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『ドキドキラブ学園~恋する乙女と思い出の王子~』通称『ドラ学』において、メアリ・アルバートは王家に次ぐ権威を持つ貴族という設定だった。

 常に高価なものを身に纏い、もちろん制服はオートクチュール。金に物を言わせて何でも自分の思い通りに支配し、まさにやりたい放題である。

 ことあるごとに庶民の出である主人公を貧相だとバカにし、行く先々で財力の違いを見せつけていた。まさに典型的な『嫌な金持ち』で、メアリの財力自慢は定番イベントとまで言われていたほどだ。


「へぇ、ゲームのお嬢は高価なものばっか持ってたってことですか」

「そうよ。何かって言うと自慢して、アリシアの私物に対して『あらやだ、なんだか庶民臭くありません?』なんて言い放ってたわ」

「そりゃまた典型的な……」


 呆れてものも言えないのか、言葉を濁すアディにメアリが同意だと頷く。同じ貴族、ましてや共にメアリ・アルバートでありながら、メアリはそういった手合いの人間が苦手だった。

 だが悲しいかな、現状この世界の貴族の殆どがプライドが高く見栄っ張りである。とりわけ王家に次ぐ権力のアルバート家の娘として生きてきたメアリにとって、親の財産を我が物顔で語る者達と話す機会は多い。

 やれ、何台目の馬車を買って貰った、誕生日に別荘を建てただの。好きな食べ物はフォアグラとキャビアで、一流のシェフをわざわざ家まで呼んでパーティーがどうのこうの……。

 きっとゲームのメアリならばその自慢に同調、それどころか「私の方が!」と高飛車に財力を自慢していただろう。アルバート家の娘なのだ、例え相手がどれだけ由緒正しき貴族相手だろうが所詮は格下に過ぎず、自慢の聞き役でしかない。

 だが実際のメアリにそういったプライドはなく、目の前で繰り広げられる自慢合戦をいつも冷ややかに眺めていた。馬車なんて一台あれば十分だし、年に数日どころか飽きたら訪れもしなくなる別荘に果たして意味があるのかどうか……。


「でも、これからは悪役として自慢しなきゃいけないのよね」

「そういや、お嬢はそういった自慢しませんね。高価な物を買い漁るわけでもないし。なんでですか?」

「なんでって言われても。一応、欲しいものは買ってるし、食べたいものだって食べてるわよ」

「ちなみに、今一番欲しいものは?」

「誰かさんの解雇状」

「………お嬢の好きな食べ物は?」

「解雇状がなかなか手に入らなくてねぇ、というか手に入るんだけど決まって書いてる最中にどっかに行っちゃうのよ。ねぇアディ、あなた書きかけの解雇状が毎度なくなることに関して何か知らない?」

「いいえまったく微塵もこれっぽっちも分かりません。きっとお嬢の部屋には小人が住んでいて解雇状を盗んでいくんですね」

「予想以上に夢溢れる回答が返ってきたわ」

「それで、俺じゃない誰かさんの、俺にはまったく関係ない解雇状はさておき、お嬢の好きな食べ物は?」


コホンとわざとらしく咳払いをして話を無理矢理もどすアディに、メアリが「好きな食べ物…」とつぶやいて、パッと表情を明るくさせた。


「コロッケ!」

「……お嬢、そのレベルで他所の御子息様達に自慢しないでくださいね」


 はぁ、と盛大に溜息をつきつつ、アディが手元のメニューに視線を向ける。

 ちなみに、現在地は第三校舎の食堂。ちょうど昼時もあってか、かなりの賑わいを見せている。

 そんな中、メアリとアディはランチメニューの一覧を眺めつつ、配膳の列に並んでいた。ドラ学のメアリであれば横入りか、もしくは自分は席に座ってアディに「早くしなさいよ!」とでも言って良さそうなものだが、生憎メアリにそんな目立つ真似をする気はない。

