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『ドラ学』は人気が高く、それゆえ公式グッズも数多く販売されていた。
ゲーム内の画像を使用したクリアファイルやカードホルダーに、描き下ろしイラストのポスターやカレンダー。イラストこそ使用していないが各キャラクターの色やモチーフを扱ったストラップにピアス……と、まさにゲーム公式グッズといったものから一見では分かりにくいデザイン重視のものまで、幅広く作られていた。
その中でもこのブレスレットはデザインが一般受けしやすく、人気が高かったのを覚えている。
なにより、攻略キャラクター達と主人公を意味する各色の飾り玉から自分の好きな配色を選び購入すると言った自由性が新鮮で、大量購入と人気に拍車をかけていたのだ。
たった一人、特定のキャラクターの色だけを選んだり。
主人公を示す金色と好きなキャラクターの色を交互に組み合わせたり、中には全色選んで金色を囲む、いわゆる逆ハーレムを示すブレスレットを作るものさえいた。
他にも、乙女ゲームでありながら別の視点で楽しんでいた者は攻略キャラクター達の色を組み合わせたり、公式に貢ぐことを惜しまぬ者は全色一本ずつブレスレットを購入し、重々しく手首に着けて誇らしげにしていた。
デザイン重視であったため日常的に身につけることもでき、何より組み合わせを選べるというという点で、このグッズは非常に人気が高かった。
メアリの前世も確か購入していたはずだ。といっても何色の組み合わせだったかは覚えていないし、今更それを頑張って思い出したところで意味も興味もないのだが。
「でもこのグッズ、メアリの色は無かったはずなのに……」
先ほどアリシアから手首に通されたブレスレットを掌にのせ、メアリが訝しげに首を傾げた。
このグッズは公式グッズの中でも一番の当たり商品で、『ドラ学』本編に続くようにファンディスクや続編のキャラクター達を示す色合いの飾り玉が販売された。果てにはイベント限定デザインやコラボまでもがでる始末で、最終的に全て揃えた者がいるのか定かではないほどだ。
だがメアリを示す色、銀色だけは最後まで発売されることはなかった。当然と言えば当然だろう、ゲーム内のキャラクターはおろかプレイヤーにすらも嫌われていた――嫌われようと描かれていた――メアリのグッズなど購入する者がいるわけがない。
それどころか、後に公式側がファンブックで「メアリに銀色を当てたのは惜しかった」と発言している程なのだ。確かに、掌で輝く銀色の飾り玉は美しく他の色と調和がとれ、この色を嫌われ者に当てたのは公式最大の失敗といえるだろう。
……と、そこまで考え、ふとメアリが銀色と調和の取れたもう一色に視線をやった。
銀色を食うでも食われるでもなく、隣り合い程良く互いを引き立てるこの赤褐色……いや、錆色は……。
「……うん?」
おや?とメアリが首を傾げ、ついで隣に立つアディに視線を向けた。
そうして彼の髪色を確認し、もう一度ブレスレットを見る。それでも足りずにもう一度交互に視線をやり、眉を潜めてもう一度……と、合計三回視線を行き来させた後、最終的にはブレスレットを掲げて「あぁ」と納得したかのように頷いた。
「これ、私とアディの色だわ」
「……そこまでしないと気付きませんか」
「近くに居すぎると逆に気付けないものなのよ。でも、なんで私と貴方なのかしら」
心底不思議そうなメアリの言葉に、アディがわざとらしくコホンと咳払いをした。
メアリからしてみれば、先ほどアリシアは「お揃い」とわざわざ言いながら寄越してきたのだ。となれば色は金と銀、アリシアとメアリを示す色合いを選ぶはずである。
現にブレスレットが発売された当時、攻略キャラクター達の関係性を真似て『幼なじみ色』だの『同クラス色』だのと言った組み合わせも流行っていた。
没落を目指すメアリからしてみれば心が折れかねないものではあるが、これが仮に、もしかして、万が一に、僅かな可能性ではあるが、メアリとアリシアの『友情』めいたものであるのならば、当の本人達を示す色合いが普通だろう。
なのに自分の色と並ぶのはアリシアの金色ではなく、アディを示す錆色……。
これには流石のメアリも眉をひそめ「ねぇ、これって」とアディを見上げる。
だが残念なことにメアリの頭の中はブレスレットのことでいっぱいで、アディが小さく肩を振るわせたことも、それでいて僅かに期待を抱いたような表情をしていることにも気付かなかった。
「これってやっぱり……あの子は貧相な庶民ってことよね!」
「……はい!?」
