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10ー7

 


 その瞬間の議会室の一転しようと言ったらない。

 つい数分、それこそ両陛下が現れるまでアリシアに他国のスパイ疑惑すらかけていた者までも、一転して両陛下と王女を称えて感動の拍手を送っている。

 重鎮たちの威圧感を感じてか、ギチギチと音がしそうなほどぎこちない動きでお茶を注いでいたメイド達に至っては目元を拭って親子の再会を喜んでいる始末。

 もちろん、中には今までの行動を省みて視線を泳がせている者もいるのだが、そういった者に限って声高に「いやぁ、よかった!」だの「なんて美談だ!」と白々しいことを言うのは最早定番でもある。


 そんな感動の光景を前に、メアリはしばらく茫然としていた。

 勿論、思考回路がついていかないからだ。一部のようにアリシアを疑っていたわけではないのだから掌返しするわけにもいかず、前世の記憶すら疑い始めていたのだからこのお祝いムードに浸ることもできない。

 それでもようやく出た言葉と言えば、

「……アディ、お腹痛い」

 である。


「お嬢、ついに限界がきてしまったんですね……お可哀想に……。今夜は美味しいコロッケを揚げてもらいましょうね」

「わけが分からない、もう帰りたい……お腹痛い…」

「あと少し、あと少しで終わりますからね。帰りに美味しい物を買って帰りましょう」


 お労しい……と嘆くアディに、メアリが呆然としたまま弱々しく頷く。片手で押さえているのは腹というより胃に近い。

 普段の二人からは考えられないやりとりだが、この状況では誰もそれに気付きすらしない。

 とにかく、現状はメアリ達を抜きにすればそれはもう大団円なムードで、あのパトリックまでもが「良かったな、アリシア」と感動しているのだ。

 この場合、ゲームだ一枚絵(スチル)だのと余計な情報を持ち、それゆえに事前にアリシアが王女であると知っていたメアリだからこそ、あれこれ考えてしまい素直にこの場の空気に馴染めずにいるのだろうか。それとも誰もが思惑を抱えたまま、ひとまず場を収めるためにこの場の空気に準じているだけか。


 いや、それにしたってこのスタンディングオベーションはおかしい……。と、そこまで考え、ふとこれもまたゲームの抑制力なのかとメアリが考えた。

 そうだ、きっとそうに決まっている。そうでなくてはこの大団円な幸せムードに納得がいかない。

 数分前まで重苦しい空気に青ざめていたのがバカみたいではないか。むしろ抑制力であってほしい。


 そう考えれば考えるほどこの場の空気に対して気分が冷え切っていく。

 つい先ほどまでは緊張で帰りたい一心だったが、今は別の意味合いで帰りたい一心である。


 まったくもって茶番もいいところだ。

 そんな心情で目の前の光景を眺めていると、扉の向こうがにわかにざわつき始めた。どうやら先程の親子の再会と、途端に一転した空気に野次馬達も気付いたらしい。もしくは、この拍手喝采が聞こえて集まってきたか。

 それを察した両陛下がアリシアの肩を抱き、嬉しそうに微笑みながら頷いた。

「皆に紹介しよう」と、そう言いたいのだろう。

 それを受けたアリシアが戸惑いつつも嬉しそうに笑って返した。傍から見ればなんとも美しい親子である……巻き込まれない傍から見られればの話だが。


「逃げるわよ」とメアリがアディに告げたのは、ちょうど陛下達が扉へ向かった時だ。

 きっと扉の前には事の顛末を見届けようと大勢が待ち構えているのだろう。只でさえこの面子が揃っているのだ、そこでアリシアが正式な王女だと発表されれば、混乱が更に増すのは言うまでもない。

 この場の空気にうんざりどころか不調を起こし始めていたメアリからしてみれば、その混乱はまさに逃げ時である。


 そんな情けないことを堂々と宣言するメアリに、アディが同感だと頷いた。

 アルバート家の令嬢でさえ緊張し青ざめるこの状況なのだ、一介の庶民、それも従者の身分であるアディが耐えられるわけがない。

 今だってメアリが居るからこそ――そして彼女の心が折れかけているからこそ――冷静でいられるのだ。


「いいこと、扉を開けて両陛下がアリシアを紹介すれば一気に混乱状態よ。その隙に脱出をはかるわ」

「了解です」


 大団円ムードの中、小声で作戦を練って互いに頷きあう。

 そうして両陛下が扉を開ければ、その瞬間に更にざわつきが増した。


 当然だ、議会の終わりを今か今かと待ち構えていた中、両陛下が件の少女の肩を抱きながら現れたのだ。それがどういうことか分からないわけがない、だからこそこの混乱である。