 それどころか、次第に混雑する食堂を見回して「先に席を取っておけば良かったわね」と暢気に言っているほどなのだ。ドラ学と違い、メアリには席を取っておいてくれる取り巻きも、ましてや権力に恐れて席を譲ってくれる者もいない。


「それにしても、改めて考えるとバカみたいに高いわよね、ここの食堂って」

「そりゃ貴族が通う学校ですし」

「フォアグラだのキャビアだの、よく学生如きに食べさせる気になるわね」


 呆れたようにメニューを眺めるメアリに、アディが当然ですよと頷いて返す。

 確かにメアリの言う通り、カレリア学園の食堂はどのメニューもやたらと高く、デザートでさえ一般家庭の一日の食費を遥かに上回るのだ。

 内容もそれ相応に豪華で、一流レストランをそのまま移設したかのような品揃え。そのうえ各界から引き抜かれたシェフ達が目の前で料理してくれるのだから、もはや食堂(・・)の域を超えている。

 が、その反面やたらと客の捌きは悪く、今こうやって並ぶ羽目になっているのも事実。一品一品手間をかけて提供しているのだから当然と言えば当然だろう。

 まさに非効率なシステムではあるが、これもまた貴族ゆえである。「早い・安い・うまい」が有難がられるのは所詮庶民の世界だけなのだ。財布も時間も余裕のある者は「ゆっくり・高くて・うまい・価値のある」食事を選ぶ。


「本当おっそいわねこの食堂。作り置きぐらいすればいいのに」

「お嬢、また貴族らしからぬことを……美味しいもんが食べられるんですから、大人しく待ちましょうよ」

「あのね、私はメアリ・アルバートなのよ? 食堂のメニューなんて、家でいつだって食べられるの。アディが食堂に来たがらなきゃ、誰がこんな騒々しいところに来るもんですか」

「そりゃ、ここにでも来なきゃ俺はこんな高い飯食えませんからね」


 嬉しそうにトレーを用意するアディに、メアリが溜息をついた。

 いったいどこの世界に、従者に付き合って食堂の列に並ぶ令嬢がいるのか……いや、ここに居るのだけれど。

 そんなことを考えていると、何かに気付いたのかアディがメアリの肩を叩いた。


「お嬢、あそこ見てください。あれ、アリシアちゃんじゃないですか?」

「え、どこ!?」


 アディが指さす先を見れば、確かにアリシアの姿がある。

 食堂の隅に身を隠すように座り、不安そうに周囲を窺っている。

 手元にある小さな鞄には弁当が入っているのだろう、その隣には一品料理が置かれているが、どちらも手を付けている様子は無い。

 それを見たメアリがニヤリと口角をあげた。


「アディ、これはチャンスよ」

「チャンス?」

「ゲームの通りなら、あの子はお金が無くてお弁当を持ってきてるはず。そこに現れるのが……」

「なるほど、悪役令嬢メアリ様の食事自慢ってことですか」

「そういうこと。豪華な食事を見せつけ、貧相なお弁当を嘲笑うの。さぁ行くわよアディ、貴族と庶民の格の違いを見せつけてあげるわ! この、産地直送 海鮮丼(・・・・・・・)で!」

