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 去っていく二人の背を見届け、一仕事終えたとメアリが深く息を吐いた。

 だがこれで全て解決というわけではない。むしろこの領地は今日から変わらねばならない。元が貧富の差が見るに耐えない土地だったからこそ変化は大きく、そのためには相当の労力がいるだろう。

 アンナのように辛い生活を強いられていた者達は当然だが不満も溜まっているはずだし、対して私腹を肥やし裕福な生活を送っていた者達は変化を受け入れ難い。

 両者の溝が深く、未熟な者が次の領主に名乗りをあげれば、今まであった貧富の差に争いの火種が投下されかねないのだ。

 それを踏まえ、メアリがさてと周囲を見回した。


「あらあら大変、どうしましょう。誰か助けてくれないかしらぁ。ダレカー」


 とわざとらしく声をあげる。――隣に立つアディが「大根役者」と呟いたが、その足を踏みつけることで黙らせておいた――

 このメアリの言葉に、誰より早く反応したのがアリシアだ。


「メアリ様、どうなさいました! 私がお助けします!」


 と勢いよくメアリの前まで駆けつけてくる。

 その後ろをパルフェットが涙目で「わ、私もメアリ様のお役にぃ……」と追ってくる。

 そんな二人を前に、メアリがにっこりと微笑んでみせた。


「今回の件、いくらアンナの為とはいえ、勝手な行動を取りすぎてしまったわ。両陛下からお叱りを受けたらどうしましょう。コマルワー」

「大丈夫です! お父様もお母様も分かってくださいますし、私からちゃんと説明します!」

「本当? アリシアさんは頼りになるのねぇ。でも領地の事が心配だわ。アルバート家からは距離があるから通うわけにはいかないし。コマッタワー」

「そ、それなら、私が……! 私とガイナス様が、この土地を見守りますので、任せてください……!」

「よかった、パルフェットさんにお願いすれば大丈夫ね。二人とも、お願いね」


 メアリが特上の笑顔で頼めば、アリシアとパルフェットが意気込んで「はい!」と声をあげた。

 次いでメアリが視線を向けたのはパトリックとガイナスだ。伴侶がメアリを好きすぎるあまりに即決したことに、彼等は異論を唱えるどころか仕方ないと肩を竦めている。


「まぁ、もとより根こそぎ奪いとるつもりだったからな。俺も最後まで協力するよ」

「だからパトリック様はさらっと物騒な事を言うのを……。いえ、もう俺は何も言いません。メアリ様、ご安心ください。新たに領主に就いた者とは密に連絡を取り合うようにし、メアリ様にも報告します」


