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ゲーム通りの水色のドレスに、小振りながらもセンス良く細工の質の良さが分かるティアラ。普段は慌てたり笑ったりとコロコロ忙しく変わる表情も今は凛とした精悍さを感じさせ、あどけない可愛らしさよりも気品や美しさといった表現が適している。
まさに王族らしい威圧感すら感じさせかねないその気高さに、会場内がよりざわついたが仕方あるまい。
「あの田舎娘が実は王女だった」と、その事実こそ知っていたとしても、殆どの生徒達の脳裏に浮かぶのは田舎娘アリシアなのだ。パタパタと元気に走り回り朗らかに笑う彼女のイメージは容易には覆せるものではなく、壇上にあがり厳かに一同を見回す彼女は彼等の知る田舎娘とはほど遠い。
現にアディも同様に、事前に聞かされていたというのに唖然としながら壇上を見つめていた。
「……ア、アリシアちゃん、綺麗ですね」
「そうね。付け焼き刃にしてはなかなか様になってるじゃない」
「なかなかどころか立派なもんですよ。歩き方とかお辞儀の仕方とか、どれをとっても上品で、まるで……」
言い掛け、アディがメアリに視線を向けた。
このざわつきの中でも彼女は落ち着き払った態度をとり、イスに腰掛け静かにアリシアの演説を聞いている。
その表情はどこか自虐的で、それでいて満足気で……。
「まるで……まるでお嬢のようですね」
「あら、冗談はやめて頂戴。あんな田舎娘と並べないでよ」
クスクスと笑うメアリに、アディが溜息をついて肩を竦めた。
蹴落とされることを前提にして、それでいてこのプライドの高さなのだ。おまけに、「この私を蹴落とすならそれなりであってもらわなくちゃ」とまで言う始末。
まったく捻くれていると呆れる反面、これこそがメアリ・アルバートなのだと納得もしてしまう。なにより、この分かりやすく天邪鬼な歪んだ性格もまた魅力的だと思うあたり自分こそ末期だと、そうアディが自虐的に小さく笑った。
そうして演説を終えたアリシアが、「最後に、お話をしたい方が居ます」と前置きをしてメアリの名を呼んだ。
驚くことに、この台詞までそっくりそのままゲームの通りなのだ。事前に説明されていたアディが「もしや本当に」と表情を曇らせる。
今のアリシアがメアリを蹴落とすとは到底考えられない。が、全てメアリの言う通りに物事が進んでいるのもまた事実。
卒業式の最中にアリシアが姿を現すこと、彼女のドレスの色ティアラの作り、それどころか話す内容までも全てがメアリの言う『ドラ学』の最終ステージそのままなのだ。
かといって一概にゲームの通りとも言えない。本来ゲームの通りであればメアリに嫌悪感を抱いていた生徒会役員達が、この式典が始まる前にメアリに対してにこやかに挨拶をしていたのもまた事実なのだ。
『ゲームから逸れた』ものと、『ゲームの通り』が混在している。ならばゲームの結末にある『没落』はどちらに分類されるのか。
アリシアがメアリに抱く好意のようにイレギュラーな道をゆくのか、それとも『結論から見ればドラ学の通り』として、やはりアルバート家は没落し、メアリは北の大地に追いやられるのか。
そのどちらとも判断が着かず、アディが不安げにメアリに視線を向けた。
対してメアリは依然として態度を変えることなく、応えるように立ち上がると、その余裕を示すように優雅に一度スカートを整えて壇上に向き直った。真っ直ぐにアリシアを見つめ返すその瞳に怯えも迷いもなく、彼女に負けない気品さを纏っている。
「メアリ様、私の話を聞いて……どう思いましたか?」
アリシアの問いかけに、会場内が水をうったかのように静まりかえった。
誰もがメアリとアリシアの交互に視線をやり、続く言葉を待つ。その緊迫した空気に、それでもメアリは予期していたと言いたげに小さく口角をあげた。
これもまた呆れるくらいにゲームの通りだなのだ。
そしてこの問いかけこそ、ゲームのアリシアが最後の最後でメアリに差し出した救いの手でもある。
この問いかけにメアリが己の非を認め謝罪していたら、アリシアはメアリを許すつもりでいた。結論としてどのルートでもそんなことは起こらなかったが、アリシアはメアリこそ「悪しき習慣」であり、そして誰より被害者であると、そしてまだやり直せると考えていたのだ。なんとも慈悲深い話である。
もちろん、だからといってメアリの今までの悪役令嬢としての行為は目を瞑れるものではなく、だからこそたった一度、この大勢の前で、メアリ自らが自分の過ちに気付き認めることを求めた。今までのメアリが我が儘で傍若無人で、まさに貴族の悪い部分を凝縮したような性格だからこそである。
もっとも、ゲームのメアリはそんなアリシアの慈悲に気付けるわけもなく、彼女からの問いかけに対し不満げにこう答えた。
「いかにも田舎娘の考えた田舎臭い思想で笑えてくるわ」
と。
それに対してゲームのアリシアはメアリを見限り、溜息をつくとともに一切の慈悲を捨て彼女を糾弾するのだ。
だから間違えてもけして
「はい! ありがとうございます!」
なんて、嬉しそうな表情で返すわけがない。
「……え?」
「私らしさを失わずに、王女としてやっていこうと思ってるんです。メアリ様なら分かってくださると思っていました!」
「……あの、ちょっと待って」
「こんな風に考えられるようになったのも、メアリ様のおかげです! 私の身分が変わろうとした時も、メアリ様は変わらず同じように私に接してくださいました。だからこそ、私は自分に自信がもてたんです。自分のままで良いって、そう思えたんです」
「そ、そうなの、それは良かったわねおめでとう……で、でもちょっと待ってね……」
「私、頑張ります!」
「えぇ、勝手に頑張ってちょうだい……それでね、私の話なんだけど」
「メアリ様なら、きっと私の背中を押してくれる……私、そう信じていました! メアリ様、大好きです!」
嬉しそうに話し、あまつさえ大声でメアリへの好意を告げるアリシアに、壇上の袖から出てきたパトリックが彼女の肩に手を添える。
二人が並ぶ姿はまさにドラ学のシーンそのものなのだが、今のメアリにはそれに気付いている余裕はない。
今までのアリシアに対する無礼を糾弾されるのだろうと身構えていたのに、どういうわけか感謝されているのだ。おまけに、壇上の恋人達はまるで同士を見るような暖かな瞳で「共にこの国を支えていこう」と声をかけてくる始末。
これにはさすがのメアリもどうすることもできず、ワッと一瞬にしてわき上がった歓声に気圧され、唖然とした表情のまま力が抜けたかのようにストンとイスに腰を下ろした。
あまりの展開に思考が追いつかず、隣で大爆笑しているアディに文句一つ言ってやる余裕もないのだ。