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8―4

 


 そう考えれば考えるほど、そして向けられる視線に怯えの色が強まるほど、そうならないようにと努めてやっていたメアリの胸に苛立ちが積もっていく。

 確かに変わり者で、貴族らしからぬ奇行は多かったかもしれない。だが他の生徒達のように無暗に権力を振りかざすことはなかったし、学園側に迷惑をかけたことなど一切ない。

 肩がぶつかっただの、挨拶も無しに前を横切っただの、そんな気に掛けるまでもない些細なことで従業員たちの職を奪ったりなど考えもしなかった。


 我儘と言えば食堂のメニューに丼物を追加させたくらいだろうか。もっとも、あれだって事業拡大を目論む父親と手を組み、学園長と食堂の管理者と従業員全てに了承を得てからのことだ。

 その結果充実した食堂ライフを送れているわけなのだが、受け入れてもらうのは中々に骨の折れるプレゼンだった。……まぁ、その際に便乗してコロッケもメニューに追加させようとしたのだが、無許可でお抱えのシェフを連れて来て調理場を占拠するような生徒よりマシだろう。

 あと目立つ奇行と言えば自転車通学か。あれだって安全運転とマナーを心掛けているのだから誰にも迷惑をかけていない。


『褒められるようなことはしていないが、咎められるようなこともしてない』


 というのが、現状メアリが自分自身に下している評価だ。

 勿論こんな風に糾弾されるような謂れはないし、恐れられるような態度を取った覚えもない。なにより、そもそもが冤罪である。


 ……あぁ面倒臭い。いっそ本当に潰してさしあげようかしら。


 彼等が糾弾している『悪役令嬢メアリ』の通りに、親の権力を行使して、横暴な嫌がらせをして、そうして果てには彼等を蹴落としてやろうか。

 ――没落が目的ならば糾弾された結果に負けを見なければならないのだが、流石にこの流れでの負けはメアリ・アルバートのプライドが許さない――

 だからこそメアリの心の中にふつふつと怒りに似た敵意が沸き上がる。


 彼等の家は確かに名家ではあるが、アルバート家やダイス家ほどの大きさではない。今回の件をメアリが話せば、アルバート家は娘への侮辱と彼等の家を潰しにかかるだろう。

 となればどうなるか、考えるまでも無い。

 なにせアルバート家の恨みを買ったのだ、一族と名誉のため原因である息子と縁を切る家が殆どだろう。非道と言うなかれ、貴族というものは時に情よりも立場を取らなければならないのだ。

 逆に言えば、それが分かっているからこそ彼等だけ(・・・・)を潰せる。


 それでも仮に息子と共に罪を背負う覚悟の親が居たとして、ならばその通りに没落させてやるだけだ。息子の罪は親の罪……とまでは言わないが、一緒に堕ちたいのならその意思を尊重すべきだろう。

 その家で働いていた者に関しては受入れ口を用意すれば良い。いや、アルバート家没落の為に用意していた受入れ口を、そっくりそのまま使えばいいだけの話か。


「あら、案外に簡単な話じゃない」と、メアリがクスリと笑みを零した。

 当然、その笑みに誰もが肩を震わせ、祈るような気持ちを露わに彼女の次の言葉を待つ。

 だがメアリはそんな視線に応えてやる気はなく、むろん先程の死刑宣告と同様の言葉を撤回してやる気もない。

 それどころか茶番に付き合いきれないと言いたげに小さく息を吐き、さっさとこの場を去るべく上品に頭を下げた。


「お話はもう終わりとお見受けしました。では、失礼させていただきます」

「あ、待ってくれ……俺達は……」

「あら、まだ何かお話がございますの?」


 歩き出そうとするメアリを、生徒会役員達が呼び止める。

 最早そこに数分前までの迫力も、普段彼等が纏っているカリスマ性も感じられない。声もどこか震え、メアリが足を止めて彼等に視線をやってもまた黙り込んでしまう。

 アルバート家の怒りを前にして、カレリア学園の生徒会役員達もただの学生に成り下がったのだ。圧倒的な立場の差と、そもそもメアリが冤罪だということを考えれば、むしろ青ざめても立っていられるだけマシと言うものか。

 そんな彼等に対し、情けをかけることも助け舟をだしてやる気も起きず、メアリが疲れたと言いたげに溜息をついた。嫌悪感すら感じられるその溜息は、相変わらず令嬢らしくも変わり者らしくもない。


「随分と楽しいお話を聞かせていただき、私とっても満足していますの。これ以上なにをお話してくれるのかしら」


 熱でうなされているメアリを呼び止め、実は仮病で裏で画策していたのだろうと。

 毎日学校帰りに見舞いを買ってきてくれるアディに、実は彼こそが実行犯だろうと。鼻で笑いたくなるほどの浅はかな推理を披露してくれた。

 おまけに、二人が虐めたのはアリシア。毎日花や紅茶を見舞いにとアディに持たせてくれた彼女を、メアリとアディが虐めたと言っているのだ。


 なんて浅はか、てんで見当違い。

 これを屈辱と言わずに何ととる。


 そうメアリが淡々と告げ、改めて「失礼いたします」と頭を下げた。

 暗に「二度と呼び止めるな」と言っているのだ。流石はカレリア学園の生徒会役員達である、取り縋る余地もないと察し、青ざめていた顔色を更に悪くした。

 これは彼等にとって死刑宣告に等しい。少なくとも、『カレリア学園生徒会役員』は今日をもって終わりを告げるだろう。

 おまけに、メアリの堂々とした態度を見ている内に彼等の胸のうちに『冤罪』という単語さえ浮かび始めてきたのだ。いや、今はもう確信に近い。

 だからこそ彼等は何も言えずにいた。

 それは野次馬達も同様で、誰もが表情を青ざめ、中にはシラをきるように他所を向いている者さえいる。


 空気はシンと静まって、気温とはまた違った寒さが周囲を包む。

 その重苦しい空気に、メアリが付き合っていられないとでも言いたげに鼻で笑うと、この場を去るべく歩き出そうとし……


 パン!


