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8―2

 

 メアリが学園を休んだ直後、まるでタイミングを見計らったかのようにアリシアへの卑劣な嫌がらせが始まった。

 教科書を引き裂き、気づかぬうちに制服を汚す。果てには不意をついて水をかぶせ……と、とうてい貴族の令嬢らしからぬ外道な行為だ。となれば、学園の品位に傷が付くと生徒会が犯人探しを始めるのも頷ける。

 とりわけ、生徒会長のパトリックはさぞや熱心に――それでいて冷静を装い――犯人探しをしていたことだろう。

 そうして挙がった名前が、メアリ・アルバートだ。


「生徒会長と婚約を破棄され、それを逆恨みした。それが動機なんだろう?」


 淡々と語る副会長に、メアリが「そんなこともあったわね」と返した。

 ――ちなみに、その件に関して疑われることに非を感じたのかアリシアが息を飲んだが、アディが「気にすることはない」と彼女の肩を叩いた――


「それに、君は普段から令嬢らしからぬ行為を繰り返している」


 そう話すのは会計だ。普段は温厚な彼も、流石に今は険しい表情を浮かべている。

 それを受けたメアリが静かに「あら、失礼ね」とわざとらしい不満を露わにした。……思い当たる節は山ほどあるが。


「アリシアへの虐めは君が休んでから始まった。君は体調を崩して家に居ながら、その従者を使って嫌がらせを行っていたんじゃないか?」


 会計の視線がアディに向かう。

 それを受け、アディが意外そうに「俺ですか!?」と自らを指さした。

 メアリもまた同様に、「いったい会計様は何を言ってるのかしら」と思いつつも、それでも一応アディの様子を伺った。驚く余裕すらないのか、唖然としたアディの表情は間抜けにさえ見える。

 が、彼の心情を考えればこの表情も仕方ないだろう。


「確かに俺はお嬢が……メアリ様が休まれてる間も学校に来てました。でも授業が終われば直ぐに帰ってたし、嫌がらせする時間なんてありませんよ」

「だが聞いた情報によると、君は真っ直ぐにアルバート家には戻らずどこかに寄っていたらしいじゃないか」

「えぇ、そりゃ……」


 今一つ彼等の言いたいことが分からず、それでも共犯扱いされているのは感じているのか、アディが気まずそうに表情を渋めながらも質問に返す。

 歯切れの悪いその口調から考えるに、名門貴族ばかりの生徒会役員からの尋問はさぞ居心地が悪いのだろう。


「帰ると見せかけて、また学園に戻ってきて色々と仕込んでいたんじゃないか。そう考える生徒もいるんだが」

「そんな! なんだってそんな面倒な真似をしなきゃいけないんです」

「なら正直に答えればいい、君はアルバート家に戻らず、いったいどこに寄って何をしていたんだ?」


「メアリ様が食べたいっていうから、市街地でコロッケ買ってました」


 ……。

 …………。


 シン、と静まった空気の中、ポツリと呟かれたメアリの「栄養源よ!」という言葉だけがやけに響いた。


「……それが早く帰る理由か?」

「えぇ、そうです」

「それを俺達に信じろと言うのか?」


 腹立たしげな副会長の言葉に、アディが困ったようにメアリに視線を向けた。どうしましょうか……と言いたげなその視線に、メアリが肩を竦める。

 信じるも何も、すべて事実なのだ。

 アディは毎日学校が終わると市街地へ向かい、コロッケを買って帰っていた。勿論それはメアリの為で、病人の見舞いに油ものはどうかと思われるが本人の希望なのだから仕方あるまい。


 だがそれを貴族である生徒会役員に信じろと言うのも無理な話で、一部は「コロッケって何だ?」と首まで傾げている。

 根本的な食事レベルが違うのだ、庶民食の代表であるコロッケを知らないのも無理はない。

 ――それをアルバート家の令嬢が好んで食べているというのもまた問題なのだが、今はそれを問題視している場合ではない。それに、好物と言うのは変えろと言われて変えられるものでもないし――

 とにかく今は自分の身の潔白を証明すべきだと、アディが詳しく説明しようと口を開きかけ……。


「それで、いい加減に観念して本当のことを言ったらどうだ」


 という、副会長のうんざりとした口調に出かけた言葉を飲み込んだ。


 どうやら端から信じるつもりが無いらしい。それどころか全ての説明を往生際の悪い嘘だと思っているようで、メアリとアディに注がれる視線がよりいっそう冷ややかなものになる。

 まぁ無理はないか……と冷静にメアリが頷いた。どこの世界に、主人が風邪で寝込んでるのにコロッケを見舞いに買って帰る従者がいるというのか。……いや、居るんだが。それも、寝込んでるのにコロッケを食べる令嬢もいる。


 だがそんなことを説明している時間も、ましてや証明している時間もなく、メアリがどうしたものかと眉間に皺を寄せた。

 これが『ドラ学』の断罪イベント通りであるなら、彼等は「全ては悪役令嬢メアリの仕業」という確固たる証拠を持っているはずだ。勿論それが偽物なのは言うまでもないのだが、彼等が騙される程度には巧妙な証拠だったのだろう。

 対して断罪されるゲームのメアリは、あれこれと言い訳じみたことを喚いて無様なほどに往生際の悪さを披露していた。つまり、ここでメアリが何をどう説明した所で、所詮は悪役令嬢の言い訳なのだ。


 面倒臭い……とメアリが深く溜息をついた。

 病み上がりにこんな茶番に付き合わされて、元より少ない愛想の底が見え始めてきた。

 だがそんなメアリの溜息を諦めと勘違いしたのか、副会長をはじめとする生徒会役員たちが勝ち誇ったように笑みを零した。


 愛想の底が見えたのは、ちょうどその瞬間である。


「ようやく認める気になったか。君への処分は我々生徒会が」

「つまり、皆様は……」

「……?」


 副会長の言葉を遮るように喋りだしたメアリに、誰もが視線を向けた。

 疲れたと言わんばかりに俯き、深く溜息を吐く。そうしてゆっくりと顔を上げたメアリは……。


 笑っていた。


 それも、誰もがゾッとしかねないほど冷ややかに、それでいて美しく。

 これには生徒会役員もアリシアさえも目を丸くした。もっとも、この笑みもまたメアリ・アルバートだと知っているアディは平然とし、パトリックに至っては顔を伏せて肩を揺らしているのだが。




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