短編17
※第7章最終話から短編16の間のお話です。
「ねぇお母様、私の子供の頃の話を聞かせて」
そうメアリが強請るようになったのは、お腹がゆっくりと主張しだした頃である。
日々愛おしさが増し、そしていずれくる日のためにと準備も進む。そんな中で母親から聞く『子供の頃の話』は特別だ。以前なら恥ずかしくて止めに入る話も穏やかに聞ける。
キャレルもそんなメアリの気持ちをわかっているのか、幾度となく強請られても呆れることなく、母親になるというのに子供のように瞳を輝かせるメアリの頬をツンと突いて「ティータイムにね」と笑った。
そうして始まる思い出話披露のティータイムは、アルバート家では毎日のように見られる光景である。そして幸せに包まれている屋敷内において、その光景は幸福感を増させるものだった。
……当然のようにティータイムの場にいるアリシアに誰も文句を言わないのも、幸福感によるものである。もしくは、今更だと皆が考えているからか。
「今日はパトリックもいるのね」
「あぁ、ラングとルシアンに用事があって来たんだ。……用事が終わるや身長を恨まれたけど」
「いつものことよ。それで、お兄様達は?」
メアリが探すように周囲を窺う。
だがそこにラングとルシアンの姿はなく、ロベルトだけが穏やかに微笑んで座っている。
先程彼がお茶の用意をし、その際にメアリが一緒にどうかと誘って彼も席についたのだ。もちろんその時もロベルトだけだった。
彼だけがここにいる。それはそれは見目がよく胡散臭い微笑みを浮かべて……。
「ティータイムだもの、深くは聞かないでおくわ」
「さすがメアリ様、賢明な判断です」
「念の為に確認するけど……無事ではいるのよね?」
「それはもちろん」
ロベルトが頷くのを見て、メアリは「それならよし」とあっさりとこの件を思考の隅に追いやった。
改めてキャレルへと向き直れば、相変わらずだと言いたいのか楽しそうにコロコロと笑っている。
次いで名案が浮かんだと言いたげに「そうだわ」と明るい声をあげた。
「息子達の話題が出たから、今日は男兄弟の喧嘩について話してあげる」
楽しげな声色に反して『男兄弟の喧嘩』とは物騒ではないか。
これにはメアリの隣に座るアディが眉を顰め、彼だけではなくロベルトまでも苦々しそうな顔をしている。「思い当たる節がある」と声に出すまでもないその表情はそっくりで、これぞまさに兄弟である。
だが兄弟揃っていてもキャレルに苦情など言えるわけがなく、これまたさすが兄弟といえる同じタイミングで「お手やわらかに……」と訴えるだけだ。
もちろん、乗り気で話し始めるキャレルがそんな情けをかけてくれるわけがないのだが。
「あれはメアリが三歳の頃ね。メアリが三歳だから、アディは八歳、ロベルト達は十歳ね」
キャレルが懐かしいと言いたげに話す。
随分と昔の話に、アリシアがいそいそとノートにペンを走らせ、パトリックがそんな伴侶に肩を竦め、メアリは瞳を輝かせて先を期待した。
ラングとルシアンは当時からやんちゃ盛りで、二人はよく喧嘩をしていた。
どちらが先にメアリと遊ぶか、どちらがメアリを喜ばせられるか、どちらがメアリのお茶を注ぐか、ケーキを取ってあげるか、スコーンにジャムを塗るか……。
毎日どころではない喧嘩の頻度に、もはや止める者もいない。
唯一と言えるのがロベルトである。当時すでにラングとルシアンに仕えていた彼は二人と同い年だというのが嘘のような落ち着きを見せ、既に一人前の仕事を見せていた。
……普段は。
「たまにロベルトも参戦していたのよ。二人でさえうるさい喧嘩が三人になると見事なもので、屋敷内にロベルト参戦の連絡が伝わると観戦者が出るくらい」
当時を思い出してキャレルが笑う。
それに対して、メアリは意外だと言いたげにロベルトへと向いた。その瞬間に「パトリック様、お茶のおかわりをどうぞ」と巧みに顔を背けるのは、よっぽど居心地が悪いのだろう。
