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10―3


 

 そもそも、なぜ一国の王女であるアリシアが田舎暮らしをしていたかと言えば、全ては十数年前、メアリやアリシアが生まれる少し前に遡る。

 当時貴族の間では占いが流行っており、高名な占い師を茶会に招いてはキャッキャとはしゃぐのが貴族界の女性たちの楽しみになっていた。

 といっても、恋愛運の良い色を聞いてはその色でドレスを作らせ、相性のいい動物を聞いては屋敷に剥製を飾らせる……と、金こそ注ぎ込むがだいたいがその程度であり、中にはデザイナーと裏で組んで流行を左右させるような占い師――と名乗るにも烏滸がましい者――すら居た。

 はっきり言ってしまえば子供の御遊びである。勿論それは当人達も分かっており、要は茶会の話題と、あと贅沢をするための口実さえ作れれば信憑性など二の次なのだ。

 だが中には酷く心酔する者もいて、お抱えの占い師を屋敷に住まわせ、高貴身分でありながら一介の占い師を「先生、先生」と呼んで追いまわす者もいた。果てには自家の内情を隠すことなく全て伝え、占いの結果を元に跡継ぎを決める者すら居たのだ。


 若かりし頃の王妃――言わずもがな、アリシアの実母である――もまた占いに嵌まりはしていたが、彼女は占い師と節度ある距離を保っていた。

 茶会に招いて占いを聞き、それが当たると褒美を取らせる。占う案件も恋愛や健康、次回の茶会の天気等といった軽いもので、王室内の情報は一切もらさずにいた。

 若くして王妃の席に着いたが、彼女は(・・・)良識を持っていたのだ。


 だが彼女のお抱え占い師は違った。

 自分は王室のお抱え占い師だと、王家が安泰なのは自分が占ってやっているからだと、そう傲慢な考えを抱き、それを恥ずかしげもなく吹聴してまわっていた。

 そうすれば更に自分の名が売れ、貴族達がこぞって「先生、私も占ってください」と多額の金を持って占われにやってくる。一介の占い師相手に貴族がわざわざ出向いて頭を下げるのだ、これ以上面白いことはない。


 そんな矢先、占い師は王妃に対しこう告げた。

「今宵から三日三晩、王の寵愛を受けなさい。そうすれば御身に立派な男児が宿るでしょう」と。

 もっとも、年頃の、それも健康体の男女が三日三晩も身体を重ねれば子供が出来るのはある意味で自然なことである。誰だって占われなくても分かることだ。

 だが王妃はそれを聞いて喜んだ。それどころか、まだ当たってすらいないのに占い師に褒美を取らせるほどに浮かれていた。

 ――これがまた占い師を助長させるのだが、本人もましてや周囲も気付かずにいた――

 なにせ王妃はまだ若く、そして政略結婚と言えど心の底から夫を愛していたのだ。外交続きで顔を合わす時間のなかった夫を三日三晩一人占めできる、またとない機会。そこで子供が授かればこれ以上幸せなことはない。

 家臣達もそんな彼女の気持ちと、二人が本当は常に寄り添っていたいということ、なにより文句ひとつ言わず国の為に外交を続ける王を想い、三日三晩ならと二人を只の夫婦に戻すことにした。そこで跡継ぎが生まれればこんな望ましいことは無い。


 そうして二人は三日三晩、『王の療養』という名目で離れにある別荘に移り……そして占い通り懐妊した。


 ……が、生まれたのは女児――今のアリシア――である。


 だからといって誰も落胆することもなく、王も王妃も可愛らしい娘の誕生を喜び、男児を望んでいた家臣達もひとまず王妃が子供を産める身体であることが証明されたと、母親似の王女の誕生を祝っていた。

 国中が王女の誕生を喜び、国内問わず国外からも祝いの品が贈られるほどである。

 ただ一人、件の占い師を除いて……。

 といっても誰も占い師を責めなかったし、占いが外れたからといって咎めることもしなかった。男児と言う占いこそ外れたが、助言があったからこそ王女を授かることが出来たのだ。王も王妃も感謝すらしていた。


