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 極力メアリはリリアンヌにもカリーナにも、それどころかゲームに登場するキャラクター達には総じて関わらないように生活してきた。

 といっても「もう乙女ゲームなんてこりごり!」だの「私はモブに徹するわ!」という意志があったわけではなく、たんに「どうせ1年でカレリアに戻るんだし」という相変わらずのモチベーションの低さからである。しかも今回の留学は後々の渡り鳥丼屋のために経営学を学びに来たのだ、他人のもめごとに首を突っ込む気にはなれない。

 おまけに隣国という完璧なアウェーにいるのだから、大人しくするにこしたことはないだろう。

 そういうわけで、これと言った行動を起こさず、それでいて『目立たぬ努力』をするわけでもなく、メアリなりの学生生活を送っていた。

 その結果、メアリはエレシアナ学園において只の平凡な一生徒であった。アルバート家の令嬢として多少は優遇されることもあったが、かといってそれをひけらかすのもメアリの性分ではない。

 それゆえ学園内で人気のある見目麗しい生徒会役員や各委員長、運動部のエース、若くてプレイボーイな教師、それらを侍らす転入生と奪われた女子生徒……と、まるで作り話の愛憎劇のような面々とは関わらずにいた。

 もっとも、その中の二人ほど、時折メアリをちらと見ては「どうやって北の大地を回避したの……」「ドリルはどうなったの……」と呟いているようだが、直接話しかけてこない限りメアリの与り知らぬところである。


 だがそんなメアリの『控えめにしているわけでもないのに結果的に地味になった生活』も、パルフェットと接触し、あまつ彼女がメアリのあとをついて回るようになって崩れてしまった。

 件の転入生に婚約者を奪われた令嬢と、婚約者を王女に譲った令嬢。その二人が一緒にいるのだから、好奇の視線が注がれないわけがない。もっとも、パルフェットと違いメアリはアルバート家の令嬢、それも彼女への不敬な噂話はアルバート家どころか隣国の王族すらも敵に回しかねないので、比較的「聞こえない程度の小声」での噂が殆どである。もちろん、そういった噂話はいかに小声であろうと当人に筒抜けなのは言うまでもないのだが。


「メアリ様、申し訳ありません……」


 教室への移動中、ポツリと呟かれたパルフェットの言葉にメアリがチラと横目に彼女に視線をやった。

 教科書を両手で抱え、周囲の視線から逃れるように俯く彼女は誰がどう見ても敗者の姿勢である。おまけに、隣を歩くメアリにまで怯えるように謝罪の言葉を口にするのだから、いよいよをもってメアリが溜息をついた。


「私と一緒にいるから……だからメアリ様も色々と言われてしまって……」

「あら、私別に貴女と一緒にいるつもりはないわよ。貴女が勝手に私の隣を歩いているんでしょ?」


 そうピシャリと言ってやると、パルフェットが小さく息を飲んで立ち止まった。見れば元より青ざめた表情を更に強ばらせ、瞳は今にでも涙を落としかねないほどに潤んでいる。キュッと閉じられた唇と下がりきった眉尻が、彼女の表情をより弱々しいものに感じさせる。


 う、打たれ弱い……!


 これにはメアリも慌ててしまう。


「なによ泣くことないじゃない!」

「でも、私やっぱりメアリ様にご迷惑をかけて……そうですよね、でも、私一人じゃ不安で……」


 ジンワリと瞳を潤ませ今にも泣き出さんばかりのパルフェットに、メアリが逆に混乱してしまう。箱入り令嬢が少なくないのは知っていたが、これほどまでに打たれ弱いとは思っていなかったのだ。

 今までのメアリの人生からしても、パルフェットほどに弱い人物とは話したことが無く、故にどう声をかけていいのかも分からなくなってくる。メアリの周囲と言えば、皮肉を言えば同じように皮肉で返してくるアディやパトリック、もしくはまったく通じないアリシアと、癖が強い上に嫌みの一つや二つで傷つくような繊細さとはほど遠いものだったのだ。むしろ下手に皮肉や嫌味を言えばこちらの心が折れかねない面子である。


「べ、別に私は貴女が居ようが居まいがどうでも良いのよ」

「そうですよね……メアリ様からしてみれば、私なんて……」

「そうじゃなくて、貴女が隣を歩いていても構わないってことよ! それに、パトリックとの婚約破棄だって周囲がどう話そうが知ったことじゃないわ」

「はい……私もガイナス様に捨てられたのは事実ですし……ガイナス様……」

「自分で言って自分で傷つかないでちょうだい!」


 グスと鼻をすすりいよいよ泣き出しかねないパルフェットに、メアリが慌てて一喝する。

 なんとも扱い難い相手ではないか。おまけにパルフェットは小柄で小動物のような愛らしさがあり、下手に泣かせばこちらの罪悪感を刺激しかねない分アリシアより扱いが難しい。

 だからこそメアリは丁寧に、かつ無意識に出てしまいそうな皮肉を押さえ込み、「落ち着いて、泣かないで、傷つかないで、私の話を聞いてちょうだい」と宥めた。メアリ・アルバート史上、未だかつてないほどの穏やかな対応である。


「貴女が隣にいて、それで何か言われたとしても私は別に知ったことじゃないの。パトリックとの婚約破棄だって、こっちに実害がない限り好きに言わせておくのが一番よ」

「そうですか……」

「男女の話に首を突っ込む方が野暮なんだから、堂々としてればいいの」


 そう言い切り、「さ、行くわよ」と再び歩き出すメアリに、パルフェットが驚いたように目を丸くした後、涙目ながらに小さく微笑んでそのあとを追った。



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