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10―1

 

 カレリア学園は幼稚部から大学院まで設立されている、国内一の教育機関である。

 学校に通いつつ稼業を手伝ったり若くして外に働きに出なければならない庶民用の教育機関と違い、徹底した勉学の場を提供し、進学に関してそれなりに試験等も行われている。もっとも、貴族の通う学園だけあっていかに点数が低かろうが寄付金で何とかなるのも事実なのだが。

 そんな資金に媚びた運営スタイルの結果、現在のカレリア学園は馬鹿な貴族のボンボンから、頭脳明晰文武両道な名家跡継ぎまで揃うというまさにごった煮の状況であった。

 ――学力よりも家柄をとり、試験の点数より寄付金で争う。なによりここは彼等を通して親が繋がりを作る社交場のミニチュア版なのだ――


 だが流石に大学部となれば話は別。

 跡継ぎでもなければさして頭の容量も優れていない者は高等部卒業と共に親元に戻され、中には在学中に見つけた良家に嫁いでいく者さえいる。とりわけ女子生徒の人数は半分近くに減り、男子生徒も一部はふるいにかけられるのが大学部進学だ。

 ――もっとも、そのふるいも試験の結果と寄付金であり、それも比重が大分偏ったものなのだが――

 だが減る一方というわけでもなく、弱小貴族や商家の子供達が入学してくるので、トータル的な人数は高等部とさして変わりはない。

 エスカレーターにこそ乗せてやれないが「学歴の最後くらいは箔を付けてやりたい」と考える弱小貴族や、娘の良縁探しに押し込む家、なかには嫁いだ先から返品された娘を持て余し、数年だけでもと学園に押し付けるパターンもあるのだ。

 勿論、頭脳面ではあまり期待できない跡継ぎを財力で無理矢理進学……というのも少なくない。

 まさにカオスである。身分の差がより開くことから、高等部よりもその混沌さは高いかもしれない。


 そんな大学部の中で、財力に左右されず優れた者だけを集めたクラスがある。

『特進クラス』と呼ばれるそこは、名家の跡取りとして自覚と才能を持つ者、その座を狙う者、学者を希望する者など、向上心に溢れ頭脳も優れている謂わばエリート集団である。

 大学部で教わる授業はもちろん近隣諸国の歴史や作法、帝王学、果てには国外への外交も視野に入れた多種多様な言語等、他クラスとは比べるまでもなく難易度が高く、卒業までに三割が脱落すると言われている。その反面、特進クラスを卒業するというのは貴族の中でも一種のステータス、それも金では買えない特別なステータスとされていた。


「うぅ……私、特進クラス落ちちゃいました……」


 とは、合否結果を手に弱々しく項垂れるアリシア。

 対して自己採点で既に合格を確信していたメアリとパトリックは喜ぶでもなく誇るでもなく、暢気に紅茶をすすっていた。


「当然よ、田舎娘が高等部で三年学んだからって、エリート揃いの特進クラスに行けるわけがないでしょ。あそこは未来の学者か、もしくは跡継ぎ狙いが兄弟を蹴落とすために進むようなところよ」

「はい……でも皆さん合格したんですよね。凄いです」

「俺はダイス家の跡取りだし当然だ。というかアディ、お前も合格したのか」

「えぇ、だって俺はお嬢の従者として進学させてもらうんですから、クラスが離れたら元も子もないですし」

「……確かにそうだな」


 なるほど、と口にしつつ歯切れの悪い返事をしたパトリックが、次いでメアリに視線を向けた。

 彼女も当然ながら特進クラスである。それもクラス選抜として行われた入学試験ではパトリックと同点数、学年一位どころか歴代最高の点数を叩きだしている。

 高等部では学年二位から十位をまるで遊ぶかのようにフラフラと行き来していた彼女が……と、そこまで考え、パトリックがメアリの名前を呼んだ。


「メアリ、君も特進クラスだよな」

「えぇそうよ。財力自慢より、学力自慢の方が聞いていてまだ精神的にマシだと思ったの」

「……それだけか? もしかしてアルバート家の跡継ぎを狙ってるんじゃないか?」


 現状、跡継ぎは当主嫡男が基本(・・)である。

 だが全ての家の長男が優れているわけではなく、中には次男や三男の方が優れている家や、果てには娘の方が当主としての才能を備えている場合もある。将来的な家の繁栄を考えれば数年の年齢差などたいしたことではなく、次男以降が長兄を押しのけて跡継ぎに……ということも少なくない。もちろん長兄も黙って押しのけられるわけにはいかず、味方を集めたり他所に援護を求めたりと抵抗する。内部事情だからこそ世間には知られていないが、どこの家も跡継ぎ問題は深刻でドロドロしているのだ。

 むしろ、優れた長男を持ち、また次男や三男がそれを認め協力体制にあるダイス家の平穏の方が珍しいくらいだ。


 ちなみにアルバート家には、メアリより七つ年上の双子の男児がいる。

 二人共アルバート家跡取りとして申し分ないほど優れた人物ではあるが、それよりもメアリの方が……というのがパトリックが常に思っていたことである。

 メアリは女だが、それを考慮しても彼女の才能は兄達を押しのけるほどだ。たまに奇行に走るのが難点だが、それは彼等も同じようなものだ。


 だが当人はパトリックの話を聞き、冗談じゃないと首を横に振った。


「何言ってるの、うちにはお兄様達がいるじゃない。私なんかが継ぐわけないでしょ」

「いや、でも特進クラスには次男以降で跡継ぎを狙う者もいるし。俺はてっきりアディと二人で跡継ぎ争いでも起こすのかと思ってたんだが」

「まさか! 俺は旦那様達のお手伝いが出来ればと思って勉強してるんです。アルバート家をどうこうしようなんて微塵も思ってません!」


 考えすらしていない、と全否定する二人にパトリックが溜息をついた。それはもちろん特進クラスがいかに難関で、家を背負う者や兄弟を蹴落としその身分に成り変わろうとする者が野心を抱いて挑むクラスだと知っているからだ。

