21
メアリ・アルバートの妊娠発表のため、それはそれは豪華なパーティーが開かれた。
といっても、メアリのお腹は日が経つごとに緩やかだが主張を強め、それと比例するように周囲も過保護になっていく。メアリと周りの変化を見ていれば誰だって気がつくというもの。
それでも誰一人として指摘することなく過ごし、パーティーが開かれた際にはついにこの日がと期待と祝福をもって発表の時を待ち望んでいた。
そうして迎えた発表の瞬間。
メアリは一身に期待の視線を浴びつつ、緊張も不安も感じずにいた。腰に添えられた手はアディのものだ。片時も離れまいと、大きな手が優しく支えてくれている。
「みなさまにお伝えしたいことがあります」
ゆっくりと、叫ぶでもなく、それでも会場内に伝わるようにとメアリが話し出す。
新しい命を授かった。
それを告げれば会場内が一気に沸き立った。誰もが祝いの言葉を口にし、己のことのように喜んでくれている。給仕の者達もこの瞬間だけは手を止めており、中には涙ぐんでいる者まで居るではないか。
そんな中「メアリ」と声を掛けられた。
ラングとルシアンがこちらに歩み寄ってくる。ラングの手には小さな小箱があり、メアリが何かと問う前に差し出してきた。
「改めて言おう、おめでとうメアリ。これは俺達からのプレゼントだ」
「プレゼント……。お兄様ってば、ここ最近ずっとプレゼントをくれるわね」
メアリが悪戯っぽく笑った。
シルビノで妊娠を伝えて以降、ラングとルシアンは何かとメアリに贈り物をしてくる。
贈り物の内容は様々で、メアリが喜ぶものだったり、生まれてくる赤ん坊の為のものだったり。それどころかアディと一緒になってクッションを贈ってくることもあり、さすがにその時は感謝より呆れが勝った。
だからきっと今日もなにかしら用意してくるだろう、そうメアリは予想しており、そして現にその通りになった。
だが今日は普段の贈り物とは違うのか、ルシアンが「これは特別なんだ」と告げてきた。確かに、今のラングもルシアンも普段のような呆れてしまうほどの興奮はなく、随分と落ち着き払っている。それどころかメアリを見つめる瞳には真剣な色合いさえ見て取れる。
らしくない真剣な兄達の態度に、メアリがいったい何事かと疑問を抱きつつラングから小箱を受け取った。
綺麗に包装されている箱だ。手に取るとわずかに重みを感じる。
「メアリとアディへ、俺達が贈れる最上級のプレゼントだ」
「それに二人の子どもにも……。いや、その先にも、ずっと先に続くプレゼントだ……」
穏やかに微笑むラングとルシアンに見守られ、メアリが贈り物の包みをそっとほどいていく。
そうして最後に残された真っ白な箱をゆっくりと開け……、
「これって……」
と呟いた。
メアリと並んで小箱の中を覗いたアディが息を呑む。
お祝いムードだった周囲もそれに気付いたのか、数人がどうしたのかと不思議そうに視線を向けてきた。
だが疑問の視線に答えてやる余裕は今のメアリにはない。その代わりに、そっと小箱の中にしまわれているものを取り出した。
美しく輝く……懐中時計。
一目で高価と分かる代物だ。だがこの懐中時計の真価は値段ではない。
そこに込められた意味。これを持つ者に与えられる権威。
この懐中時計こそ、アルバート家の当主の証である。
メアリも一度は手にしたものの、正当な跡継ぎとしてこれを手にするのだと宣言して父に突っ返した。あの時と重さも輝きも変わらない。
「お兄様、これ……私に……?」
「あぁ、俺達からメアリへの贈り物だ。受け取ってくれるよな?」
「でも、私は当主の仕事よりも子どものことを優先しなきゃ……」
「もちろん当然だ。だから俺達がメアリを支える……。メアリも、メアリの子どもも支えられるなんて俺達は幸せものだ……」
二人の言葉に、手元の懐中時計を見つめていたメアリがゆっくりと顔を上げた。兄達が自分を見つめている。なんて優しい瞳だろうか。
そして優しさと同時に、確固たる決意の色も見て取れる。
今日この場で、数え切れぬほどの人が見ている中で渡すことで、彼等は跡継ぎをメアリに決めたと宣言したのだ。
その気持ちを理解し、メアリは手に乗せた懐中時計をぎゅっと握りしめた。その手に、自分よりも一回り大きなアディの手が重なる。
「ねぇ、アディ。初めての子育てに当主の仕事……。きっと大変だわ」
「えぇ、大変だと思います。……ですが」
言い掛け、アディが穏やかに微笑んだ。
じっとメアリを見つめてくるのは、その先の言葉を譲ってくれるからだろう。むしろメアリの宣言をお膳立てしてくれたかのようだ。