「だって、私とアディの組み合わせを選んだってことは、貴方の分を買うお金が無かったってことじゃない。だからこの色の組み合わせ一本しか買えなかったのよ!」
ドヤ!と胸を張るメアリに、アディが盛大に溜息をついた。それどころかあまりの展開に肩を落とし、抱えていた箱を落としかけてしまう。
「…………俺はもう貴方に何の期待もしません」
「失望された! 待って、今の会話のどこに失望する点があったって言うの!?」
「全部ですよ、全部!」
「まさかの全部!? 意味がわからないわ、説明してよ!」
「できるわけないでしょ!」
半ばやけになったアディが「もうこの話はおしまいです!」と無理矢理に話を中断させ、逃げるように歩き出す。
対してメアリは訳が分からないまま疑問符を頭上に大量に飛ばし、それでも自分を置いていこうとする従者の後を慌てて追いかけた。
ブレスレットを手首に付け直し……はせず、ポケットに押し込んで。
「……つけないんですか」
「メアリ・アルバートがこんな安物を身につけられるわけないでしょ。アルバート家の名に泥を塗るようなものよ」
「……それじゃ、要らないってことですか。捨てますか?」
「メアリ・アルバートが庶民からの献上物を蔑ろに出来るわけないでしょ。アルバート家の評判に傷をつけるようなものよ」
「ふぅん……」
同じような口振りでまったく逆なこと言い出すメアリに、アディがニヤリと楽しげに口角を上げた。
それを咎めるように睨み付けるメアリの表情と言ったらない。
責めるような拗ねるような、アルバート家の令嬢らしからぬその表情に、アディが「相変わらずなお方だ」と堪え切れずにクツクツと笑みをこぼす。
「なによ、言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「いいえ、なんでもありません。今はまだポケットに入れておくぐらいが良いかもしれませんね」
「とりあえず、今は」と念を押すようなアディの発言にメアリは何一つ意味がわからず眉間にシワを寄せ、それでもポケットの布越しにブレスレットに触れた。
カチャリと飾り玉がぶつかる小さな音に、メアリが居心地悪そうにムグと口元を歪ませる。
気恥ずかしいようなむず痒いような、今まで味わったことのない感覚が胸のうちから滲み出て、上手く頭が回らない。なんとなく心のどこかで嬉しいような気がして、それがまた自分自身で不満でたまらないのだ。
モヤモヤする気持ちを打ち明けようにも的確な言葉が見つからず、身振り手振りで唯一伝わりそうなアディは今に限って楽しげに笑うだけなのは目に見えて明らかで、かと言って他に話のできる相手などメアリには居ない。
いや、アルバート家の令嬢の相談ならば誰だって喜んで聞いてくれるだろう。それこそ普段は嫉妬の炎を燃やす同年代の令嬢だって、家の為にと親身に聞いてくれるはずだ。
なにせメアリはアルバート家の令嬢、親しくなりたいと、話をする機会を得たいと思う者は山ほどいる。相談にのってアルバート家に貸しを作れるとなれば、誰だって話を聞いて的確なメアリ好みのアドバイスをくれるだろう。
アルバート家の令嬢が未知の感覚に悩んでいると知れば、同年代の令嬢はおろか著名な学者達でさえ動くかもしれない。
なのにどういうわけか今回の件はそういった話ではないように思える。
アルバート家の令嬢の相談事ではなく……ならばいったい何だというのか。
どうすれば良いのかわからず心の内はモヤモヤが溜まる一方で、メアリが不満そうに頬を膨らませてアディの持つ空箱を揺らしてやった。
「うわ、ちょっと止めてください、危ないですよ!」
「危ないから揺らしてるんじゃない! もう、なんか今はあんたの余裕を感じさせる表情も腹立たしいわ!」
「なんて八つ当りを……まぁ今のお嬢に比べたら俺は余裕ありますからね!!」
「大人しく八つ当りされなさいよ!」
もう!とメアリが怒りながらいっそう強く箱を揺らせば、上段が大きくズレる。流石は空箱、メアリが一つ揺らすだけで全体に波紋を呼び、これは不味いとアディがストップをかける。
慌てる彼の姿は面白く多少は憂さ晴らしになったが、それでもどこか心が晴れず、メアリは深く溜息をつくと
「コロッケの美味しい店を聞き逃したからだわ。きっとそうに違いない」
と、無理やりに結論付けた。
アルバート家の令嬢が出す結論としてはあまりにもお粗末だが、そもそもアルバート家の令嬢ではなくメアリ・アルバートが初めて得た自分の友人に戸惑っているだけなのだ。多少お粗末になるのも仕方ない。
唯一事情を、そして彼女の胸の内のモヤが何かを知るアディだけがクツクツと笑みを零し、未だ拗ねた表情浮かべる主人に「美味しいコロッケを食べたら治りますよ」と冷やかし交じりに答えてやった。