。

 なんて浅はかな腹のさぐり合いだろうか。これを何度と無く繰り返していれば、嫌気がさすのも仕方ない。


 だが逆に言えば、彼女達のこのメアリを警戒するような動きこそ、彼女達が前世の記憶を持った転生者だと言っているようなものだ。

 もっとも、それを抜きにしても、まるで最善の選択肢を知っているかのように効率的に男達を落としていくリリアンヌと、対してまるで自分の末路を知っていてそれを避けるように日々努力し味方を増やしているカリーナの行動は、裏を知るものからしてみれば気付いて当然、むしろ隠しているのかと疑いたくなるようなものなのだが。

 そんな彼女達にとって、メアリ・アルバートは予期せぬ人物なのだろう。既に舞台から退いたはずの前作の悪役、没落せずゲーム上あり得ない道を進んでいる人物、どう動くのか予想が出来ず、どう影響するのかも分からない。どちらにとってもイレギュラーである。

 ――もっとも、メアリとて自分がどうしてエレシアナ学園にいるのか分からないのだが……むしろ北の大地を目指していたメアリにとって、どうしてこうなったのか教えてほしいくらいである――

 そういうわけで、「どうしてここに」だの「彼女も記憶が?」だのと向けられる疑惑の視線にメアリはうんざりとし、いっそ直接聞きに来てくれれば良いのにとさえ思っていた。


「あ、またカリーナ様とリリアンヌさんが」


 と、ふと気付いたようにパルフェットが彼女達の方を向く。

 メアリがそれに対して「そうね」と返したが、視線はあくまで手元の本に落としたままだ。確認して彼女達の方を向こうにも、その瞬間に背けられるか愛想笑いが返ってくるかのどちらかなのだから確認するまでもない。


「メアリ様はお二人と仲がよろしいんですか? なんだか、気付けばお二人ともメアリ様のことを見ていらっしゃるような」

「アルバート家の令嬢だから気になるんでしょ。カリーナさんは国外への外交に力を入れてらっしゃるらしいし、リリアンヌさんにとっては、アルバート家の権力は彼女から男の方を奪い取りかねないし」

「メアリ様、もしかしてガイナス様を……!?」

「そうねぇ、アルバート家なら奪い取るのも造作ないかもしれないわ」


 そう冗談混じりにコロコロと笑えば、パルフェットが拗ねるように唇を尖らせた。

 転入生に婚約者を奪われ、そのうえ更にアルバート家の令嬢に……と、流石に笑えないようだ。

 もっとも、彼女と同様にリリアンヌに婚約者を奪われた者の中には今の冗談を笑い飛ばしそうな程に吹っ切れた者や、むしろ「あのリリアンヌに奪われるくらいなら、いっそメアリ様の方が!」とメアリをけしかけかねない者までいる。

 それを指摘してやるもパルフェットは「あんな方、もう知りません!」とそっぽを向いてしまう。その分かりやすい態度にメアリが溜息をつけば、パルフェットが小さく首を傾げて「メアリ様は……」と尋ねてきた。


「メアリ様は、そういう方はいらっしゃらないんですか?」

「そういうって?」

「心からお慕いして、会えない時はその方のことばかり考えてしまうような……そんな方です」


 胸を押さえるように話すパルフェットに、たいしてメアリは悩むように眉間にしわを寄せた。

 まったくもって思い当たらないのだ。そもそも、元よりメアリはアルバート家の令嬢としてパトリックと結婚するのだと考えていた。それは希望ではなく互いの家柄を考えた上での予測でしかないのだが、結果的に婚約が破棄となったからと言って「さぁ自由だ!次の男を!」とも考えられない。

 なにより、相手はあのパトリックだ。誰もが焦がれる理想の王子を相手にしていたのだから、今更そこいらの男に惚れろと言うのも難しい話である。

 そこまで考え、メアリがふと「誰か思い当たる?」と隣を見上げ……誰もいないその空間に一瞬だけ目を丸くした。


「あの……メアリ様?」


 メアリの突然の行動に、パルフェットもまた目を丸くする。

「そこに誰かいるのか」と、聞くまでもなくメアリの隣は空席なのだ。なにより、メアリのこういった行動は今日に限ったわけでもなく何度か見られ、その都度パルフェットが不思議そうに首を傾げていた。

 同じように、メアリの手元を見れば今日もまたコップが二つ……。


「メアリ様は……なんと言いますか、少し不思議なお方ですね」

「あら、嫌なら離れてくださっても構わないのよ」

「……そ、そんな…」


 メアリの照れ隠しの一言を真に受け、パルフェットの瞳に涙が溜まる。

 この相変わらずの打たれ弱さにメアリが慌てて「これくらいの冗談、令嬢なら笑って聞き流しなさいよ!」と――ある意味で追い打ちにも聞こえそうな――慰めの言葉をかけた。


「そ、そうですよね。私もっと強くならなきゃ……何を言われても気にしないくらいに……」

「まぁ、でも何を言っても響かなくてスルーされるってのもそれはそれで堪えるものがあるんだけど……」

「メアリ様、なにかあったんですか?」

「えぇ、過去にメンタル最強の田舎娘とね……全弾見事に散っていったわ」


 当時を思い出し盛大に溜息をつくメアリに、パルフェットが首を傾げ、いったい何があったのかと尋ねかけ……ハッと息を飲んだ。その異変に気付いたメアリがパルフェットの視線を追えば、移動しようとしていたのか逆ハーレムの集団がゾロゾロとリリアンヌを囲んで出入り口へ向かい、その中の一人がこちらに視線を向けていた。

 ガイナス・エルドランド、他でもなくパルフェットの婚約者である。――今のところはまだ、と枕詞をつけた方が良いのかもしれないが――

 彼はジッとこちらを見つめ、メアリの視線に気付くと慌てて顔をそらし、それでも一度小さく頭を下げた。少なくとも、メアリにはそう見えた。

 パルフェットを見れば彼女は俯いたままだし、周りを見回してもリリアンヌの逆ハーレムに嫉妬の炎を燃やす者はいるがガイナスが頭を下げそうな人物は居ない。となると、彼が頭を下げたのはやはり……と、そこまで考えメアリが「面倒くさい」と小さく呟いた。




主従成分欲してる方々、次回メアリ嬢が実家に帰りますのでしばしお待ちを。

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