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11ー1

 

 うららかな日差しの中、晴れやかに男女が笑いあう。

 飾られた講堂の中はとりわけ賑やかな声で溢れかえり、別れを惜しみ涙する者や変わらぬ友情を誓い合う者、恩師と肩を並べて笑いあう者と様々である。

 中にはパトリックをはじめとする生徒会メンバーに花を渡さんと構えている女子生徒達もいるではないか。人気の生徒会メンバーが卒業ということもあり、後輩や既に卒業したもの、果てには近隣に住む者…と集まったギャラリーは例年の比ではない。


「凄いですね、パトリック様。元生徒会長の挨拶とそれに答辞で2回も壇上に上がりますよ」

「卒業生代表で証書授与もあるから3回よ。もうパトリックのオンステージよね、笑っちゃうわ」

「笑うくらいなら答辞代わってさしあげれば良いのに……って、お嬢、なに読んでるんですか?」


 式典の案内を読んでいたアディが、ふとメアリの手元に視線を向けた。

 同じものを読んでいたと思っていたが、彼女の手元にあるものは色が違う。というか厚みも違うし、言ってしまえば別物である。

 それに視線を落としていたメアリは顔を上げると、さも当然のように

「なにって、北の大地の観光案内よ」

 と、しれっと言いのけた。


 見ればメアリの手元にあるパンフレットには、これから自分が追いやられる北の大地の地名や鳥の絵が描かれている。カレリア学園のカの字も無ければ、どこか安っぽく在り来りなそのデザインは、格調高くそれでいてやたらと豪華なカレリア学園卒業式の式典案内とは雲泥の差である。

 それを一瞥し、アディが盛大に溜息をついた。


「卒業式だっていうのに……」

「あら、卒業式だからこそよ」


 これが最終シーンなんだから、とクツクツと笑うメアリに、アディが再び溜息をついた。


『ドラ学』のメアリにとって、この卒業式こそが彼女のラストステージであり最大の見せ場なのだ。

 王女として君臨したアリシアとその相手により糾弾され、全ての罪を白日の下に晒される。先日のいじめの件で転がり始めた悪役令嬢メアリの転落が、この場で確実なものに、むしろ転がるどころか谷底に叩き落されるのだ。

 といってもプレイヤーはアリシアなのだから、ここは所謂「ざまぁ」な部分であり、メアリが追い詰められ糾弾され、彼女の立場がなくなればなくなるほど爽快感が増すのだが。


 そうメアリが再びパンフレットに視線を落としながら説明すると、アディが不服そうに「そうですか」と返した。

 現状を考えたところで到底アリシアやパトリックがメアリを糾弾するとは思えないのだが、それでもアリシアの正体含めここまで『ドラ学』の通りとなると「もしや……」という不安が浮かんでくる。

 全てが全てメアリの話すストーリー通りではないにしろ、かといってまったく違うかと聞かれればそうでもないのだ。

 仮にアリシアからの糾弾こそされなくても、まったく別の形でメアリが遠い北の大地に追いやられるかもしれない。むしろ今の彼女を見るに、何も起こらなかったら彼女自ら北の大地に旅立ちそうではないか。

 だからこそ、アディは決意を新たにするとメアリの服の裾を掴んだ。「ん?」と顔をあげるメアリの瞳をジッと見据える。


「北の大地だろうが渡り鳥丼屋だろうが、俺はお嬢についていきますからね」

「あら、まだ諦めてなかったの?」

「当然です。貴方の隣が俺の居場所ですから。それに、俺は鳥をさばけますよ」


 僅かに頬を赤くさせ、誤魔化すように胸をはるアディに、メアリが僅かに目を丸くさせたのち嬉しそうに瞳を細め「副店長にしてあげる」と笑った。




 カレリア学園の卒業式は順調に進み、三度目になるパトリックの挨拶では女子生徒達が黄色い声をあげ、中には涙を流す者さえいた。

 ちなみにメアリはと言えば、二度目のパトリックの登場で笑いそうになり、三度目に至っては顔を上げることすら出来ず、顔を俯かせ肩を震わせていた程である。

 だが次第にその態度も改まり、学園長の話を聞くときには彼女らしい凛とした姿に戻っていた。ジッと前を見据えるその瞳は覚悟を決めた潔ささえ感じさせる。

 それは勿論、この後に自分の糾弾が待ち構えているのを知っているからだ。

 だからこそ堂々と臆することも無く、抗うことも無く、その時を待っている。


「お嬢……」

「そろそろよ、アディ」


 ゲームの通りであれば、学園長の話が終わった後ドレスを纏ったアリシアが壇上に現れる。

 水色の輝かしいドレスには王族の紋様が刺繍され、金糸の髪に乗せられたティアラはシンプルながらに品の良いものだった。それらを着こなすアリシアは立ち絵ながらに高貴さが伝わり、田舎娘からの変わりようにプレイヤーも息を飲んだほどだ。

 そうして誰もが――プレーヤーまでもが――見とれる中、アリシアは自らが体験した身分の差を語り、これを悪しき習慣として改善することを誓うのだ。

 庶民としてカレリア学園で生活したアリシアだからこそ掲げられる理想、その足がかりこそ「悪しき習慣」の典型であるメアリの糾弾である。

 対してゲームのメアリはと言えば、田舎娘と罵っていたアリシアが王族として目の前に現れ動揺し、それでもアリシアを罵倒し、すでに掌返しをされているとは知らずに取り巻きを呼んだり嘘をついたりと無様な姿を晒していた。

 もっとも、メアリとしてはそんな無様な姿を晒す気にはならず、没落という同じコースこそ辿れど、言い訳をする気もましてや嘘をつく気など微塵として無かった。


 アリシアを田舎娘と罵ったのも事実、彼女の出生を知っていてなおマナーがなっていないと嫌味混じりに指摘してやったのも事実。

 なにより、テーブルマナーは勿論のこと猫を被れば完璧な令嬢を誇るメアリにとって、公の場でマナーを指摘されることほど屈辱的なことはないのだ。音立てて走るな、パンの屑を零すな、会釈をする時の角度は……アリシアに言ってやったこと全て、仮にメアリが指摘されればその場を逃げ出しかねない程の屈辱と恥辱である。

 だからこそ堂々と糾弾され、堂々と結末を受け入れるのだ。

 そう決意したメアリがジッと壇上を見据えていると、長い話を終えた学園長が深々と一度頭を下げた。

 ――切ないほど薄くなった毛髪から地肌が覗き、壇上のライトを反射させる。思い返せば一年前、これとまったく同じ状況下で前世の記憶が蘇ったのだ。これが全ての始まりだと思えば感慨深い……わけでもない――


 プログラム通りでいけば、式典はこれで終わりである。数人の生徒達達がやれやれと言いたげに座りながら体を伸ばし、中にはウトウトと船をこいでいる生徒の肩を叩いている生徒の姿も見える。

 誰もが式典は終わりだと思っているのだろう。

 だがメアリだけは堂々と椅子に座り、この後に現れる人物を待ち構えていた。


 そうして僅かな間があいた後、ゆっくりと姿を見せた人物に会場内がざわつきだした。


 主人公の登場である。



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