ならばとメアリも意気込み、アディの手に包まれている己の手を強く握った。
「どんなに大変でも、私達なら大丈夫よね!」
メアリが告げれば、アディが力強く頷いて返してくれた。
その瞬間の歓声といったらなく、メアリの妊娠を聞いた時と同じくらいだ。むしろ祝い事が重なったと先程より興奮しており、周囲では祝杯の声さえ聞こえてくるではないか。
メアリとアディが顔を見合わせる。アディの手がそっとメアリから離れ、一度優しくお腹をさすり、再び腰に添えられると軽く抱き寄せてきた。
「俺達なら大丈夫です」
熱意的な瞳で見つめながらまっすぐに告げてくれるアディの言葉に、メアリの笑みが強まる。
アディが隣に居てくれれば大丈夫だ。それにいずれは我が子も加わるのだから、どれだけ大変だろうと不安なんて一切ない。あるのは期待と希望だけだ。
もっとも、この歓声の中であがる、
「メアリ様、私! 私もいますよ! メアリ様!!」
というアリシアの声や、
「メアリ、お兄ちゃん達もいるからな! あっという間にアディと二人の世界に入っていったけど、俺達は常にメアリを支えるからな!」
「……俺達の可愛いメアリ。出来れば俺達のことも視界におさめてくれ……」
と、横からアピールしてくる兄達の声には、さすがに呆れを抱いて肩を竦めた。
「メアリ様、おめでとうございます」
カリーナとマーガレットからの祝いの言葉に、庭園のベンチに座っていたメアリが微笑んで返した。
肩には柔らかな素材のケープ、膝掛けはやたらと長く足先まで覆っている。両サイドにはクッションが置かれ、綿の入った背もたれもある。
完全に守られたメアリの状況に、カリーナとマーガレットが楽しそうに笑う。二人曰く、毛布に包まれクッションに埋められるメアリの様子は国を跨いでも話題になっていたらしい。
これでは公表したのと同じ、むしろ気付かないふりをするのに苦労した。そう二人に冷やかされ、メアリが照れくさそうに笑った。なんとも恥ずかしい話ではないか。
「メアリ様とアディ様の子供、きっと素敵な子ですね。私達もお会いできるのが楽しみです」
「ありがとう、カリーナさん」
「それに跡継ぎも……。子どもの事はあらかじめ分かっていましたが、まさかこの場で跡継ぎを決めるなんて。メアリ様には驚かされてばかりです」
カリーナの話に、メアリがコロコロと笑う。「ごめんなさいねぇ」という声は我ながら楽しげで謝罪の色は皆無である。
妊娠が分かった際に社交界を揺るがしてばかりだと自覚したが、結局今回も社交界を揺るがすことになった。どうにもこれは直りそうにない。
だからこそメアリが笑えば、カリーナが苦笑を浮かべた。「それでこそメアリ様ですね」という彼女の声には友情が感じられる。
次いでメアリとカリーナが揃えて視線を向けたのは、なにやら考え込んでいるマーガレットだ。何か思いついたのか、先程から真剣な表情でひとりごちている。
「メアリ様とアディ様の子ども、アルバート家の跡継ぎ決定……。これは新しい時代の到来……」
「新しい時代だなんてマーガレットさんってば大袈裟ね」
「きっとバーナードも感化されて、次のステップに進む決意をしてくれるはず。これは求婚されるまたとない機会、極めつけの一手を放つのは今……!」
「新しい時代が来ようとぶれないその姿勢、嫌いじゃないわ」
呆れ半分・友情半分といったメアリの言葉に、カリーナがいつものことだと笑って返す。
だが穏やかな談笑がピタリと止まったのは、「きわめつけのいって?」と幼い声が聞こえてきたからだ。
見れば、ピンクのドレスに身を包みパタパタとこちらに駆け寄ってくるアンナの姿。それを追うのはクラシカルなドレスを纏うエレーヌ。
ラング達が後ろから着いてくるあたり、ここまで案内してくれたのだろう。
「アンナ、エレーヌ、いらっしゃい」
「きわめつけのいって、ってなぁに?」
「それは意中の相手を落とす一言ですよ。ここぞという服装とタイミング、そして最高級の笑顔と共に放ってこそ効果があるというもの」
「アンナに変なことを教えないでちょうだい。アンナ、このお姉ちゃん達は怖いからあっち行きましょうね。あっちにはケーキがあるわよ」
メアリがアンナの肩をさすって誘えば、マーガレットがコロコロと笑う。
「お姉ちゃん達とはどう言うことでしょう」と尋ねてくるカリーナは無視しておく。冷ややかでいて麗しい笑顔で聞いてくる、そういうところが怖いのだ。
当人達もその自覚はあるようで、逃げるメアリの背後から「失礼ねぇ」「えぇ本当に」という楽しそうな声が聞こえてきた。