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11

 

 ラング達はやはりエルドランド家に戻ってきたのだが、その際の彼らの、


「偶然だなぁ、たまたまエルドランド家のガイナスに挨拶でもしようと思ったんだが、まさかメアリ達がいるなんて。まったくもって偶然だ」

「……きっとこれはメアリの日頃の行いが良いから、俺達を引き合わせてくれたんだ。……これはもはや奇跡」

「はいはい、偶然です奇跡です。ガイナス様、突然の訪問お詫びいたします」


 といった言い訳の白々しい事と言ったらない。やはり三人組だ。

 だが今更それを言及する気にもならず、唯一ガイナスだけが律儀に彼らの偶然説に話をあわせて迎え入れていた。「偶然ですが皆様のお食事も用意してあります」という彼の言葉もまた無理がある。



 そうして夕食をごちそうになり、各々用意された部屋で就寝となった。

 メアリにも一室用意してもらったが、そこには荷物だけを置いてアディの部屋へと向かう。ここまで団体で移動していたのだから、今だけは二人きりで……もとい、三人で過ごしたい。

 そう考えていたのだが、アディの部屋のベッドの上ではアンナがスヤスヤと寝息を立てていた。大人二人どころか三人でも眠れる大きなベッドの中央に、コロンと転がるように丸くなって眠っている。まるで子猫のようだ。


「エルドランド家のメイドに面倒を見てもらおうと思ったんですが、ぐずってしまって……。夜中に起きて泣かれても困るので、俺の部屋で寝かせることにしました」

「そうなのね。それなら仕方ないわ」

「申し訳ありません、せっかく二人で過ごそうと部屋に来てくださったのに」

「謝ることじゃないわ。むしろ、ここでアンナを蔑ろにして私といちゃつきたいなんて言い出したら、部屋から蹴り出してやったもの。……それと、二人じゃないでしょ」


 クスクスと笑いながらメアリがお腹をさする。

 それに気付き、アディが「三人ですね」と言い直した。なんて嬉しそうな表情だろうか。

 次いでメアリの手を取ると、ベッドに腰掛けるように促してきた。眠るアンナを起こさないよう、ゆっくりとベッドの縁に座る。


「安静に過ごすべきところを、こんな騒動に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」

「大丈夫よ。それに、私のこの性格じゃこの子が生まれるまで安静なんて退屈で仕方ないわ」


 冗談めかして告げれば、アディも苦笑を浮かべた。

 生まれた時からずっと隣に居てくれた見慣れた笑顔。だがこの笑顔はいずれ『父親の顔』になるのだから、なんとも不思議な話ではないか。

 自分もアディも幼い頃から何一つ変わっていない気がするが、どうやらメアリの気づかぬところで着実に変化していたらしい。


「私、ちゃんとこの子を育てられるかしら」

「不安ですか?」

「誰だって初めて挑むことには不安を抱くものよ。アディは子守の経験が豊富だから良いでしょうけど」


 私は未経験だもの、とメアリが拗ねるように呟く。

 アディだけではない、パトリックは弟達の相手で慣れているし、アリシアに至っては子供の相手はお手の物だ。パルフェットも随分と慣れていたようだし、自分と同じに違いないと踏んでいたガイナスもアンナに対しては自然に接していた。

 自分が一番、いや、自分だけが子供の相手に慣れていない。そんな自分が母親になるのだ。これを不安に思うのも無理はないだろう。


「没落を目指した時も、渡り鳥丼屋開店の時も、跡継ぎ争いに名乗り出たときも、フェイデラの誉め語録出版に向けて動いている今も、これほど不安になんてならなかったのに……」

「お嬢……。大丈夫ですよ。お嬢一人で育てるわけじゃありません。みんな協力してくれるし、なにより俺が一緒ですから」


 宥めるようにアディが肩をさすってくる。

 暖かく大きな手だ。触れられるだけでメアリの不安も溶けていく。


「子育てだろうと、俺と一緒なら不安になる必要はありません。なにせ俺がお世話をしていた令嬢は、いまや世界一の淑女になりましたからね」


 自分の実績を誇るアディの言葉に、メアリが僅かに目を丸くし……次いで「馬鹿ね」と笑みをこぼした。

 彼の言う『世界一の淑女』とは他でもないメアリの事だ。


「でもそうね、アディと一緒なら子育てだって大丈夫だわ」


 苦笑と共に告げるメアリの声には、すでに不安の色はない。

 それどころか、不安が拭われるやふわと欠伸が漏れてきた。気分が晴れれば次にくるのは眠気だ。

 もう寝ようと声を掛け、ゆっくりと横になった。丸まって眠っていたアンナが、ベッドが揺れたことに気付いたのかもぞもぞと体勢を変える。


 落ち着かせるようにそっとお腹に触れ、「あったかい」と呟いた。

 以前に、子供はもとより体温が高く眠るとさらに体温があがると聞いていたが、まるで湯たんぽのようではないか。もちろん熱がでているわけではなく、当人は心地よさそうにぐっすりと寝入っている。

