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9―3



 デートイベントで邪魔をしてくるメアリは、まさに『買物中のご令嬢』といった様子だった。

 市街地には些か場違いな豪華なドレスに、背後に構える従者のアディは山のような箱を積み重ね、おまけに「新作を全部頂くわ」という買物の仕方。

 これでもかと財力を見せびらかし、そしてアリシアを見つけるや「庶民は服一着買うのにも必死なのね」と鼻で笑うのだ。

 断罪イベントで多少は大人しくなったかと思えば直後にこの態度なのだから、より一層プレイヤーがメアリを嫌悪するのも仕方あるまい。


「つまり、お嬢はゲーム通りに俺に箱を持たせようと」

「そういうこと、身長以上に重ねられた箱が『いかにも』って感じがして箔がつくでしょ」

「そんなもんですかねぇ……」


 持たされる身としては堪ったもんじゃない、と言いたげにアディが溜息をつきつつ、それでもメアリの後を追って次の店へと入っていった。




 デートイベントでメアリの背後に構えていたアディは、それはそれは大量の箱を抱えていた。

 勿論それら全てがメアリの買物であるのは言うまでもなく、歩くことすら困難なほど積まれた高さが彼女の我儘と浪費ぶりをよく現していた。

 もっとも、イベント全体として見ればメアリの行動と結果こそ重要なものではあるが、アディの荷物持ちなど些細な描写でしかなく、言ってしまえば一枚絵(スチル)の背景でしかない。

 だがあのシーンのメアリは『いかにも我儘令嬢』として上手く描かれていた。高く積まれた箱を抱えるアディに対して、メアリは何一つ荷物を持っておらず、そして気遣う素振りすら見せないのも、また令嬢らしさを表現している。

 それになにより、庶民のアリシアに対して、高く積まれた箱を見せつけることで格の違いを明確にしていたのだ。


 だからこそ、ここで自分も大量に買い物をして箱を高く積む必要がある!と、そう考えたのだ。


「そう、考えたのよ……」


 ポツリと呟きながら紅茶を一口飲むメアリに、アディがうんうんと頷いて返した。


 場所は変わらず市街地、その中の喫茶店。

 天気も良いことだしと案内されたテラス席に座り、店長がおススメだという季節の紅茶を味わう優雅なティータイム……ではなく、深刻な作戦会議である。

 なにせ買物を初めてまだ二時間足らずで重大な問題にぶち当たってしまったのだ。それはもう深刻過ぎて、メアリに至っては紅茶を味わう余裕もなく頭を抱えている。

 その問題とは……


「参ったわ、もう買うものが無い……」


 という、本人にとっては深刻なものである。

 ちなみに、それを聞きながら紅茶の追加注文を頼むアディの隣には、小さな箱が三箱(・・)積まれていた。

 言わずもがな、この二時間で買った品物である。戦利品と呼ぶには明らかに物足りない、積み重ねたところで片手で持てる程度である。


 といっても、別にメアリが質素な性格をしているわけでも倹約家なわけでもない。年頃の少女に見合った物欲は備わっているし、アルバート家の令嬢として色々と買い漁ることもある。

 ――ただ、その欲しいものが若干貴族の令嬢らしからぬ時もあるのだが……まぁ、それは今問題視すべきことではない――

 だが前述した通りメアリはアルバート家の令嬢なのだ。「欲しい」と一度でも口にすれば次の瞬間には誰かが手配に走り、数時間後には目の前に用意されている、それが当然の環境で育ってきた。

 なにより、常にドレスや靴はお抱えデザイナーのオートクチュールなのだ。市街地の服屋で売っているような凡庸的な衣服を欲しいとは思えない。

 生まれたときから一級品に囲まれ、手にするもの全てが特注品であったアルバート家の令嬢にとって、どれだけ意欲的に市街地を見て回っても物欲が刺激されないのだ。


 だがその生まれの良さこそ今直面している問題の要因なわけで、メアリが参ったと言いたげに溜息をついた。

 それでも……とチラと詰まれた箱に視線をやる。


「でも三つは買ったのよね……あれ、これもしかして結構頑張った方じゃないかしら」

「お嬢、志がどんどん低くなってますよ。三つって言っても内二つは紙袋で十分な品物だし、しかも一つは俺の買物ですし」


 あっさりと言い切り、アディが新たに注文した紅茶に口をつける。

 頷いているあたり気に入ったのだろうか、近くを通った店員を呼び寄せると茶葉の購入を伝えた。勿論、箱に入れてくれるよう頼むのも忘れない。

 そうして「これで四箱目ですね」とメアリに伝えるのだが、いかんせん茶葉では箱も小さすぎる。今まで購入したものも、どれも抱えるほどの大きさではないのだ。財力を見せびらかすには未だ物足りない。


