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その後もしばらく店を見て回ったり時には休憩したりと楽しんでいれば、時間などあっという間に過ぎてしまう。とりわけ、休日というのは時間の経過が早く感じられるものだ。
気付けば既に日は落ち掛け、所々街灯が灯り始めていた。
「お嬢、そろそろ帰りましょうか」
相変わらず箱を抱えたアディが――その内の殆どが未だ空箱なのだが――そう尋ねると、メアリが「そうねぇ」と返しつつ、それでも周囲に視線をやってニヤリと悪戯気な笑みを浮かべた。
どうやらまだ帰る気はないらしく、それを察してアディがメアリの視線を追いかける。
彼女が帰らないなにかがあるのだ。メアリの表情は、まさに「それを見つけた」と言わんばかりに楽しそうではないか。
そうして、メアリの視線の先を追ったアディが「あれって……」と小さく声をあげた。
そこに居たのは、アリシアとパトリック。
それと、生徒会役員と顧問教師。……つまるところ『ドラ学』の攻略対象キャラクターが勢揃いというわけだ。
そんな彼等はアリシアとパトリックを囲み、なにやら話し込んでいる。
あいにくと距離があって話の内容こそ聞こえないが、それでも徐々にその輪からアリシアが後退しているあたり、生徒会に関わる内容か身分的なものなのだろう。一生徒でしかなく、そのうえ庶民の出であるアリシアにとって、彼等の話は別世界のようで時々ついていけなくなる……と、以前に本人が言っていたのだ。
だがそれが分かれど、いったいどうして彼等が市街地に揃っているのかが分からない。
それどころか周囲にはいつの間にか若い女性まで集まり出し、夕暮れの市街地には似合わぬ賑やかさを見せ始めていた。
もっとも、パトリックをはじめとする生徒会役員達が集まればこうなるのは目に見えて明らかで、たまたま居合わせたのかそれとも聞きつけてきたのか、令嬢らしき装いの女性が彼等に声をかけだしているではないか。
「……お嬢、これは?」
「見ての通りよ。さぁ、高みの見物とでも洒落込みましょうか」
クツクツと笑いながら、メアリがベンチに腰掛ける。
対してアディは意味が分からないと言いたげに首を傾げ、それでも「貴方も座ったら?」とメアリに促されるままに腰を下ろした。
目の前には相変わらず賑やかな集団。見目麗しいカレリア学園生徒会役員達と、それを囲む若い女性達。大胆に話しかける者も居れば、恐れ多いとでも思っているのか眺めているだけの者までいる。
そんな集団から数歩外れた場所でポツンと佇むのは……アリシアだ。
それを見つけたアディが立ち上がり掛けるが、寸でのところで「手を出すんじゃないわよ」とメアリに制止されてしまう。
見ればメアリは楽しそうに笑い、それでいてこの余興を壊してくれるなと言いたげな表情を浮かべている。
「……答えてください、どういうことですか」
「どうって? 目の前の光景そのままよ。パトリックは相変わらず人気者ね」
クスクスと笑うメアリに、アディがため息をつく。
どうやら説明よりも傍観を楽しみたいらしい、だからといって「そうですか」と隣で眺めているわけにもいかず、答えを導き出すべくアディがメアリに視線をやった。
「これが残りのエンディングへの分岐点、ってやつですか?」
「そうよ。これもデートイベントで起こること」
「生徒会役員の方々に、他の生徒も……囲まれることが最後のイベント? 囲まれたからエンディングが決まるんですか?」
「というより、この後よね。大勢に囲まれたパトリックを見て、あの子がどう出るか」
楽しそうに眺めるメアリの言葉に、アディがおもわず「アリシアちゃんが?」と首を傾げた。
てっきり今回もまた『好感度』で左右されると思っていたのだ。その場合、今までのアリシアの行動こそ関係しているが現時点で彼女に出来ることはないはず。
それなのに、今回は『主人公』の行動がキーポイントになるらしい。
意味が分からないと言いたげに目の前の光景とメアリに交互に視線をやるアディを横目に、メアリが「仕方ないわね」と小さく肩を竦めた。
先程の悪役令嬢メアリによる分岐は『対象者の好感度』がポイントだった。このイベントが起こるまでに一定数に達していないとバッドエンドに向かうと言う、まさに恋愛ゲームらしい条件である。
対してこのイベントは『攻略対象者』ではなく、あくまで『アリシア』がキーになる。彼女がこの場面において、二つの行動のうちどちらを取るか、それにより進むエンディングが変わってくる。といっても選択肢が現れるわけではなく、ここでのアリシアはプレイヤーの手から放れて行動するのだ。
「といっても、単に今までのステータスで決まるってだけなんだけどね」
「ステータス?」
「そう。あの子の成長具合」
