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9―4

 

 メアリを見つけたアリシアとパトリックの表情といったら無く、アリシアに至っては嬉しそうに手を振って駆け寄ってくる程だ。

 ――勿論、そんなアリシアに対してメアリの罵倒が飛ぶわけだが、まったく効果がないのは言うまでもない――


「メアリ様、随分とお買い物されたんですねぇ」


 アディの抱える箱を見上げ、アリシアがため息混じりに呟いた。羨ましがるどころか圧倒されかけているようにも見えるその表情に、「そうよこれよ!」とメアリが内心でガッツポーズを取りつつ、さも当然と言った様子を装って鼻で笑った。

 勿論「これぐらい当然じゃなくて? まぁ、洋服一枚買うのにも必死な庶民には分からないかもしれないけど」という嫌みも忘れない。というか、この台詞のための箱である。

 そして、どうやら今のメアリの姿は彼女の望む通りの者らしく、周囲に居た同年代の女性達が羨望の眼差しを悔しげに変え、中には張り合うように「次の店に行くわよ!」と従者に指示を出している者さえいた。

 我が儘でプライドが高く、常に嫌味を忘れない、それがメアリの描く悪役なのだ。高く積みあげた箱を従者に持たせ、「これぐらい当然でしょ」と笑う姿はまさにだろう。


 現に、アリシアもメアリの言葉を受けて表情を変えている。

 不満気な、それでいてどこか拗ねるようなその表情の変化に、正面からジッと視線を送られたメアリがいよいよをもって勝利を確信した。

 今この瞬間、アリシアはメアリに対して財力の違いを見せつけられ、羨ましがっている、メアリの財力自慢に不満を抱いているのだ。

「大成功だわ!」と今にも叫んでアディとハイタッチしたい欲望を何とか押さえつけ、メアリが更に不敵に笑う。ここで揺らいではいけない、あくまで最後まで悪役を貫かなくては……と、思う反面アリシアの拗ねた表情に期待が高まり表情がゆるむのだが、それをなんとか令嬢の皮肉気な笑みに変える。


「あら、なにかしらその表情。まさか庶民の出の貴女が、私みたいに買い物したいと思ってるのかしら。ご自分のお財布とご相談なさったら」


 クツクツと笑いながら、メアリが追い打ちをかける。

 それに対してアリシアは益々不満そうに唇を尖らせ、まるで子供がいじけるような表情でメアリを怨めしげに睨み上げた。

 そうして、ようやく彼女が口にしたのは、随分と恨みのこもった


「メアリ様、お買い物が好きなのに私と一緒に行ってくださらない……」


 というものだった。


「……は?」

「酷いです、私いつもお誘いしてるのに断られて、きっと買い物が嫌いなんだと思ってたのに……」


 プク、と頬を膨らませてアリシアがそっぽを向く。

 分かりやすいその拗ね方に覚えのあるメアリは――なにせ自分も何度かこの手を使ったことがある――その反面いったいどうしてアリシアがこの拗ね方をしているのか分からず、頭上にクエスチョンマークを浮かべた。

 あくまでメアリの場合はだが、頬を膨らませてそっぽを向くのは「私は怒ってます」という、それでいて本当に怒ってはいない、相手からの好意をわざと擽る時の常套手段なのだ。子供が構って欲しい時にちょっかいを掛けてくるような、そんなものである。


 それを何でアリシアが?

 ちょっと待って「今度は一緒に行きましょう」って、なんでそんなことを……。

 やめてよ、約束なんてする気はないわ……!


 どう言うこと? とメアリが困惑を隠せずにアディを見上げるも、そこには高く積まれた箱しか見えず、彼の表情は分からない。勿論、返事もない。

 それでも箱が小さく揺れているあたり笑いたいのを堪えているのが分かり、メアリが忌々しげに足を踏もうとし……思いとどまった。なにせこの箱が崩れたら、間違いなく自分も巻き込まれるからだ。

 アリシアの勢いに押され、笑いを堪える従者に仕返しすることもできず、メアリがどうして良いのか分からず呆然とする。

 そんな彼女の変化にアリシアもパトリックも気付くことなく、仲睦まじいカップルは寄り添いながら「それじゃ、また後で」と、よりにもよって再会を望むような言葉を吐いてその場を後にした。


 そんな二人の後ろ姿を、メアリは未だ呆然と眺め……はたと我に返った。


 しまった、ここで見送ってはいけない。

 やらなきゃいけないことがある!