「でも、欲しい物って無いのよねぇ……あとはペンかしら。誰かさんの今までの不遜な態度を全て書き連ねるために大量のインクも必要ね」

「だ、駄目ですよお嬢、ペンなんて買ったところで小さな箱に入れられるのがオチで……」

「アディ?」


 普段通り誤魔化そうとしていたアディが、ふとなにかに気付いたように言葉尻を弱めていった。

 それに気付いたメアリが彼の顔を覗き込む。考えこむような真剣な表情は、まったく普段の彼らしくない。


「アディ、貴方もしかして本気にしたんじゃ……」

「お嬢、箱です!」

「え?」


 突然わけの分からないことを言いだすアディに、別のことを心配していたメアリがキョトンと目を丸くした。

 てっきりこの不遜な従者が、ようやく自分が首の皮一枚状態であることに気付いて――首の皮一枚で早十年近く経過しているが――身を案じたのかと思ったが、まったくもってそんなことは無かったようである。

 それに対してメアリが僅かに安堵し、それと同時に「アディに自覚させるのは後にしましょう」と事態を後回しにし、改めて「箱ってどういうこと?」と彼に視線を向けた。

 箱を、とはどういうことだろうか。確かに箱を積むための話はしていたが、かといって改めて「箱です」と言われてもピンとこない。

 だがアディはそんなメアリの視線に気付くと、わざとらしく「いいですか」と前口上を置いた。その姿がまるで『ドラ学』を説明するときのメアリのようだが、残念ながらそれを指摘してやれる者はいない。


「いいですか、お嬢は箱の中味に拘りすぎているんです」

「そりゃ、いくら箔を付けるためとはいえ不要な物を買うわけにはいかないでしょ」

「だから買物が進まないんです。そこで俺は考えました。何を買えば良いのか分からないのなら……」

「分からないのなら?」


 続きを促すようなメアリの視線に、アディが満足気に笑い…


「買うものが無いなら、箱を買えば良いんです!」


 と、ドヤ!と胸を張った。





 そうして数時間後。

 そこには『まさに裕福な令嬢』と言った出で立ちのメアリが、アリシアとパトリックの到着を今か今かと待ち構えていた。

 その背後には、よくぞ積んだと言わんばかりに高く積み上げられた箱を抱えるアディ。

 当然だがそんな二人が市街地に居れば目立つのも当然、中にはアディの持っている箱を羨んでいる者さえいた。


 誰だって、メアリが散財したと思うだろう。アルバート家の令嬢が従者を従えて市街地を買い漁っているのだ、裕福な貴族の令嬢ならまだしも、同年代の庶民出身の娘たちなら羨まないはずがない。

 もっとも、積みあげられたその殆どが空箱なのだが、言わなければ他者には分かるまい。


「アディ、準備は整ったわね。今の私達はどこからどうみても散財した令嬢とその従者よ」

「えぇ、まぁでも自分で言い出しておいてなんですが、箱だけ買った時の店員の冷たい視線は当分忘れられそうにありません」

「良いのよ、箱だろうが何だろうが買えば立派な客よ。それに箱なら、どんなにあっても無駄にはならないでしょ」

「そりゃまぁ、使い道はありますね」

「幾つか分けてあげるから、貴方の部屋にある隠蔽山(いんぺいざん)を片すのに使いなさい」

「片しました!あれはもう片しました!! というか変な名前を付けないでください!」


 人聞きの悪いことを!と喚くアディに、メアリが悪戯気に笑い……その先に見覚えのある姿を見つけてよりいっそう笑みを強めた。

「さぁ、成果報告(・・・・)の始まりよ」

 そう呟かれたメアリの言葉に、アディは一瞬不思議そうに彼女の顔を覗き込み、次いで何かを察して背後を振り返った。



 そこに居たのは仲睦まじいカップル、言わずもがなアリシアとパトリックである。



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