ドラ学のメインは恋愛だが、日常的な生活を通してアリシア自身のステータスを上げるのもまたゲーム要素の一つであった。
日常的な勉強は勿論、時には補習授業や図書館に通い学力を上げ、またある時はダイエットやファッション雑誌を入手して外見のステータスも上げる。他にも運動に関するステータス等もあり、どのステータスをどれだけ上げるかは全てプレイヤーの手に委ねられ、その後の恋愛イベントに影響してくるのだ。
学力テストで上位に入れば秀才キャラや教師に、運動ステータスを上げて体育祭で活躍すれば運動神経抜群のスポーツ系キャラに、そして美意識を上げれば少しナルシストの入った……と、分かりやすいがこんなところだ。攻略難易度の高いパトリックに至っては、全てのステータスをバランスよく上げる必要がある。
つまり、恋愛ゲームだからといって恋愛にばかりかまけて自身を蔑ろにしていると、結局回り回って恋愛も上手くいかなくなる……と、そういったバランスもこのゲームの面白さの一つだった。
そのステータスが、このイベントの結末を決める。
「プレイヤーが恋愛にかまけてステータス上げを怠っていると、それがそのままアリシアの行動に反映される」
「行動に……」
「未熟な自分はパトリックを独り占めできない……って、そう考えてあの子はこう言うの」
『みなさんで夕飯を食べに行きませんか?』
その発言はまるで良い子そのもの、誰もから愛されそうなヒロインらしく博愛的な台詞である。
そしてその言葉を聞いたパトリックはそれに同意し、生徒会役員達も賛同して『みんなで楽しい夕食』の後にデートは終わる。勿論最後には帰り道の途中で二人きりになり恋愛イベントらしい甘い言葉をかけられるのだが、あくまでそこで終わりである。
そうして迎えるのは『グッドエンド』想いは通じ報われはするが、それと引き替えに何かを犠牲にする、両手離しで幸せとは言えない一癖あるエンドだ。
別名『メリーバッドエンド』
例えば、王女になったアリシアとの逆転した身分に駆け落ちをしたり、中にはアリシアが王女としての身分を捨てるエンドもある。
パトリックの場合、想い合っていることを確認しあったうえで互いの身分と影響力を考え、パトリックはダイス家を継ぎアリシアは王女として国を支え、互いに夫婦ではなくパートナーとして生涯独身を貫く……という、グッドと言えどどこか心にしこりを残すものである。
悲恋とも言えずかといって幸せとも言い切れないそのエンドは、一部のプレイヤーから絶大な支持を得ていた。ご都合主義のもう一つのエンドより深みがあるとも言われていた。
「そんな……それじゃ二人は……両思いなのに……」
「両思いだからこそ、よ。パトリックがダイス家を捨てるより、アリシアが王女の身分を捨てるより、あのエンドの二人にとってはその結末が幸せなの」
「両思いになっても……それでも身分が邪魔するんですか……?」
「そうね。それがゲームのテーマですもの。乗り越えたはずの身分の差が逆転して再び立ちふさがる、皮肉なエンドよね」
そう言い捨てるメアリの口調はどこか投げ遣りである。
それもそのはず、前世の記憶ではこの儚げなエンドこそ至高としていたようだが、実際に関わる人間からしてみれば、こんな歯切れの悪い結末は「冗談じゃない」の一言なのだ。どんなご都合主義であろうが、楽観お花畑エンドと言われようが、皆幸せ大団円な『トゥルーエンド』が一番に決まっている。
――まぁ、どのルートでも漏れなく悪役令嬢メアリは北の大地送りなのだが――
そう告げると、アディが何かを思い立ったように勢いよく立ち上がった。
「それで、そのエンドの分岐ってどういうことなんですか! どうやったらその、なんたらエンドってのに行けるんですか!」
「と、突然どうしたの……? なんたらって……トゥルーエンドのこと?」
「そうです!」
突然立ち上がったアディに、メアリが驚いたように目を丸くした。
それでも真剣な、それこそ普段の誤魔化しは効かないと言いたげな瞳に見つめられ、メアリが僅かに動揺しつつもコホンと咳払いをした。
どういうわけか分からないが、アディはトゥルーエンド希望のようだ。ならば説明してあげよう……。
「エンドの分岐はまさに今よ。今、あそこに立っているアリシアがどうするか。さっきも言ったでしょ、あの子が『みんなで一緒にご飯』と言い出したらグッドエンド行き」
「それじゃ、今のアリシアちゃんが別の行動をすれば……!」
「そう。あの子が自分に自信を持てるぐらいにステータスをあげてれば、パトリックを独り占めしようとするのよ」
さて、どうなるかしら、と、アディを見上げていたメアリが改めてアリシアに視線を向ければ……。
「メアリ様ぁー! 一人で暇なんで構ってくださいメアリ様ぁー!」
と、半泣きのアリシアがこっちに走り寄ってくるのが見えた。
「……アリシアちゃんがこっちに来ましたけど、これは?」
「……私が聞きたい」