 彼等らしい了承の言葉に、メアリが穏やかに微笑む。

 そうしてアリシアとパルフェットにこそりと耳打ちし、彼等を伴侶のもとへと返した。

 アリシアが勢いよくパトリックに抱きつく。――パトリックが小さく「うぐっ」と呻いたが、いつもの事である――それに続くようにパルフェットもまたガイナスに抱きついた。

 そうして二人が揃えたように伴侶を見上げて「頑張りましょう!」と笑顔で告げるのだ。これには男二人もまた揃えたように表情を緩めさせた。

 権威ある男の表情が、伴侶愛しさに一瞬にしてとろけてしまう。口々に返す「二人で頑張ろうな」という言葉のなんと甘ったるいことか。

 メアリがしてやったりと笑みを浮かべる。これならば彼等の権威も手腕も最大限に引き出せるだろう。

 次いで、このやりとりを「さすがメアリ」と見守っていた兄達へと向き直った。メアリの視線に、今度は自分達の番だと察して彼らが早々に意気込む。


「今回の決定、きっと反対意見もあがるわね。特にシルビノの貴族や裕福な方々は暴利をむさぼってたみたいだし。でも私」

「あぁ、お兄ちゃん達に任せてくれ! メアリの為ならなんだってやってやるからな!」

「最後まで言わせてちょうだい。でも私、手荒なことは」

「……メアリの為ならば、どんな荒事だって喜んでやろう。俺達の手がどれだけ汚れようと、メアリの手は汚させない……」

「ありがとう。でもまずは最後まで話を聞いて欲しいの。でも私、手荒なことはしたくないから」

「こういう事は早い方が良いかと思います。アルバート家に戻り次第、反論を唱えそうな者達を調べあげましょう」

「……お願いするわ」


 ロベルトにまで遮られ、メアリがうんざりとした声色で返す。

 これもまた兄達のやる気の表れなのだろう……と自分に言い聞かせておく。用件は結局言わず終いだったが、三人のうち誰か一人でも察してくれれば問題ない。

 そう考え、あとは皆に任せようと一息吐いたメアリに、パトリックが「メアリは何をするんだ?」と声を掛けてきた。


「何って、私は何もしないわよ」

「言い出したのは君だぞ? まさか高みの見物としゃれ込む気じゃないだろうな」

「あら失礼な言い分ね。今の私はあれこれと忙しく働くわけにはいかないのよ」

「それは分かるが、ここまで来れたんだから大丈夫だろう。それに長引くものでもない」


 少しは領地改善のために働いたらどうだと言いたげなパトリックに、メアリが眉間に皺を寄せた。随分な言い草ではないか。

 確かに領地を管理するのは大事だ。困窮に苦しんでいた者達が一日でも早く平穏な生活を送れるように、自分達は全力を尽くさねばならない。それこそが身分ある者のつとめである。

 だが今のメアリは別だ。なにより大事にすべきはお腹の子供。

 それを踏まえて言っているのであれば、なんて失礼なのだろう。

 そうメアリがパトリックを睨みつければ、その隣ではアディが違和感を覚えているのか不思議そうに首を傾げている。


「パトリック、あなたそんな考えをもつ人だったのね。残念だけど当分わたしは安静にしてるつもりよ」

「安静だなんて大袈裟だな。確かに辛いとは思うが……」


 パトリックが視線を落とす。

 メアリの瞳を見つめていたが、その視線が下へ……メアリの腹部へと向けられる。

 そうして口を開き、


「胃もたれなら、安静というほどのものじゃないだろ」


 と、はっきりと『胃もたれ』と口にした。

 メアリがきょとんと瞳を丸くさせる。アディに至っては錆色の目を細め「こんなこと以前にも……」と記憶を遡っている。

 パトリックに抱きついていたアリシアが、不思議そうにメアリへと視線を向けてくる。


「メアリ様、また胃もたれですか?」

「またってなによ失礼ね。万年胃もたれしてるように言わないでよ」

「コロッケの食べ過ぎですか? それとも渡り鳥丼? さすがに渡り鳥丼のコロッケのせは重すぎると思いますよ」

「だから違うって言ってるでしょ! ひとを食いしん坊の権化みたいに言わないでちょうだい! そもそも渡り鳥丼のコロッケのせなんて……ふむ、有りといえば有りね」


 新メニューにしようかしら、とメアリがごちれば、アディが腕を突っついてきた。

 今その話をしている場合ではない、と言いたいのだろう。

 確かにとメアリが一度頷き、この話題は流しておく。確かに今は渡り鳥丼の事を考えている時ではない。新メニューの考案は今回の件が落ち着いてからだ。

 だからこそ改めて「なんと言われても私は安静にするわよ」と宣言した。

 パトリックとアリシアが不思議そうに見つめてくる。彼等は心の底から胃もたれだと信じているのだろう、だからこそ「他にいったいなんの理由が?」と疑問でならないのだ。――それも失礼な話だ――

 彼等だけではなくパルフェットやガイナスも、それどころか兄達までもがどうしたのかとこちらに視線を向けてくる。唯一理由を知っているロベルトとアンナの笑みと言ったらない。

 そんな視線を一身に受け、メアリは隣に立つアディを見上げた。彼もまた穏やかな笑みを浮かべている。幸せでたまらないと言いたげな、なんとゆるんだ表情だろうか。

 メアリもまた自然と笑みをこぼし、自分の腹部に手を添えた。もちろん胃ではなく腹部だ。


 まだぺたんこだが、たしかにここに居る。


「私は安静にしてなくちゃ。当分はふかふかのクッションに埋もれながら、母親になるための勉強よ。ねぇアディ?」

「それなら俺は、ふかふかのクッションを用意しつつ、父親になる勉強ですね」


 そう互いに微笑み合えば、場が一瞬シンと静まり……、

 そして僅かな間があいた後、いっせいに声があがった。


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