 いったいどういうことかと事態を察してなお混乱する者、この結末を伝えるべくどこかに走り去っていく者。中には自分の思惑に反していたのか不満げに舌打ちしこの場を後にする者さえいる。もちろん、純粋に両陛下を慕い、親子の再会を涙ながらに我が事のように喜んでいるものもいる。

 その隙を見て、メアリとアディがそっと立ち上がった。

 逃げるなら今しかない。

 そうして二人がコッソリと気配を消しつつ移動し、あと数歩でこの混乱から脱出できる……!という所まで進んだ瞬間


「メアリ、アディ! これから両陛下と食事をするんだ、君たちも一緒にどうだ!」


 と、やたらと爽やかな笑みを浮かべるパトリックに肩を掴まれた。


 それはもう、今の彼の笑顔の輝かしさと言ったらなく、仮に他の令嬢であったなら一瞬で心を射抜かれ気絶しかねない程である。

 だが肩を掴む手の力は優雅な彼の笑顔に反して相当なもので、逃がすまいとしていることを察してメアリがヒクと頬をひきつらせた。

 アディに至っては、最早表情を引きつらせる余裕すらない。


「パトリック、私達が逃げようとしてたのを見て誘ったわね……」

「まぁ良いじゃないか。君達が来てくれたらアリシアも喜ぶだろう」

「ようやく茶番が終わったと思ったらこんどは両陛下と食事? 冗談じゃないわ!」

「俺は……俺はもう帰ります! 帰って夕飯を食べて寝ます!もう無理です!」

「ほら見なさい! 私に若干の余裕が出来たと思って、今度はアディが壊れちゃったじゃない!」

「どういう仕組みをしてるんだ君たちは」


 呆れたようにパトリックが溜息をつくが、その手にこめられた力が弱まる気配はない。

 メアリは女で、パトリックを振り払い逃げることなど出来ないし、対してアディは腕力も体力も勝るだろうが身分の差がそれを良しとしない。

 つまり万事休すだ。元々無いに等しかった退路が、今この瞬間パトリックによって完璧に断たれたのである。

 更に、まるで追い打ちをかけるかのように両陛下に挟まれたアリシアが嬉しそうに二人の名を呼んでくるのだ。おまけに手までふってくる始末。


 これには流石のメアリも観念し、盛大に溜息をつくと肩を落とした。

 最早パトリックを睨む気力すら残っていない。




「アルバート家の令嬢と言えど、突然の両陛下との会食はくるものがあるわね……『美味しかった』という記憶こそあれど、具体的に何を食べたかは一切思い出せないわ」

「お嬢はまだ良いですよ。俺なんか会食自体が人生で数える程度しかないんですから。それも両陛下と同じ席で……あ、思い出したらまた緊張が……」


 そんなことをブツブツと呟きつつ、ダイス家の馬車に揺られながらアルバート家を目指す。

 行きに乗った馬車はと言えば、キャレルが乗って帰ってしまったのだ。無理矢理連れ出しておいてさっさと帰るとは親としてどうかとも思うが、今のアディの状態を見るに置いて帰られて良かったのかもしれない。

 議会室での精神的疲労プラス両陛下との会食での度を越えた緊張、それに馬車酔い。これに加えて、アルバート家夫人の隣でその令嬢を下座に座らせる精神的負担とくれば、いよいよをもって気絶しかねない。

 その点ダイス家の馬車は同乗者がパトリックのみであり、アディにとっても多少なり心の余裕が生まれるようだ。今も窓辺にグッタリともたれかかりつつ、時折口を挟んでくる。

 そんな彼の隣に座り、時に背を撫で、時に軽口を返してやるメアリを見据え、パトリックが彼女の名前を呼んだ。


「メアリ、君は良い女だ」


 と。

 これにはメアリも目を丸くし、いったいどうしたのかとパトリックに視線を向けた。

 相変わらず見目の良い彼は、窓から入り込む風に髪を揺らしながら爽やかに微笑んでいる。


「突然どうしたの、私をふったことを後悔でもしてるのかしら」

「あぁ、今から口説いて側室に迎えようと思ってな」

「そう、田舎娘には飽きたってことね」

「いやまさか、ちょっと違うものを味わってみたくなっただけだ」

「あら面白いことを。田舎娘にこの私だなんて、ダイス家の長男のくせに悪食にも程があるわ」


 そんなことをクツクツと笑いながら話す二人に、アディがグッタリと窓辺にもたれかかりながら「素直じゃない」と心の中で呟いた。

 声に出さなかったのは、勿論この状況で言えば馬車から落とされかねないからもであるし、なにより、言ったところでこの二人が素直になるとは到底思えないからである。



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