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「どうして! どうしてお嬢は一人で交換留学なんてするんですか!」

「そりゃ、あっちの学校で受けたい授業があるからよ。それに交換留学の枠は一人だし」

「メアリ様、そんなの酷いです! パトリック様も、知っていたならなんで私に教えてくれないんですか!」

「なんでかって? そりゃ、こうなるからだ」


 あっさりと言い切り、パトリックが紅茶をすする。そうしてチラとメアリに視線を向けるのだが、その瞳に「もっと上手く話を進めるんじゃなかったのか」という非難の色が混ざっているのは言うまでもない。

 そんな視線を向けられたメアリも、目の前の二人の騒ぎように自分の迂闊さを悔やんでいた。ついポロっと口に出してしまったが、予定では落ち着いた場所で順を追って説明するはずだったのだ、アディに対しては父親も同伴させるつもりだった。

 どうやら自覚していた以上に脱ドリルに浮かれすぎていたようだ。

 そんなメアリとパトリックに対し、アディとアリシアの不満そうな表情と言ったらない。とりわけアリシアは「これが我が国の王女か」と頭が痛くなりそうな程の膨れっ面である。

 見かねたメアリが溜息をつくとともに、カチャンとティーカップをソーサーに戻した。


「あのね、交換留学といってもたった一年。それも国境にある学校だから行き来にもそう時間はかからないわ。こまめに戻ってくるからあまり騒がないでちょうだい」

「でも、一年もメアリ様がいらっしゃらないなんて……日帰りできる距離なら、ご自宅から通えば良いじゃないですか」

「嫌よ、面倒くさい」


 毎日通学のために国越えなんかやってられないわ、と言い切るメアリに、アリシアが更に頬を膨らませる。それどころか自棄になったように紅茶をがぶ飲みするのだ、王女の優雅さとは懸け離れているその有様に見ていられないとメアリの眉間に皺が寄る。

 そうしてアリシアからバトンを受けたアディが「それなら」と真剣な眼差しでメアリを見据えた。


「休みの前日授業が終わり次第馬車に飛び乗って帰ってきてください。そして休み明けの授業にギリギリ間に合う時間に出発してください。それなら俺も納得できます」

「過酷! というか、なんであんたの許可を貰わなきゃならないのよ!」

「それなら俺も一緒に……!」


 一緒に行きます、と、そう言い掛けアディが出かけた言葉を飲み込んだ。

 というより、パチンと音立ててメアリの両手が彼の頬を押さえるものだから、何も言えなくなってしまったのだ。平手打ちとも言えない軽い音に、頬を押さえられたアディは勿論アリシアとパトリックもキョトンと目を丸くしてその光景を眺める。

 ただメアリだけは真剣な表情で、「それ以上の言葉を許さない」と言わんばかりの強い瞳でアディを見上げていた。


「あのね、なんで私がわざわざ『学校にまで従者を連れてくる世話のかかる令嬢』なんて言われ続けていたと思っているの?」

「それは……俺が、カレリア学園で学びたいことがあったからです……」

「そうよ、貴方はここで学びたいことがある、そして私は向こうで学びたいことが出来た。それならとるべき行動は分かり切っているでしょ」


 まるで子供に言い聞かせるようなメアリの口調に、アディが困ったように眉尻を下げ「そうですね」と納得の言葉を口にした。それを見たメアリが「まったく」とでも言いたげに小さく溜息をつく。

 そうしてアディの頬に触れていた手を離そうとし、今度は逆に手を掴まれてしまう。これにはメアリも驚いて改めてアディを見れば、先程まで弱々しかった錆色の瞳がジッとこちらを見つめていた。


「アディ?」

「それならせめて、向こうで無茶をしないと約束してください。貴方が俺の手の届かない距離に行ってしまうなんて、考えただけで気が気じゃないんです」


 先程まで喚いていた様子から一転し、真剣な表情で見つめられ熱い視線で懇願される。その変わりようにメアリがわずかに息を飲み、慌てて視線を逸らした。

 以前からアディの笑顔には弱いと思っていたが、どういうわけかここ最近は時折見せるこの熱い視線にも弱くなってしまった。見つめられると落ち着かなくなり、心臓が締め上げられ痺れるような感覚さえするのだ。

 そんな動揺を悟られまいとメアリがコホンと小さく咳払いをし、誤魔化すようにそっと手を離して代わりに髪を軽くはらった。

 銀色の髪がフワリと揺れる。その仕草は、まさに貴族の令嬢そのものである。


「え、えぇ……分かったわ。そうね、ずっと一緒に居たんだもの、一年とは言え貴方が心配するのも無理はないわね。こまめに帰るようにするから、安心してちょうだい」

「それじゃ休みの日の朝一に馬車に乗って帰ってきて、休み最後の日のギリギリに出発してくださいね」

「妥協の色が見えない!」

「そもそも、向こうで学びたいことって何なんですか! 国越えまでしてやることなんて何があるっていうんですか!」

「経営学!」

「渡り鳥丼屋が着実に進んでいる!」


 先程の熱い視線はどこへやら、まるで切り替わったかのように通常運転の喚き合いに戻るメアリとアディに、パトリックが溜息をつく。「あと一歩なんだけどなぁ」と彼が呟けば、それを聞いたアディとアリシアがメアリの両腕を左右から掴んだまま揃えたように振り返り「パトリック様も加わってください!」と加勢を求めてきた。

 勿論、ダイス家の嫡男であり王子候補と言われる彼がそんなことをするわけがない。もっとも、かといってメアリの加担をする気もなく、終始優雅に傍観に徹していたのだが。



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