だが流石に誤魔化し切れないと感じたのか、しばらくメアリがじっと見つめていると、ロベルトがコホンと咳払いをしてその節はとキャレルに詫びだした。
「己の立場を弁えず、いかに浅はかであろうとアルバート家の大事なご子息に暴力を振るったこと、一応、今は、この場のために、お詫びいたします」
「気にしないでいいのよ。喧嘩両成敗だもの」
上機嫌でキャレルが笑う。
その穏やかな笑みと声色には怒りの色は一切なく、むしろロベルトを含めてやんちゃな息子達と考えているのだろう。
次いでその穏やかな瞳が向かったのはアディだ。ついに自分に矛先がと言いたげな顔で、慌てて「アリシアちゃん、お菓子のおかわりは」と話題をそらそうとしている。
もちろん、これもまた無駄な抵抗で終わるのだが。
「ラングとルシアン、それにロベルトまで加わって喧嘩となれば、当然アディが止めに入るわ。でもあの年代で二歳の差は大きいのよね」
キャレル曰く、三人の喧嘩が始まるとアディが決まって止めに入る。
……のだが、今でこそ逆転劇の身長差を見せてはいるものの、当時のアディはまだラング達よりも身長が低い。
ただでさえ身長差がある中、当の三人は喧嘩により躍起になっている。横から入ってきたアディに対しても敵意を見せ、必ず誰かしらが「うるさい」だの「邪魔するな」だのと突き飛ばしたという。
「突き飛ばされるとアディは尻餅をついて、しばらく呆然とするんだけど、そのうち声を押し殺して泣き始めるのよ」
愛でるような声色で話すキャレルに、聞いていたメアリは愛おしさに笑みをこぼした。
アディが真っ赤になり、さすがに自分が原因だと察してかロベルトもこれには口を挟むまいとしている。そんな中カリカリとせわしなく聞こえる音は、アリシアがノートに書き記している音だ。
「ラングとルシアンとロベルトの三人の取っ組み合い、そばには声を我慢して泣くアディ。あの光景はまさに大惨事と言えるわね」
「そんな酷いことが起こっていたのね……。その状況をどうやって止めたの?」
「メアリ、貴女よ」
「私?」
今回は自分は無関係だと思っていたメアリが、予期せぬタイミングで名指しをされてきょとんと目を丸くさせた。
「騒動を聞きつけたメアリがやってきて、アディに駆け寄るの。それで『アディが泣いてる!お兄様達がアディを泣かせた!』って、それはそれはもう大声で泣き喚いたのよ。全ての発音に濁点がつく勢いだったわ」
雷鳴とさえ呼ばれるメアリの泣き喚く声、それが響けばラング達も我にかえるというもの。──そもそも喧嘩の原因はメアリ愛しさなのだ──
慌ててメアリへと駆け寄り宥め、【拒否】されれば謝罪し、と喧嘩もどこへやらだ。
そうして騒動も一件落着……と、これが定期的に行われていたという。
思わずメアリがクラリと目眩を覚えかけた。お腹をさすり、生まれてくるのがやんちゃな双子だったらと考えてしまう。
「でも、年頃の男の子はみんな同じようなものよね。ねぇパトリック」
「うちは基本的に譲り合い話し合いだ。そっちと一緒にしないでくれ」
「間髪入れずに断言したわね……」
ぐぬぬとメアリが呻きながらパトリックを睨みつける。だが考えてみれば、やかましいアルバート家に比べてダイス家は昔から落ち着きをもっていた。
根本的な違いというものか。もしくは家系か……。
「お嬢、あきらめましょう。俺とお嬢の子なら、どうしたってダイス家のような静かな子にはなりません」
「濃い血を受け継いでしまうのね……。でもダイス家にも波乱の血が入るわよ」
ニヤリと笑ってメアリが視線を向けるのは、満足そうにノートを見つめるアリシアだ。ひと仕事終えたような達成感すら感じさせる。
だがメアリの視線に気付くと僅かに目を丸くさせ、次の瞬間には事態は察したと深く頷いた。
「では、お話しましょう……。私が三歳の頃、孤児院大乱闘でプリンのおかわりを得た日のことを!」
アリシアが意気込む。
それに対してパトリックが伴侶の幼い頃の活発さに──そしてそれが近い未来我が子にも遺伝するであろう気がして──呆れ混じりの溜息を吐いた。