 こんなに暖かいのね……とメアリが囁きつつ、アンナの額に掛かった髪を指で払ってやる。アディと同じ錆色の髪だ。


「私達の子供の髪色はどうなるのかしらね。アディに似た色か、私の色か……。アディの色でドリルになるかもしれないわ」


 産まれるどころかまだお腹もぺたんと平らだというのに、想像だけは膨らんでいく。

 性別も、髪の色も、瞳の色も、なに一つとして分からない。

 だが確かにメアリのお腹にいるのだ。それだけは確かだからこそ、期待と想像が膨らんでいく。

 そんな想像に沸き立つメアリに、アディが苦笑を浮かべた。彼もまたアンナの隣に横になる。小さな子供を間に挟んで、まるで親子のようだ。


「まだ時間はありますから、ゆっくり考えましょう」

「そうね。今はまずアンナのことを考えてあげなきゃ。アンナとお母様を救い出して、領主をこてんぱんにするのよ!」

「そうやって意気込むと眠れなくなりますよ。明日は早いんですから」


 ね、とアディに促され、メアリが頷いて返した。これでは自分までも寝かしつけられる子供のようではないか。

 眠気とくすぐったさが相まって、自分も眠ろうと微睡みながら目を閉じ……、


「寝かしつけと言えば絵本を読んであげたいんだけど、どんな絵本がいいかしら! 世界中から素敵な絵本を取り寄せましょう!」


 と、カッと目を見開いた。

 だが次の瞬間、二人の間に眠っていたアンナがもぞもぞと動いた。言葉にならない猫の鳴き声のような寝言を口にし、最後に「しずかにしてぇ……」と訴えてくる。

 これにはメアリとアディも顔を見合わせ、どちらともなく苦笑を浮かべると「おやすみ」と言葉を交わして眠りについた。



 メアリが夜中に目を覚ましたのは、これといって理由はなく、偶然である。

 普段であればそのまますぐに再び寝入っていただろう。もとよりメアリは寝覚めが悪く、起きねばならない朝だっていつまでも布団の中でモゾモゾしているタイプなのだ。

 だが今夜だけは妙に意識がはっきりとし、軽い寝息をたてるアディを起こさないようにとゆっくりと身を起こした。

 薄暗い中、周囲を見回してここがアルバート家の屋敷でないことを理解する。

 そうだ、エルドランド家に泊まっていたのだ……と、それを理解するのとほぼ同時に、部屋の一角に置かれているソファーに小さな人影を見つけた。


「アンナ、どうしたの?」


 ベッドから降り、ソファーにうずくまるようにして座るアンナの元へと向かう。

 具合でも悪いのかと尋ねるも、どうやらその心配はないようだ。小さな声で「おきちゃった」と呟いた。


「まだ起きるには早いわ、もう少し寝ましょう」

「……でも」

「なにか不安でもあるの? それとも眠る前には本を読んだ方がいいのかしら。昔話? 一曲披露しましょうか?」


 子供の寝かしつける方法など分かるわけがなく、メアリがあれこれと提案する。いずれ産まれてくる我が子のために色々と考えているが、いざとなると何をしていいか分からなくなる。

 そのうえどれもアンナをベッドに戻すほどの効果はなく、彼女はしゅんとうなだれたままだ。部屋の暗さもあり、その姿は悲壮感を誘う。

 ……が、次の瞬間、キュルルルと高い音が微かに聞こえてきた。

 アンナが慌てて身を縮こませ、自分の腹部をかばうようにぎゅっと両腕で覆う。


「お腹がすいて眠れないのね。夕飯前に寝ちゃったから仕方ないわ」


 原因がわかり、メアリがほっと安堵の息を吐いた。

 具合が悪かったら大問題だし、母恋しさに泣かれるのも困りものだ。だが空腹ならばメアリでも対処できる。お腹いっぱいになったらきっと眠気も戻ってくるだろう。


「よし、私がなにか美味しいものを持ってきてあげる!」

「……いいの?」

「えぇ、だからちょっと待っていてね」


 アンナの頭を撫でてれば、彼女も嬉しそうに瞳を細めた。

 暗い部屋のため錆色の髪はより色濃く見え、ふわふわの髪を指先に絡めればなんともくすぐったい。

 そうして部屋を出れば、「いってらっしゃい」という小さな声が聞こえてきた。



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