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 アルバート家にあるメアリの自室。

 質の良い机には大量の手紙が山を成していた。宛名はどれもメアリ、差出人は様々。

 その横では贈答品が更に高い山を作っているが、これは本山ではない。贈答品はあまりに量が多く別室に置いてあり、その中からメアリがめぼしいものを見繕って自室に持ち込んで出来た山だ。


 これらはすべて、先日のパーティーの返礼である。

 メアリ達が帰国するや続々と届き始め、まだ数日しか経っていないというのにこの有様だ。そのうえまだ届き続けているらしく、メイドや給仕が箱を抱えてパタパタと屋敷内を歩き回っているのを頻繁に目にする。

 今もアディが四通の手紙を手に部屋を訪れ、それをベッドに横たわるメアリの腹の上に置いた。メアリの腹の上にはすでに十通ほどの手紙が置かれている。


「みんな律儀よねぇ……」

「そりゃアルバート家次代初のパーティーですから、呼ばれた方はこの機会を逃すまいと考えますよ。先程のは同じ家から、当主・夫人・二人の子息と別々に届いています」

「みんな仲良く一枚の便箋に収めてほしいところだわ」


 間延びした声を出しつつ、メアリが腹の上から一通抜き取って中を読み始めた。

 当たり障りのない挨拶から始まり、パーティーを褒め、主催であるメアリを褒め、協力した兄達を褒め、そしてまた……と縁を作る言葉で締める。多少の違いはあるものの、どれも同じような手紙だ。

 どこかにお手本でもあるのかしら……と、そんなことを考え、メアリはまた一通封筒を手に取った。これも同じような内容だろうと考えると気が滅入るが、目を通すのは主催の義務だ。

 贈答の品に感謝の手紙を出すまでがパーティーである。


「これも同じ……。あら、夫人は私の前世の記憶について触れてるわ」

「なんと仰っていますか?」

「『メアリ様の不思議な知識について、詳しくお聞かせ願いたいと思います。つきましては、ぜひお茶会に……』なるほど、お茶会の誘いね」


 読み終えた手紙を腹の上に戻し、メアリが盛大に溜息を吐いた。

 起き上るためにもぞと動けば、アディが腹の上の手紙を回収していく。そうして代わりに差し出してくる紅茶を手に、メアリはベッドの縁に腰掛けた。


 手紙は山のように届いており、そのどれもが当然だが先日のパーティーについて触れている。

 中にはメアリの重大発表――言わずもがな前世の記憶についてである――についても触れており、驚愕した、聞き入った、感銘を受けた、と反応は様々だ。

 ……様々なのだが、あくまで興味程度。それも『詳しくお聞かせ願いたい』と興味を示しつつ、あわよくばメアリと親交を築こうとしているのが文面から伝わってくる。

 なかには、メアリの前世の記憶について聞きたいのに、なぜか『ご友人も一緒に』と提案してくる者もいるのだ。メアリだけでは足りず、王女アリシアや伴侶のパトリック、隣国名家ガイナスといった面々とも繋がりを持とうとする。その強欲さにはむしろ感心するほどだ。

 彼等にとってメアリの前世の記憶などその程度。メアリを自分の家のパーティーや茶会に招きツテを作るためのきっかけでしかない。


 友人達からの手紙でさえこの調子である。

 パルフェットは若干滲んだ文字で――多分手紙を書きつつメアリ会いたさに泣いたのだろう――『こちらには無いお菓子やケーキの記憶はありますか?』と尋ねてくるし、ガイナスは『渡り鳥丼屋の秘蔵のタレは前世の記憶ですか?』と明後日な事を聞いてくる。――メアリは彼への返事には便箋いっぱいに『マイナス十点』と書いておいた――

 マーガレットからの手紙に至っては、九割方バーナードとの惚気で埋め尽くされており、律儀に最後まで目を通したメアリは「これに返事をしなきゃいけないのね」と弱々しい声で力無くペンを取った。


 中でもアリシアからの手紙は相変わらずで、『前世の記憶について詳しくお話を聞きたいので、ぜひお茶をしましょう』というものだった。この文面だけを見れば常識的なものであり、メアリも幾度と読んだものだ。山を成す手紙の中にも同じ文面が認められたものが何通もあるだろう。

 ……だがアリシアはこの手紙を持参してアルバート家を訪ねてきた。

 そしてメアリに手渡すと、受け取った手をそのまま掴んで王宮へと連れ出してしまったのだ。

 結果、メアリがアリシアの手紙を読んだのは、彼女に連れ出された先でお茶を飲みながら。これには返事をする気にもならず、彼女の分のケーキを一口奪うことで返しておいた。


「私はあれだけ悩んだのに、皆にとってはそんなものなのかしら」


 拍子抜けしちゃう、とメアリが溜息を吐けば、隣に腰を下ろしたアディが苦笑する。


「皆、前世よりも今のお嬢が大事なんです。お嬢がお嬢らしく居るからこそですよ」

「私が私らしく、ねぇ」

「これからもお嬢らしく居られるように、俺が隣で支えますから」


 ねぇ、と話しかけてくるアディに、メアリもまた微笑んで返した。

 彼の手が腰に添えられる。今までずっと支えてくれた手が、これからもずっと支えてくれるという。なんと暖かく、そして頼りがいがあるのだろうか。


 主従であった時は隣に立ち、支えてくれていた。

 前世の記憶が蘇り、記憶をなぞって行動していた時も隣に立ち、支えてくれていた。

 そして伴侶となった今は隣に立ち抱き寄せ、支えてくれている。


 メアリがメアリで居続けるならアディも変わらず隣にいてくれる。

 それは昔から変わらぬ事実で、前世の記憶すら割って入れぬ仲なのだ。


「アディの言う通り、私は私らしく、当分は『お嬢』でいようかしら」


 そう悪戯っぽく笑むと、『お嬢』と呼んでくる彼の唇に軽くキスをした。





6章これにて完結です!

楽しんで頂けましたでしょうか?


まだ短編等あげていく予定ですので、お付き合いいただけると幸いです。

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