8―5
そうして昼休み。
メアリはアディと、そして何故かここ最近さも当然のように食堂についてくるアリシアと共に食事をとっていた。
――没落を目指すメアリのプライドは、『一緒に昼ご飯』などと言うまるで友達めいた今の状態を直視できずにいる――
「もっと上品にパンをちぎりなさいよ。そんなに欠片を落としてみっともない、中庭のハトでも呼び寄せるつもり?」
と、今日もまたメアリがアリシアに暴言を吐く。
が、言われたアリシアははたと自分の膝元を見て、パンの欠片に気付くや「気を付けます!」と頬を赤くした。そうして丁寧に、欠片を落とさないよう気を付けながらパンをちぎっていく。
その姿はぎこちなくもあるが、上品で令嬢らしい。……もっとも、その隣に居る真の令嬢は今日も丼飯だが。
「まぁ、確かにパンをちぎるのって結構難しいですよね」
とは、メアリの向かいに座り、慣れた手付きでステーキを切って口に運ぶアディ。
相変わらず彼のメニューがやたらと豪華なのは言うまでもない。が、本来なら従者の贅沢を咎めるべき主人が「よく昼からそんな重いもの食べれるわね。胃が強いのかしら」とまったく違うところで感心しているのだから助長するのも仕方あるまい。
「食事のマナーは何より先に覚えることよ。例えばダンスで相手の足を踏んでも、ちょっと頬を赤くして「緊張してますの」とでも言えば相手は上機嫌で許してくれるけど、食事のマナーはそうもいかないわ。一度席に着けば、その瞬間から常に見られ品定めされるのよ」
「な、なんだか恐ろしいですね……私も、もっと頑張らなきゃ」
「安心なさい、今の貴女のマナーは品定めする価値もないわ。でも言っておくけど、食事の席では「マナーに気を付けてます」なんてオーラは見苦しいだけよ。令嬢たるもの、優雅に、淑やかに、それでいて完璧なマナーでなければならないの」
「うぅ……私には遠い世界です……」
「当たり前でしょ、田舎娘の一朝一夕で出来ることじゃないわ。まぁ、私程になると微笑みながらミュンヘナーブロードをちぎるけどね」
自慢げに笑うメアリに、アディが「あれは凄い」と頷く。
そのパンがどういうものか知らないアリシアは――当然、その硬さも知らない――ただ尊敬のまなざしをメアリに向けるだけだ。
と、そんなところに声を掛けてきたのが、生徒会役員を引き連れたパトリックである。
普段彼等が姿を見せると途端に黄色い声が上がるのだが、今朝のことがあったからか今日に限ってはシンと静まり返り、誰もが横目に様子を伺っているのが異質な空気の中で伝わってくる。テラス席の生徒までチラチラとこちらの様子を気にし、果てには2階で食べていた者達が白々しくトレーを持って降りてくるのだ。
その野次馬根性にメアリが「この時間を指定したのは間違いだったわ」と心の中で悔やんだが、もちろん言い出したのは自分なのだから追い返すわけにもいかない。
仕方なく「ごきげんよう、皆様」と、愛想よく微笑んで軽く頭を下げた。
その瞬間アディが立ち上がり深々と頭を下げるあたり、彼の中でも今朝のことは済んだこととして処理されているのだろう。それに対して、パトリックを見るや一瞬にしてプクと頬を膨らませ、豪快にパンをちぎりだすアリシアは未だ怒り心頭といったところか。
そんな対極的な二人にメアリは小さく苦笑を浮かべ――なにせ対極的でありながら、二人の反応はメアリを想っての事なのだ。それがまた面白い――緊張状態で視線を泳がせている生徒会役員達に助け舟でも出してやろうかと声をかけた。
「今朝は失礼いたしました。私、病み上がりで少し気が立っていましたの」
「い、いや、我々の方こそ謝るべきだ。間違った情報を鵜呑みにして、大勢の前で君を辱めてしまった」
許してほしい、と副会長が頭を下げれば、それを合図に他の者達も続く。唯一頭を上げていたパトリックも、ふくれっ面でパンをちぎるアリシアに気付いて慌てて頭を下げた。
どうやら全てがメアリの仕業だと思わせていた『確固たる証拠』の真偽が判明したらしい。となれば真相、更にその奥にいる犯人も気になるところではあるが、ここでは話題にするまいと堪えることにした。
真犯人が誰なのか気になるところだが、それは事件が解決したらパトリックに聞くなり、アディに探らせるなりすればいいだけの話。今ここで話題に出して、野次馬達にデザートまで与える気はない。
だからこそ、さっさと話を終わらせてしまおうと、メアリが未だ頭を下げたままの生徒会役員達に穏やかに声をかけた。
「私も気が立っていましたし、皆様も誤解していた。お互いの非を認め合ったことですし、それでいいじゃありませんか」
「メアリ嬢……貴女にそこまで気を遣わせてしまうなんて、自分達の未熟さが恥ずかしい」
「あら、未熟だからこそ私達はここに通ってますのよ。……でも」
ふいにメアリが声色を落とした。
眉尻を下げ戸惑う様に視線を泳がせるその態度に、誰もがいったいどうしたのかと彼女に視線を寄せる。
それを受け「……怖いわ」と小さく呟くメアリのなんと儚いことか。男ならば誰もが加護欲を掻き立てられ、女でも力になりたいと思えるほどの弱さと儚さを感じさせる。
――メアリの言いたいことを、むしろ演じたいものを察して、アディがそっと丼を自分の元へと引き寄せたのもまた功を成している――
「アリシアさんにあんな酷いことをなさる方がこの学園にいるなんて……なんだか、私怖くなってしまいました」
「ご安心ください。既に犯人は目星をつけ、我々の監視下にあります。貴女にも勿論アリシアさんにも、二度と近付けさせません」
「それを聞いて安心しました。さすが生徒会の方々ですね。これからも学園の平穏のために頑張ってくださいね」
「は……はい、もちろんです!」
リコールする気も無い、と暗に伝えれば、彼等が安堵と共に背筋を正した。
そうして一度深く頭を下げ、食堂を後にする。その背中は既に普段の彼等そのもので、一部からは熱っぽい溜息さえ上がってきた。
パトリックもまた彼等同様に脹れっ面パンちぎり機が多少なり機嫌を直し、拗ねた表情ながらもパンを口に放り込んでいるのを見て安心し、苦笑と共に「それじゃ」と一言残して去って行った。
しばらくすれば食堂も再び賑やかさを取り戻し、これで一段落ついたとメアリが深く息を吐く。
病み上がりには中々の重労働ではないか。それに、チラチラと向けられる周囲の視線は居心地が悪い。
そんなメアリの疲労を察したのか、アディが「お疲れ様でした」とねぎらいの声をかけてくる。それに対してメアリはニヤリと笑うと
「あの程度の暴言も無礼も、誰かさんに比べたら可愛いものよ」
と返してやった。
食堂のおばちゃんが
「丼飯のお嬢さん、知恵熱だったんだって?」
と嬉しそうに声をかけ、メアリが優雅に微笑みながらテーブルの下でアディの足を踏みつけるのは、それから数分後のことである。
頂いたご意見を参考に、あらすじに
「※シリアスとコメディが入り交じっていますのでご注意を※」
の注意書きを付け足しました。ラブコメならぬシリアスコメディです。
各話の文字数が少ないことに関しては、申し訳ありません私の環境的な都合ですのでご了承ください。