 だが当人だけはこの結末に納得できずにいた。

 王室お抱えの占い師である自分がどうして外すのか、なんらかの理由があるとしか思えない、何かが邪魔をしていたのだ……と。

 驕りを通りこした思考を抱き、占い師は『自分の占いが外れた原因』であるアリシアに対し恨みを抱き、ついには寝ている幼子を……。



(さら)ったと、そういうことですか」

「そういうこと。攫われた王女は遠い田舎の孤児院に預けられ、いまだ行方知らず……これが王女誘拐の真相よ」


 メアリの説明に、アディがなるほどと頷いた。


 現在地はアルバート家の調理場。その中でもメイドや従者たちがまかないを作ったり食べたりする、謂わば従業員用食堂である。

 そこに雇い主の娘であるメアリがいるのはおかしな話なのだが、賑やかさと常に人が出入りする慌ただしさが心地よく、常日頃メアリはここに入り浸ることが多かった。

 なにより、この場の目まぐるしい慌ただしさとそれからくる無関心さは聞かれたくない話をするには都合が良いのだ。

 ……ただ、たまに慌ただしいあまり「メアリ様、これの皮剥いておいてください!」と野菜を押し付けられたりもするのだが。


「でも、それならなんでアリシアちゃんが印璽を持っていたんですか?」

「占い師の行動を怪しんでいた人がいて、攫われる時に咄嗟にアリシアのベビー服に印璽を突っ込んだらしいわ。お手柄よね、ゲームではちゃんと一枚絵(スチル)も用意されてたのよ……でも……」

「お嬢、どうしました?」


 言いよどむメアリに、アディが不思議そうに彼女の顔を覗き込んだ。


ドラ学において描かれるアリシアの過去話は、雰囲気を出すためか終始セピア調で描かれていた。

今のアリシアと瓜二つ――使いまわしじゃないかと言われるほどに瓜二つ――の若かりし頃の王妃と、非攻略キャラなことが嘆かれるほど見目の良い王、そして怪しさを演出するためか塗りつぶされてシルエットだけの占い師。

そうして幾つかのやりとりの後、画面は事件の夜の一枚絵(スチル)に切り替わる。

セピア調のため髪色や瞳の色こそ分からないが、アリシアと思われる赤ん坊と、それを抱く一人の女性。女性の手には王家の印璽が握られ、次いでそれをアリシアのベビー服に隠し入れる。

次いで一枚絵(スチル)には新たな人物が現れる。セピア調なうえ後ろ姿で顔こそ分からないが、ドリルのように立派な縦ロールのその人物は女性から赤ん坊を奪うとすぐさま姿を消してしまう……。

という、数段階の絵の変化――所謂、差分――で画かれる、王女誘拐のあらまし。


それを聞いたアディが、ヒク……と頬をひきつらせた。


「……立派な縦ロール(・・・・・・・)ですか」

「えぇ、それはそれはもうドリル(・・・)のような縦ロール(・・・・)だったわ」

「……銀色の?」

「セピア調なのよ。そこまでは分からないわ」

「な、ならそれって……」

「でも遠縁まで調べても縦ロールの占い師なんてうちの親族には居なかったわ」


安心なさい、と告げるメアリに、アディがほっと胸を撫で下ろした。

『ドラ学』において縦ロールなどメアリを直に指しているようなものだ。と言っても当時のメアリは当然ながら赤ん坊で、王女誘拐など企てられるわけがない。

メアリの母親は娘と同じ銀の髪色をしているが緩やかなウェーブだし、遠縁を探してみても一枚絵(スチル)で描かれていた占い師ほど――そしてメアリ程――強固な縦ロールなど見当たらなかったのだ。

そもそも、セピア調の一枚絵(スチル)では髪色が分からなかったのだから、もしかしたら銀とは程遠い色合いだったのかもしれない。

それに作中において赤ん坊が攫われた直後に回想シーンは終わっており、占い師とメアリの関連性は何一つ語られていない。

あれはきっとメアリの悪役イメージを強めるために製作陣が故意に描いたか、もしくは製作陣に縦ロールの悪役フェチが居たかだ。それか、イラストレーターが縦ロールを描くのに嵌まってしまったか。


そうメアリは結論付けていた。

だからこそこうやって、アリシアの騒動で学園が休みになったのを良いことにのんびりとお茶を飲んでいるのだ。

流石に、王女誘拐事件の犯人が親族にいたとなれば落ち着いても居られなかっただろう。

メアリが望むのはあくまで『ゲーム通りの没落』なのだ。

本編の結末ではアルバート家は没落と言う名のもとに権威を返還しているが、ファンディスクで登場したメアリの両親はいまだ貴族を名乗り、アリシアに謝罪をすると共に王家への忠誠を誓っていた。

