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10-4

 

 メアリの母でありアルバート家夫人であるキャレルの急かしようと言ったらなく、メアリもアディも説明を求める暇もなくあれよと言う間に着替えさせられ、気付けば馬車の前まで連れてこられていた。

 この強引さ、流石はアルバート家夫人。かつて山のように居たという恋敵が互いに牽制しあっているのを横目にさっさとアルバート家次期当主に迫り、瞬く間に骨抜きにして一人勝ちしたというあの噂は事実だったのだろう。当時の話を聞けば、誰もが口を揃えて「あれは見事」と言うほどだ。

 アルバート家に嫁入りしてからこそ大人しく良き妻・良き母として振舞ってはいるが、この強引な手腕を見るにまだまだ現役でいける。そんな母親と目の前の馬車に交互に視線をやり、メアリが伺うように母の顔を覗き込んだ。


「……あの、お母様、私自分の馬車で参りますわ」

「あら何を言ってるのメアリ、急いでいるのよ、早く乗って」


 ほら、と急かすように背中を押され、メアリが観念したと言いたげに馬車に乗りこんだ。

 そうして渋々と腰を下ろしたのは、進行方向に背を向ける席。つまり下座である。


「あらメアリ、どうしてそっちに座るの?」

「お母様、急いでるんでしょ。とりあえず出発しましょう」


 早く、と今度はメアリが母を急かす。

 となればキャレルも馬車に乗らざるをえなく、不思議そうな表情をしつつそれでも本来メアリが座るべき場所に腰を下ろした。娘と向かいあうことに違和感を感じ、思わず彼女が首を傾げれば緩やかなウェーブがふわりと揺れる。

 最後に馬車に乗り込んだのは勿論アディである。彼は従者らしく「失礼します」と一度頭を下げると、申し訳なさそうな表情で馬車に乗り込み、キャレルの隣に腰を下ろした。

 今度こそキャレルが意味が分からないと言いたげに目を丸くする。


 メアリもアディも、上座や下座が分からないわけがない。

 だがどういうわけか二人の座る場所は逆で、メアリはそれをさも当然と言いたげな様子で窓の外を眺め気持ちよさそうに風を受け、対してアディは申し訳なさそうな表情でこれまた窓の外を眺めているのだ。アディの表情が引きつり顔色が青ざめていることもキャレルには不思議でしかない。

 これはどういうことかしら……と走り出す馬車に揺られながら二人に視線をやれば、それに気付いたメアリが「気になさらないで、お母様」と声をかけた。


「アディは馬車酔いが酷いの。逆向きに乗ると気絶するほどなのよ」

「あら、そうだったの?」

「申し訳ありません奥方様! 無礼なのは百も承知ですが、どうしても……どうしても逆側(そっち)だけは…………!」


 想像するのも辛いのか、アディが顔色を悪くしながら頭を下げ謝罪の言葉を口にし……それでもぐったりと窓にもたれかかった。どうやら馬車酔いは相当らしい。

 ここはアディを叱咤し娘を下座に座らせた無礼を詫びさせるのが母の役目とは思いつつ、キャレルがメアリを見れば、彼女は気に掛ける様子なくノンビリと逆向きに流れる景色を眺めていた。


「……メアリがそれでいいのなら構わないわ。それで、貴女は大丈夫なの?」

「えぇ、大丈夫よ。なんだったら、辞書を読んでも平気なくらい」

「お嬢の三半規管は合金ドリルで守られてますから……」

「でもそっちの方が景色が良さそうね。アディ、代わってちょうだい」

「申し訳ございません、黙ってますんでそれだけは勘弁してください。なんだったら馬に、いっそ屋根でも構いませんので……」

「屋根に人が張り付いた馬車なんてこっちが嫌よ。ほら、喋ってると余計に酔いやすいんでしょ、外でも眺めてなさいよ」

「はい……」


 まったく、と言いたげなメアリに、キャレルが目を丸くして彼女とアディに交互に視線をやった。そうして、事態を理解するとその赤い瞳をやんわりと細めて微笑む。

 娘たちが出かける際、決まって予定の時間より数時間早く出発し、それでいて到着時間に大差がないことに疑問を抱いていたのだ。どこに寄っていたのかと聞けば、決まってメアリは「景色を楽しんでたの」と彼女らしくないことを言って寄越す。

 そもそも、物欲が斜めに向いたメアリが他の令嬢と同様に自分の馬車を欲しがったことにも違和感を感じていた。「馬車なんて一台あれば十分でしょ」と、自慢しあう同年代を横目にそう話していたくせに、なにかあると必ず自分の馬車に乗っていたのだ。