「……」

「…………」

「お嬢、それは無いです」

「あ、やっぱり?」


 海鮮丼は駄目だったか……とメアリが持っていた食事チケットに視線を落とす。

 太字で書かれた『産地直送 海鮮丼』の文字は食欲をそそるが、確かに令嬢の食事自慢には些か不向きである。いや、美味しいのは確かなのだが……。

 そんなメアリを見兼ねたのか、アディが彼女の手からさっとチケットを抜き取ると、代わりに自分が持っていたものを手渡した。


「アディ?」

「急に海鮮丼が食べたくなったんです。お嬢、交換してください」


 そう言うやメアリの返事も聞かずにさっさと歩き出すアディに、思わずメアリが笑みを零した。

 まったくどうして不器用な従者ではないか。だがそれを指摘すれば、きっと「主人に合わせてるんです」とでも言い返すのだろう。


「そういうことなら仕方ないわね。渋々食べてあげるわ、この……」


 と、メアリが手元のチケットに視線を落とす。

 先程の海鮮丼同様、太文字で書かれているのは



『仔羊のフィレステーキ フォアグラ添え』



「……アディ、あんた食費がアルバート家(うち)持ちなのを良いことに贅沢三昧してるわね」

「旦那様には感謝してもしきれません」

「まぁいいわ、とにかく今日はこれでアリシアに格の違いを見せつけてあげる」


 トレーに食事を受けとり、意気揚々とメアリが食堂内を進んでいく。

 転校生かつ庶民出身という異質さゆえかアリシアの周りには誰も居らず、まるで故意に孤立させるかのように彼女の座る一角だけ席が空けられていた。

「庶民の隣で食事をとりたくない」という貴族ゆえの考えなのだろうか。それでも気にはなるのか誰もがチラチラとアリシアに視線を向け、一部は声を潜めて何やら話している。

 勿論その空気は当の本人も気付いているわけで、申し訳なさそうに身を小さくするアリシアの姿は哀れみさえ誘う。身分の違いゆえ同じような居た堪れなさを感じたことのあるアディとしては、彼女の辛さは他人事ではない。

 対してメアリはそんな空気も物ともせず、真っ直ぐにアリシアの元へ向かうと当然と言いたげに堂々とその隣に腰を下ろした。

 おまけに、


「隣、座ってもよろしくて?」


 という――本人にとっては威嚇の――一言付き。

 これにはアリシアもアディも目を丸くするしかなく、アリシアは「……どうぞ」と椅子を引き、アディは呆然としつつメアリの前の席に座った。


「あら、あなたお弁当を持ってきているのね。そちらの料理は、どうして食べないのかしら?」


 チラとアリシアの弁当と一品料理を一瞥したメアリが、わざとらしく尋ねる。

 それに対してアリシアは恥ずかしそうに俯くと、ポツリと小さく「分からないんです」と呟いた。


「私、今までちゃんとしたテーブルマナーなんて習ったことがなくて……だから失敗するのが怖くて」


 頼んだは良いが食べ方が分からず、隠れるように隅に座っている。そう語るアリシアからは普段の明るさは微塵も感じられない。

 だが確かに、流石は貴族の通う学園だけあり、この食堂で食事をする誰もがみな完璧なテーブルマナーを身に着けている。学生らしく楽しげにお喋りをしながら食事をする女子生徒も、その手付きはまさに優雅の一言。

 この学園においてテーブルマナーは習うものではなく出来て当然なのだ。ゆえにアリシアは教わることも出来ず、美しく磨かれた銀食器を前に自分がいかに場違いかを自覚させられている。


「ふぅん、まぁ庶民の貴女にはテーブルマナーなんて縁が無かったんですものね」


 嫌味たっぷりに言い切り、メアリがナイフとフォークを手に取る。

 そうしてゆっくりとステーキを切って口に運ぶその仕草は、誰が見ても完璧な所作である。それも当然、メアリはアルバート家の令嬢、テーブルマナーなど最早意識するまでもないのだ。

 そんなメアリの優雅な所作に見惚れていたアリシアが、はたと気が付くと慌てて一品料理と銀食器を手元に寄せた。

 そうしてチラチラと横目でメアリを見つつ、ぎこちない手付きでナイフとフォークを料理へと向ける。メアリを真似て一口切り、口に運ぶと嬉しそうにほころぶその表情と言ったらない。


「(……お嬢、悪役どころか、良いお手本になってます)」



 二人の前で海鮮丼を食べていたアディが、そんなことを思いつつも口には出さずにおいた。


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[良い点] お嬢様、天然かわいいです…
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