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10―2

「ごきげんよう、随分と無様に困っているようね。落ち着きがなくてみっともないわ。身分も態度も、カレリア学園の面汚しね」

「あ、メアリ様!」


 聞き慣れた声にアリシアが振り返る。

 パッと明るくなる嬉しそうなその表情はまるで「友達が助けに来てくれた!」とでも言いたげで、渾身の皮肉を込めて声をかけたはずのメアリが思わず「ふぐぅ」と小さく呻き声をあげた。相変わらず強度の高いメンタルで傷一つ付いた様子はなく、これには逆にメアリの心が折れかねない。やはりもう物理でいくしかないのか……。

 だが根からの事なかれ主義で「まぁいいか、物理的な攻撃は後で考えよう」と問題を放り投げアリシアに向き直った。

 ――この性格がゲーム通りにいかない現状を作り上げる要因の一つでもあるのだが、メアリ自身それに気付く様子はない。なにせ根っこが事なかれ主義、おまけに面倒くさがりで問題を後回しにする傾向である、自分の性格を改めるわけがない――


 そうして今回も効果の成さない嫌味を含めつつ「迷惑なのを考えずに窓口独占してどうなさったの?」と声をかければ、アリシアは一枚の封筒を手に眉尻を下げ、困惑を露わにメアリとアディに交互に視線をやった。


「手続きの書類を出そうと思ったんですが、封をしてくれってこれを渡されて……」


 そう言いながらアリシアが見せてきたのは、蝋燭と印璽(いんじ)

 見慣れた道具にメアリが「これが何か?」と首を傾げれば、アリシアは相変わらず不安そうにおろおろと周囲に視線をやり、果てには印璽を軽く振りだした。なんとも子供っぽくそれでいて間の抜けた姿ではあるが、目を丸くしたメアリにはそれを嘲笑う余裕もない。

 振ってどうするのか。

 振れば何か出るとでも思っているのか。

 いったい何がしたいのか……と、メアリとアディが揃えたように顔を見合わせると、なにかを閃いたのかアディがポンと手を叩いた。


「そうか、アリシアちゃん封蝋の習慣がないのか」

「ふうろう……? あぁ、そういうことなんですね!」


 ようやく気付いたのか、アリシアがパッと表情を明るくさせた。

 封蝋とはその字の通り、蝋を垂らして封をすることである。家紋の彫り込まれた印璽を押し付けることで蝋に家紋を刻み、差出人の証明と第三者の開封を防ぐことが出来る。

 もっとも現状はより確かな封の仕方や漏洩対策も考えられているのだが、見栄えの点から封蝋を使用する者は多い。とりわけ、家柄に拘る貴族の間では見栄えよく自己顕示欲を満たせる封蝋がいまだ主流とされていた。