 だというのに、片や「勉強自慢の方がまだマシ」と言う理由で、片や「アルバート家の手伝いをしたい」という理由で乗り込んでくる。これを勿体ないと言わずになんと言うのか。


「メアリ、君はやれば出来るんだ。君がやろうと思えばアルバート家の跡取りにだってなれるだろう」

「『やれば出来る』なんて言われる程のやつは、言ったところでやらないのが常よ」

「…………そうだな、君はそういう奴だ。卒業テストでケアレスミス(・・・・・・)の結果学年二位になって答辞を逃れたメアリ・アルバート嬢」

「そういうことよ。卒業テストで満点を取って答辞を読むパトリック・ダイス様。貴方が私の思っていた通り優れた方でよかったわ」


 ふふ、と上品に笑うメアリに、パトリックも見目の良い微笑みで返す。

 会話内容さえ聞こえなければ、なんともお似合いでまるで絵画のような美男美女の談笑である。……あくまで、会話さえ聞こえなければ。

 唯一その会話が聞こえる距離に居るアディとアリシアは、相変わらずだと言いたげに進学用の書類を読んでいた。

 大学が諸手をあげて、それどころか「手続きは全てこちらがやります!」と入学を歓迎するメアリとパトリックとは違いアディもアリシアも庶民出身、面倒な手続きを一つずつこなさなければならないのだ。

 そんな一見優雅な昼休憩を過ごしていると、アリシアがクスと小さく笑った。


「大学でもこうやって皆さんと過ごせるんですね」

「……アリシアちゃん」


 嬉しそうに話すアリシアに、アディが何か言いたげに彼女の名を呼ぶ。だが寸でのところでコホンと響いたメアリの咳払いを聞き、出かけた言葉を飲み込んだ。

 アリシアもパトリックもそのやりとりに気付いていない。

 そうしてメアリが立ち上がり「用があるの、失礼するわ」とその場を後にすれば、アディは嬉しそうなアリシアを横目に主人を追うしかなかった。



「本当に没落するんでしょうか……」


 とアディが隣を歩くメアリに話しかけたのは、長閑な昼休憩から数時間後。

 授業も終わり、さしてやることもないから早く帰ろうと中庭――という名の自転車置き場――に向かっている最中。

 従者の問いにメアリは足を止めることなくチラと一瞥すると

「そうなってもらわなきゃ」

 とだけ答えた。


 順調かと聞かれれば返答に困るが、メアリの目的は最初から何一つ変わっていない。卒業式に王女として姿を現すアリシアによりアルバート家に適度な没落を引き起こすのだ。

 もっとも現状を見ればアリシアはメアリに好意を抱いているのは明白で、流石のメアリも薄々それを感じ取っていた。

 先日など、可愛らしいバスケットに手作りのコロッケを大量に詰め込んだアリシアが「メアリ様ー、遊びましょー!」と脳天気な挨拶でアルバート家に襲撃…もとい遊びにきたほどである。

 流石にこれは感付くなという方が無理な話。アルバート家の令嬢として生きるあまり平凡な友情に疎いメアリですら、薄々察するというもの。


 これは明らかにゲームの流れとは違う。

 ゲームの記憶通りであれば現段階ではアリシアはメアリに恐れすら抱き、メアリもまたアリシアに屈辱的な憎しみを抱いているはずである。元より対極的な二人の立場は、この段階では既に修復不可能なまでに溝を作っていたはずだ。

 紅茶を飲みつつ楽しく進学の話を…等とあり得るわけがない。


 かと言って、ゲームのストーリーから逸れたのかと聞かれれば、それもまた違う。

 メアリとアリシアの関係こそ『ドラ学』とは真逆に進んではいるが、その反面ストーリーはしっかりと『ドラ学』の筋を追っているのだ。

 夜会ではパトリックがメアリをエスコートし、その後は彼との婚約話が上がった。それが解消されるやメアリは生徒会役員達に糾弾され、おまけに先日のデートイベントでは、さしてアリシアと親しくもないのに生徒会役員達が市街地に現れたのだ。

 細部を省き箇条書きにして挙げれば、まさに『ドラ学』におけるパトリックルートである。それどころか、アリシアやパトリックの言葉は時折ゲームの台詞通りで、メアリはデジャヴのような薄気味悪ささえ感じていた。


 この世界はそっくりそのまま『ドラ学』というわけではない。

 それでも『ドラ学』のストーリー通りに日々が進んでいる。


「それじゃ、アルバート家は……」

「ゲームのストーリー通りに進むか否か、ここまできたら最後の審判を待つだけよ。……でも、まだ仕事があるみたいね」

「仕事、ですか?」

「えぇ、最後の大仕掛けを動かすための大事な仕事よ」


 そう告げるメアリの視線の先には、事務局の窓口で頭上に疑問符を浮かべるアリシアの姿があった。



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