その際に画かれていた両親の姿は今ほどの裕福さは無いが、それでも仕立ての良い衣服を着ていたように思える。勿論、そこにメアリの姿は無かったが。

つまり『メアリ一人が北の大地に追いやられる』という処罰で済む程度が望みの没落であり、王女誘拐という大罪からくる没落はメアリの望むものではない。

そもそも、そんな崖っぷちどころか崖下に一瞬で蹴落とされるような没落が望みなら、チマチマとアリシアに嫌味を言うなどという地味な行動に出ず、潔く王族を一発殴れば済む話である。


だからこそ匙加減が難しいのよね……と、メアリが溜息をつくと、まるでタイミングを合わせたかのようにアディも溜息をついた。


「今頃、王宮は大変な騒ぎになってるんでしょうね。アリシアちゃん可哀想に……お嬢、助けに行かないんですか?」

「なんで私が行かなきゃいけないのよ。大変だろうがなんだろうが、私の知ったことじゃないわ」



ふん、と不満そうに他所を向いてメアリが紅茶を一口すする。

素っ気ないその態度にアディは溜息をつきつつ、それでも自分もと紅茶を手に取り、カップに口をつける直前にポツリと呟いた。


「アリシアちゃんから貰ったブレスレット、いつも持ち歩いてるくせに」


と。

その一言に対して紅茶を口に含んでいたメアリが「ぐっ!」とくぐもった声を上げたが、既のところで吹き出さずになんとか飲み込んだ。

流石はアルバート家の令嬢である。いくら自分の屋敷内、それも従業員用の食堂と言えど紅茶を吹き出すような無様な姿は令嬢のプライドにかけても晒せないのだ。……盛大に咳き込みはするが。


「な、なん、なんであんたがそれを知ってるのよ!」

「俺が何年お嬢にお仕えしてると思ってるんですか。ポケットに何か(・・)入れてる時の態度なんて一目で分かりますよ」

「そ、そうね……流石は私の従者だわ。それなら分かってると思うけど、誰にも言わないで頂戴ね」

「分かりました、明日からは(・・・・・)誰にも言いません!」

「既に手遅れ! 誰に言いふらしたのよ!」


喚くメアリに、アディがさも当然と言いたげにアリシアとパトリックの名を挙げた。

勿論、その二人こそまさにメアリが『ブレスレットを持ち歩いていることを知られたくない人物』なのは言うまでもなく、騒がしい食堂内にメアリの悲鳴が響く。

捨てるのは言わずもがな、かといって家に置きっぱなしにするのも落ち着かず、身に着けるのも癪……という葛藤の末に、常にポケットに入れて隠すように持ち歩いていたのだ。

当然だがそれをアリシアやパトリックに言えるわけがなく、話題には出さないよう見つからないようにと努めていたのだが、それが既に知られていたとなると……と、そう考えるとジワジワと恥ずかしさが勝り、メアリが熱を持ち始める自分の頬を軽く扇いで誤魔化しながらアディを睨みつけた。

相変わらず、主人のことを十分に理解したうえで、気持ち良いくらいにそれを裏切ってくれる従者である。恨みがましく「裏切り者」とメアリが罵ってやれば、アディが驚いたように目を丸くした。


「俺が裏切り者!? そんな!俺はお嬢の味方をベースにした」

「はいはい、私の味方をベースにしたあの子(アリシア)の応援し隊の隊長なんでしょ」

「アリシアちゃん応援し隊の大隊長です!」

「だからそれを裏切り者って……ひっ、なんか昇格してる!?」


この出世頭!とメアリが明後日な罵倒文句を投げつけると、アディが満足そうにクツクツと笑みを零した。

そうしてしばらくはそんな他愛もない――この裏切り行為を『他愛もない』の一言で片付けてしまうのも問題な気もするが――続けていると、バタン!と勢いよく食堂の扉が開かれた。

見ればそこには、銀色の緩やかなウェーブを輝かせた美しい女性が一人、その麗しさにそぐわぬ見事な仁王立ちで君臨し、ぐるりと食堂内を見回した。

そうして目当ての人物を見つけるや


「メアリ、王宮に行くわよ! 準備なさい!」


と声を上げる。

この騒がしい調理場において、よく通るその声は……。


「お母様!?」

「奥方様!?」



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