 そんな貴族の世界で育ち手紙には封蝋が当然だと思い込んでいるメアリと、そもそも手紙など滅多に出さないアリシア。二人の間に認識のずれがあるのも仕方あるまい。


「そっか、これで封をするんですね。でも、どうやって?」

「なに、貴女そんなことも知らないの、無知って恥ずかしいわ。封蝋なんてジュッとやってギュッとやってグッ、よ」

「お嬢、オノマトペにも程があります」


 メアリの的を得ないアドバイスに、更にアリシアの頭上に疑問符が飛ぶ。

 それを見兼ねたアディが肩を竦めつつ、アリシアを手伝おうと彼女の持っている蝋燭と印璽に手を伸ばし……


「折角だから、ご自分の印璽で封蝋なさったら?」


 というメアリの言葉に手を止めた。


「……お嬢?」

「私の印璽?」


 アディとアリシアの不思議そうな視線を受け、メアリがニヤと笑みを零した。


「メアリ様、私印璽なんて持ってませんよ」

「あら、持ってるはずよ。家紋の彫り込まれた立派な印璽」

「私、元々孤児ですから家紋は……」


 自分の身の上を語るのは気が引けるのか、アリシアが言いよどみながらも説明する。だがメアリはそれでもはっきりと「持ってるでしょ」と念を押した。

 その表情には出生に対する侮蔑も嫌味もなく、それどころか確証を掴んでいるとさえ言いたげである。


 アリシアが印璽を持っていないことなど、誰が見ても明らかだろう。

 主に貴族やそれ相応の地位を持つものが家紋自慢がてら使う手法だし、何より道具を手渡されても不思議そうに眺め、あまつさえ軽く振っていたほどなのだ。

 誰が見ても、アリシアは印璽を持っていないと判断するはず。

 だがメアリは確信していた。

 いや、知っていたのだ。


『アリシアは印璽を持っている。

 彼女の家紋……本当の彼女の家紋が彫り込まれた印璽を持っている』と。



 ドラ学の後半、まさに物語が最終局面に入るためのイベントである。

 施設に預けられた時に唯一持っていたとされている印璽で封をしたアリシアが、そこに画かれている家紋から王族関係者、それどころか行方不明になっていた王女だと判明するのだ。

 もっとも、ゲーム上でそれを促すのはメアリではないのだが、この際多少の誤差は仕方あるまい。そもそもがゲームの通りには進んでいないのだ。

 ――もっとも、かといってゲームから外れたとも言い切れないのだが――


 要はアリシアが王族と判明すればいい。それがメアリのおかげなのだから、ゲームよりも皮肉が効いているではないか。

 そう確信と共に笑みを浮かべるメアリに、アリシアが不思議そうに首を傾げた。


 そうしてしばらく不思議そうにメアリと印璽に視線をやると「あ!」と何かに気付いたように声をあげ、慌てて鞄を漁った。

 そこから取り出したのは小さな袋。随分と古ぼけた布で出来たその袋を恥じることなく、それどころか「おばさまが作ってくれたんです」と嬉しそうに話し、中からそっと取り出したのは……印璽だ。


「アリシアちゃん、それって……」

「私が孤児院に預けられた時に持っていたものなんです。お守り代わりにいつも持っていたんですが、これ印璽だったんですね」


 嬉しそうにアリシアが笑い、手の中の印璽をそっと優しくなでる。

 対してアディが戸惑いの表情を見せるが、アリシアの正体が分かっているからこその反応だろう。彼女が王女だとすれば、あの印璽に彫り込まれているのは王家の紋様、そしてそれはアルバート家の没落を引き起こす引鉄になりかねない。

 現にそれを知らない、それどころか思いもしない事務局員はこちらを一瞥するだけで再び仕事に戻ってしまった。

「自分のでも学校のでも良いから、早く封をしてくれ」とでも言いたげなその表情は、当たり前と言えば当たり前である。


「たしか、ジュッとやってグッとして……ギュッ、ですよね」


 メアリに言われたことを復唱しながら、アリシアが恐る恐る封筒に蝋を垂らす。ポタン……とゆっくりと赤いしずくが垂れ落ち、封を固めるように赤い山を作った。

 そこに狙いをつけるように、そっと印璽を押し付ける。軽く押せば滑るように印璽が沈み、引き抜くと蝋にはくっきりと紋様が刻まれていた。


 月と太陽。

 この国の者なら見間違うことのない、王族だけに許された紋様。


「……あれ、これって……?」


 封蝋を眺め、アリシアが首を傾げる。

 が、彼女が真相に気付くより先に事務局員が窓口から顔を出した。


「終わりましたかー?」

「あ、はい! お待たせしました!」


 先程の疑問は事務局員の空気を読まない脳天気な声で吹き飛んでしまったのか、アリシアが封筒から顔を上げ、まるで子供が自分の描いた絵を見せびらかすかのように封筒を差し出した。

 月と太陽の封蝋がされた封筒。この国の者ならば、それもカレリア学園の局員ならば見間違うことも許されない、王家の紋様。

 それを見た時の局員の顔、そして彼女が慌てて封筒を高らかに掲げたときの事務局中のざわつきと言ったらなく、一人冷静にその光景を眺めていたメアリは只ポツリと


「相変わらずの茶番だわね」


 と呟いて鼻で笑った。

 


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