 それになにより、彼女が令嬢らしからぬ要因であるあれは……。なるほどこういうことだったのね、とキャレルが小さく笑うが、当の二人は気付かずにいた。




 そうして辿り着いた王宮は、それはそれはもう大騒ぎで、まさに上を下への状態だった。その酷さと言えば、アルバート家の者が訪れても誰も出迎えに来ない程である。

 見れば普段は滅多なことではないと王宮に顔を出さない者や、果てには学者達までいるではないか。錚々たる顔ぶれではあるが、逆に言えばそれほどまでに大事態なのだ。


「……凄いですね」

「そりゃ、行方不明の王女が発見されたんですもの、こうなるのも仕方ないわ」


 今までにない程の混乱ぶりに、思わずメアリもアディも立ち尽くしてしまう。そんな二人の前を慌しげにメイドが一人走りぬけていった。

 アルバート家夫人を前に軽く会釈で済ますなど、普段の王宮を考えれば有り得ないことである。

 そんな中でもキャレルは逞しく、周囲を見回すと手近に居たメイドを捕まえ何やら聞きだし、次いでメアリの手を引くと歩き出した。


「お母様、いったいどうなさったの? 用があるにしても、なぜ私まで……」

「まったく天邪鬼な娘ね、お友達が困ってるなら助けてあげなさい」

「友達ぃ!? 誰が!!」

「そりゃアリシアちゃんのことに決まってるじゃないですか。お嬢、他に友達いませんし」

「アディ、あんた帰りの馬車で覚えてなさい!」

「ひっ!すみませんでした!」


 八つ当たりのようにメアリがアディに吼えれば、流石に馬車関係は負けが見えているからかアディが悲鳴をあげた。それに対してキャレルの「こら、いじめないの!」という母親らしく、それでいて貴族らしからぬ発言のなんと場違いなことか。

 そんなおおよそアルバート家の者とは思えない賑やかさと速度で、慌ただしい王宮内をこれまた慌しく突き進んでいく。

 もっとも、今の混乱ぶりでは誰もそれを気に掛ける余裕すらなく、それどころか誰もメアリ達に気付いてすらいないようだ。好き勝手に話す者、苛立たしげに舌打ちする者、なかには両陛下はいつ戻るのかとメイド達に怒鳴りつけている者さえいた。


 だがこの混乱状況も仕方あるまい。

 なにせ第一子の不幸を嘆き、それ以降両陛下は子供を作っていない。決して互いの愛を失ったわけではないが、可愛い娘を失ったショックからいくら家臣が跡継ぎを望もうとその気になれずにいたのだ。

 見兼ねた周囲は二人の(・・・)子供を諦め、王族はあわよくば血縁者である自分達がと暗躍し、王に側室をあてがおうとする者もいた。中にはこの際だからと王政を廃止すべきだと声を上げる者も出てくる始末。

 平穏を装いつつ、内部は各々の欲望が渦巻いていた。そんな状況の中、アリシアが現れたのだ。

 正当な王族の血を引く娘。とりわけ彼女はダイス家の嫡男と寄り添っているのだから、これを奇跡だ良縁だと捉える者さえいた。

 もちろん誰もが両手離しで喜んでいるわけでもなく、当然だが反対意見もあがる。とりわけ、次期王の椅子を狙い暗躍していた者達にとっては寝耳に水だろう。

 おまけに両陛下は外交の為に未だ戻らず、混乱は増せど決定打を下せる者もいない。


 混乱は終止符の打ちようもないまま、時間が経てば経つほどに落としどころを失っていき。

 誰もが胸の内に様々な物を潜め、混乱に乗じて腹の探り合いをする。


 そんな混沌状態にある王宮内で、とりわけ濃度が高いであろう場所。

 王族や宰相、それに国内で権威のある者、なにより渦中の人物であるアリシアがいる一室。

 議会室、と呼ばれるその部屋は重苦しい扉と両側に構えた警備員が一切の立ち入りを禁止すると言わんばかりに構え、中の様子は何一つ分からないというのに威圧感すら放っている。

 その扉を前に、メアリとアディは揃って顔を青ざめていた。


「お、お母様……もしかして……」

「奥方様……どうかお気をたしかに」


 と、「まさかそんな」という思いを抱きつつ、それでも扉を前に堂々と仁王立ちを披露するキャレルの姿に額に汗が伝う。

 しかし、いかにアルバート家夫人と言えど、いやアルバート家の夫人だからこそ、この部屋から漂う重々しい空気に気付いているはずである。

 現に数人の貴族たちが先程からこちらをチラチラと様子見しているが、決して近付いてはこないのだ。話し合いが気になるが、中に入れば威圧感に押しつぶされかねない、そう思っているのだろう。


 中に誰がいるか、どれほど重い空気が支配しているか。それを考えればメアリの胃がきしみ、目の前の扉に触れることさえ躊躇われる。


「お母様、ここに立っていても議会はまだ終わらないわ。どこかでお茶でもいただきましょう」

「そ、そうですよ奥方様。立ちっぱなしでは疲れてしまいますから、どこか部屋を借りて休まれてはいかがでしょうか」


 ね、ね、と必死に訴えるメアリとアディに対し、相変わらず仁王立ちのキャレルは応えるどころか眉一つ動かすことなくジッと扉を睨みつけ……


 ゴン、ゴン、


 と豪快に扉をノックした。

 それも、己の拳で。


「お母様が!」

「奥方様が!」



「「御乱心!」」



 と、メアリとアディの間抜けな声が赤い絨毯の引かれた廊下に響き渡った。



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