 と手を叩いたアディの



「さすがメアリ・アルバート様! お見事!」



 という、上機嫌な声に目を丸くして足を止めた。

 ……。

 …………寒気すら感じられる空気が、言い様のないものに変わる。


「アディ、貴方この冷ややかな空気を一瞬でぶち壊してくれたわね。どうしてくれるのよ、全員反応できずにいるわよ」

「駄目ですよお嬢、病み上がりなんですから冷たい空気にあたってたらまた熱がぶり返しますよ」

「……えぇそうね。随分と体が冷えてしまったわ」

「食堂で暖かいものを飲みましょう。食堂のおばちゃんが『丼飯のお嬢さんは大丈夫なの?』って心配してましたから、顔を出せば喜びますよ」

「ちょっと待って、今なんか聞き捨てならない単語が!」


 先程の冷ややかな空気はどこへやら。

 一瞬にして普段通り変わり者の令嬢に戻ったメアリに。誰もが気圧されるようにそのやりとりを眺めるだけだった。

 ……と、そんな異質な空気を破ったのは、もう耐えられないと言いたげに笑いだすパトリック。常に冷静、どんな時でも感情を露わにせず、その美しさと合わさって時に機械のような冷たい印象さえ与えかねない彼の、まるで年相応の笑い方に(みな)が更にギョッする。


「メアリ、まったく君ってやつは」

「なにご機嫌に笑ってるのよ。病み上がりの女を捕まえてこんな茶番に付き合わせるなんて、失礼にも程があるわよ」

「そうです、パトリック様ってば酷いです! メアリ様にこんなことさせるなんて!」

「アリシアさん、肩を持ってくれるのは有難いけど、そんなに脹れっ面を晒してると田舎臭さに拍車がかかるわ」

「だって、メアリ様は”チエネツ”という病にかかられて、ようやく学校に来られたのに、それなのにこんな仕打ち!」

「アディ、あんた屋敷内に飽きたらず、学校でも言いふらしてたわけ!? 誰より断罪されるべきはあんたじゃない!」

「ほ、ほらお嬢、早く食堂に行きましょう! ホームルームに間に合わなくなりますよ!」

「この状況でホームルームなんてまともにやれるわけないでしょ!」


 逃げるようにさっさと歩き出すアディに対し、メアリが文句を言いながら後を追う。

 が、追いつくも「これじゃおちおち休めもしない」と不満そうに彼を睨み上げるだけなのだ。処罰など微塵も考えていないその姿は普段のメアリらしくあり、それでいて先程までのアルバート家の令嬢らしさはない。

 まるでスイッチを切り替えたかのような変わりように誰もが唖然としていると、事情を知るパトリックがクツクツと笑いながらメアリの名前を呼んだ。


「メアリ、悪かったな。どうしても証明したかったんだ」

「証明? あんな茶番で証明できるものなんて、たかが知れてるでしょ」

「そう言ってくれるな。君のことを勘違いしてる奴が多すぎて、中には俺が君に愛想をつかして婚約破棄したなんて言い出すものもいるんだ。だからどうしても、証明したかった」


 未だ硬直状態の生徒会役員を横目に、パトリックがメアリへと近付く。

 そうして目の前に立つと、しなやかな手でそっとメアリの銀色の髪を撫でた。

 綺麗な手だ、とメアリが思う。彼の手は細くしなやかで、男らしくもあるが美しくもある。この手を差し出され、自分の手を添えて返した回数は最早思い出せないほどだ。

 その手がそっと自分の髪を撫でるも、相変わらず心拍数は平均値。ときめくことも無ければ、髪を撫でられて嬉しいとも思えない。

 ――あえて言うなら、髪形が崩れてしまうかもと思ったが……まぁ、超合金ドリルがこの程度のことで崩れるわけがないと即座にその思考を追いやった―――

 そうしてメアリもまた彼を見つめ返せば、パトリックの色濃い瞳がやんわりと細くなり、ゆっくりと惜しむように口を開いた。


「アリシアとさえ出会わなければ、俺にとって君は最善(・・)の結婚相手だったよ」


「あら、最高の褒め言葉ありがとう。逃した魚の大きさに気付く程度の良識は持ち合わせていたみたいで嬉しいわ」


 パトリックの褒め言葉とは到底思えない発言に、メアリが嬉しそうにコロコロと笑って答える。

 勿論そのやりとりに周囲は着いていけず唖然としているが、彼等のこのやりとりは互いに尊敬しあっているからこそと知っているアリシアとアディが、揃えたように顔を見合わせて苦笑を浮かべた。


 そして今度こそ立ち去るべくメアリが歩き出す。

 去り際の「お昼休みにでもお会いしましょう」という言葉は、勿論彼女なりの謝罪要求だ。

「昼休みに謝りに来れば許してやる」と。

 このなんとも分かり難い捻くれた寛大さに、アディとアリシアが顔を見合わせて肩を竦め、パトリックが苦笑を浮かべながらも頷いて返した。



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