対してメアリは「パトリックだけ涼しい顔はさせられないわ」と悪どく笑い、アディは止める気もないのかお茶のおかわりを準備しだす。
涼しい顔をして傍観者に徹しようとしたロベルトも、遠目にラングとルシアンがこちらに歩み寄ってくるのを見つけると途端に眉間に皺を寄せた。
なんとも賑やかなティータイムではないか。
貴族の、それも地位の高い者達の集まりとは思えない。
それを眺めるキャレルは楽しげで、
「子育てって本当に楽しいのよ」
穏やかに微笑みながら告げ、更に賑やかになるであろう未来を想像して愛おしそうに目を細めた。
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「なんだか周囲が輝きだしたわ。パトリックが近くにいるのかしら」
「そういえば、さっき顔を出すと言っていましたね。……というか眩しすぎません? パトリック様、輝きを押さえてください!」
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「すまない、今朝から輝きが止まらないんだ」
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「パトリック、ごきげんよう。……パトリックなのよね? 眩しすぎて目を開けられないわ」
「俺も眩しくて目を開けられないので手元が危ういんですが、お茶をどうぞ」
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「すまない。しかしどうしたんだろうな、今朝から輝きがとまらなくて、俺自信まぶしくて何も見えない。勘でここまで来た」
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「これはきっとお知らせね。パルフェットさん、パルフェットさん、この声が届いたら返事をしてちょうだい。でも今眩しいから気をつけてね」
(´;ω;)「メアリ様、おひさしぶ……あぁー、なにここ眩しい!!」
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「すまないパルフェット嬢。ところで、何かお知らせでもあるのか?」
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(´;ω;)ノ■¯■
(*■ω■)ゞ スッ
(*■∀■)「ではお知らせします!」
(´■ω■)「『アルバート家の令嬢は没落をご所望です』コミック2巻発売を記念して、ボイスコミックが公開されました!」
「眩しくて何も見えないけど、ボイスコミックって何かしら?」
「眩しくて何も見えませんけど、漫画のコマに声がついた動画のことらしいですね」
(´■∀■)「動画はYouTubeとニコニコ動画で公開されております!」
(´■ω■) 「また、コミックの抜粋シーンに声を当てた本編に加え、ロベルト様が終始ツッコミをいれるコメンタリーバージョンも公開しております!」
(´■∀■)「さらに、ビーズログコミック公式ツイッターではコミック著者の描き下ろしイラストに声優陣+作者のサインを書いた色紙の抽選プレゼント企画も行っております」
(´■ω■)……
(´;ω;)ノ■¯■「最後の挨拶はサングラスを外して……」
(´;ω;)「あぁー! まだ眩しい!」
(´;∀;)「皆様、どうぞよろしくお願いいたします!」
書籍7巻、コミック2巻、発売中です。
また、お知らせしました通り、このたび『アルバート家の令嬢は没落をご所望です』のボイスコミックを作成して頂きました!
YouTube・ニコニコ動画で公開中です!
こちらかなり豪華な声優陣を揃えていただき、感動ものの出来になっております。あのシーンに声が!
抽選でサイン色紙があたるキャンペーンも行っております。詳しくはビーズログコミック公式ツイッターをご確認ください。
どうぞよろしくお願い致します!