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そうして再び始まった議会は最初こそ誰もが様子を窺うようなスローペースであったものの、しばらくすれば元の混沌さを取り戻していた。
そもそも、メアリ達が加わったからと言って何が解決されるわけでもないのだ。多少アリシアやパトリックが落ち着きを取り戻したとはいえ、それが決定打に繋がるわけでもない。
だからこそなぜ自分がここに連れてこられたのか分からず、メアリは疑問の視線を終始己の母親に向けていた。夫の隣に腰を下ろし、堂々と議会の混乱を眺める彼女の姿からは何も感じられないが、それでもなにかあるからこそここまで来たのだろう。
アルバート家の婦人なのだから、この議会がどれほど神聖で、話の腰を折ることがどれほど罪深いかを知らないわけがない。
もしかして、お母様は本当に……。
そうメアリが不安を抱き始めたのは、議会の内容が印璽の真偽に差し掛かった頃である。
そもそもなぜアリシアが王族の印璽を持っていたのか、その印璽は本当に王族のものなのか。そういった話し合いの末に、果てにはアリシアが印璽を盗み、王家に成りすまそうとしている……なんて話まで出てくるのだから驚いてしまう。
元より突拍子のない話なのだが、この議会もそれに劣らず支離滅裂な意見があがる。
といっても、メアリはその話を聞きながらも何も言えずにいた。流石に「ゲームでは本物だった!」等とのたまう気はない。
だからこそどうすることも出来ずにいると、キャレルが「よろしいかしら」と室内にその美しい声を響かせた。
自然と誰もが彼女に視線を向け、メアリとアディも同様に視線を送る。
凛とした彼女の姿は美しく、この議会室においても臆する様子はない。気高さすら感じられるその姿に、それでもメアリは嫌な予感を感じていた。
思い出すのはあの一枚絵。
幼いアリシアが攫われたあの日を写し取った、セピア調の光景。
もしや本当にアリシアをさらった占い師は血縁者なのでは……。
母はそれを打ち明けようとしているのでは……。
考えれば考えるほどメアリの中で不安が募る。
母が何を考えているのか分からないが、王女誘拐の犯人がアルバート家の者となれば、しかもそれを今日この瞬間まで隠していたとなれば、アルバート家の末路は没落どころではない。反逆罪で一族もろとも牢屋行きだ。
「なぜ王家の印璽を彼女が持っていたのか、それが本物なのかどうか。私がご説明いたします。なぜなら……」
「ま、待ってお母様、落ち着いて……」
「あの日、幼き王女様に印璽を持たせたのは、他の誰でもなく私だからです!」
……。
…………。
「……え?」
キャレルの発言に一瞬にして室内がざわつく。夫ですらこの事実を聞かされていなかったのか、彼らしくなく目を丸くし隣に座る妻を見ていた。
だがこの反応も仕方ないだろう。なにせあまりに衝撃的すぎるのだ。
王女誘拐事件、そして同時に無くなった王家の印璽。全ての真相を握っていたのがよりにもよって王家に次ぐ権威を持つ貴族の婦人であったのだ、これを驚くなと言う方が無理な話である。
「私は兼ねてからあの占い師を怪しんでいました。同じ年の娘を持つ母だからこそ、あの方の王女様へ向けられる視線に憎悪を感じ取れたのでしょう」
「お母様……」
「そのことに気付いて以降、私は王女様に何かあったらと思い、常にあの占い師を見張っていました。そしてあの日……」
キャレル曰く、長く見張っていた占い師がついに行動を起こしたという。
そこで彼女は幼い王女を守ろうとするも、占い師の策に嵌り、結果として赤ん坊を奪われてしまう。言わずもがな、あの一枚絵である。
その際、せめて何か自身を証明できるものをと考え隠し持たせたのが印璽だ。
「王族の印璽を持たせることの危険性は十分承知しておりました。それでも、せめていつの日か親子が再会できたらと思い……」
そう告げ、キャレルが顔を伏せる。
同じ年の娘が居るからこそ王女を失う王妃の気持ちが痛い程に分かり、本来であれば躊躇うはずの大胆な行動に出られたのだろう。
まさに英断、母性の成せる業である。
だがいくらキャレルがアルバート家夫人と言えど、彼女の一人の証言で全てが決まるわけではない。
その話を聞き数人が真偽を疑う様にざわつきだし、再び議会が混沌の中に戻ろうとした。
まさにその瞬間……。
「彼女の話は本当です」
と、勢いよく扉が開かれた。
そうして姿を現したその人物に、誰もが呆然とし、そして慌てて頭を下げた。
金色の柔らかな髪をたなびかせ、瞳は臆することなく議会室を見回す。柔らかな物腰の中に暖かさと気高さを併せ持つ、美しくそれでいて愛らしい女性。
王妃、その隣に立つ王もまた凛とした佇まいで、静かに、それでいて威厳を感じさせる声で「遅れて申し訳ない」と謝罪の言葉を口にした。
言わずもがな、この国の頂点に君臨する人物である。
誰より気高く、そして尊い存在。
これにはメアリも驚くほかなく、王妃とアリシアを見比べて目を丸くした。
似ている。そっくりだ。これ普通気付くだろレベルで瓜二つではないか。王妃の縮小版と言っても信じかねない。
むしろ王の遺伝子はどこいった?もう少し彼の遺伝子に活躍の場を与えても良かったんじゃ……
「……お嬢、お嬢!」
「……ア、アディ?」
「どうしたんですか、ボーっとなさって」
正気に戻すためか、目の前ではたはたと揺れるアディの手にメアリが数度瞬きを繰り返す。
どうやらあまりの展開に思考が一時停止していたらしく、気付けばいつのまにか両陛下も着座していた。
「……現実逃避していたわ」
「ズルいですよ、逃避するなら俺も連れてってください」
「えぇそうね。次はちゃんと声をかけるわ。現実逃避にだってついてきてちょうだいね」
と、そんな冗談めいたことを言い合いなんとか冷静さを取り戻す。
今はアリシアと王妃が瓜二つなことを問題視している場合ではない。むしろ瓜二つだからこそ、アリシアが王女であることの信憑性を高めているのだ。
それによく見れば陛下にだって似ている。目元とか、こう……ちょっとした仕草とか……遠目で見れば……いや、これはけしてお世辞とか社交辞令とかではなく。
「お嬢、また現実逃避してます?」
「え、えぇ……大丈夫よ……」
アディに声をかけられ、再びメアリが我に返る。
そうして慌てて眼前の問題に向き直れば、両陛下とアリシアが互いを見つめ合い、恐る恐ると言った様子で一歩ずつ近付いていた。
息を飲むような彼等の表情はまさに親子のそれで、アリシアと王妃の髪がほぼ同時にふわりと揺れた瞬間……
「お母様!お父様!」
「あぁ、私達の可愛い娘!」
と、強く抱きしめあった。