「ま、待ってパトリック……様! パトリック様、お待ちください!」


 普段通りに呼びかけ、慌てて取り繕う。婚約者としてならまだしも――それだって、結婚前の令嬢が殿方を呼び捨てにするのはあまり好ましいことではないが――婚約破棄した関係である以上、公の場で呼び捨てにしあうのは周囲に勘違いされかねない。

 今だって、婚約破棄した割にはメアリとパトリックの関係は変わらず、それどころか以前にもまして良好で、それを見た誰もが不思議そうに首を傾げているのだから。女性達の中では、婚約破棄してなおパトリックと親し気に話すメアリに嫉妬していいやら同情していいやら、それどころか「一度は諦めたと見せかけて……?」と、余計な警戒をしている者すらいる始末。

 ――もっとも、嫉妬や警戒をしていてもなお彼女達は行動を起こさず、パトリックに熱い視線を送るだけなのだが――


「どうしたメアリ……メアリ嬢、何か用事が?」


 メアリ同様に周囲の視線を感じ、パトリックも慌てて取り繕う。

 彼も同様、婚約破棄から日々増していく熱かったり冷たかったりの好奇の視線にはうんざりしていたのだ。ここでメアリを呼び捨てにすれば、まだ婚約関係が続いているのではと噂されかねない。

 そんなパトリックの考えを知ってか知らずか、メアリはコホンと一度咳払いをすると、再び戻ってきた二人に……というよりパトリックのみに視線を送り、ニッコリと微笑んだ。なんとも愛らしさと気品を感じさせる笑みである。


「お父様が贔屓にしている仕立屋があるの。以前、お父様が貴方にパーティー用のスーツを贈りたいと言っていたわ。これから、二人(・・)で行きましょう」


 やたらと『二人で』の部分を強調するメアリに、パトリックが首を傾げた。

 思わず「二人で?」と尋ねるも、返ってきたのは相変わらず愛らしく微笑むメアリの「えぇ、二人で」というオウム返しのような言葉。

 ――このやりとりに関して、メアリは勿論「パトリックを奪ってデートの邪魔をするのだから二人きりで」という意味合いが込められているのだが、一方パトリックが疑問に思ったのは「メアリがアディ抜きで?」という意外性からくるものだった――

 これにはパトリックの眉間に皺が寄る。いったいどうしたんだ?と言いた気にメアリの様子を伺い、それでもゆっくりと首を横に振った。


「有り難いが、それは今度にして貰えないか?」

「あら、そうなの? お父様が残念がるわ」

「日を改めて、俺から伺うよ。君の父上はセンスが良いから、俺も楽しみだ」

「えぇ! 旦那様はセンスの良いお方ですから!ご自身は勿論、他の方に選ぶ時も本人に似合った最高の服を」

「ちょっと黙ってて箱男」

「箱男!?」


 それは俺のことですか!?とアディが悲鳴をあげる。が、高く積んだ箱のせいで彼の姿は見えず、声こそ聞こえるが箱しか見えない。箱男である。

 そんな箱男(アディ)を黙らせ、メアリがコホンと再び咳払いをした。そうして不適に笑い、まさに悪役と言った様子で肩にかかった髪を払った。

 ……ここでフワッと髪が舞えば悪役らしさと令嬢の豪華さを演出できて完璧なのだが、なにぶん縦ロール(ドリル)なので効果音としては『ブン』の方が正しい。1ロール単位で揺れるのだがら。


「それは残念ね。お父様にちゃんと言っておくわ」

「あぁ、頼むよ。それじゃメアリ……メアリ嬢、また」

「メアリ様、失礼します」


 ペコリとアリシアが頭を下げ、パトリックも軽く会釈をして再び踵を返して歩き出す。

 今度こそメアリはそれを見送り、満足そうにフゥと一息着いた。まるで一仕事終えたかのような、その結果を見届けるようなメアリの態度に、高く積んだ箱の隙間からそれを眺めていたアディが不思議そうに彼女の名を呼んだ。


「お嬢、どういうことですか?」

「どういうって? ご覧の通り、パトリックに振られたわ」

「そりゃそうなんですが、やたらと旦那様の話をしたり、なんだか……」


 邪魔をするというより、何か望んでいるようだ。そう尋ねるアディに、メアリがニヤリと笑みをこぼした。

 先程の令嬢らしい愛らしさ溢れる笑顔とは違う、なんとも悪戯気な笑み。だがそれこそがメアリらしい表情に思え、その反面彼女がこう言った表情をする時は何か企んでいるのだとアディが考え、先を促すように視線を送った。


「良いわ、教えてあげる。このデートイベントはね、各エンディングに向かう分岐点なのよ」


 そう告げてさっさと歩き出すメアリに、アディは言われた言葉の意味が何一つさっぱり分からず、それでも彼女が喫茶店に向かうあたり説明をする気はあるのだろうと首を傾げたまま後を追った。




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