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「お兄様達どこ行っていたの?」


 兄達がどこからともなくふらりと現れたのを見て、メアリが小走り目に近付いていった。

 どういうわけか兄達の表情は晴れ晴れとしており、それどころかメアリが彼等の目の前で立ち止まると頭を撫でてきた。ラングとルシアンがメアリの頭を左右に分担して撫でるので、耐えきれずメアリの頭がぐらぐらと揺れる。

 いったい何なのだろうか。さっぱり分からないが、それでもとメアリが口を開いた。

 兄達もメアリの発表を聞いていた。だが彼等には改めてきちんと説明せねばなるまい。いまだ頭を撫で続けてくるが。


「お兄様、あのね、私、さっき話を、した通り、不思議な、記憶が。……頭を、撫でるのを、やめて」

「俺達の可愛いメアリは、可愛いうえに人とは違う記憶があったんだな。さすが俺達のメアリ! 前世の記憶ごと可愛いメアリ!」

「よかった、ラングお兄様も、受け入れて、くれるのね。安心した、わ。でも頭を、撫でるのを、やめてっ……!」

「今の自分の記憶しか無い平凡な俺と違って、メアリはやはり優れている……。さすがだ……! 前世の記憶も含めてメアリは素晴らしい……!」

「ありがとう、ルシアンお兄様、嬉しい、わ。でも、頭を撫でる、のを、そろそろ、やめて、ちょうだい」


 酔いそう……とメアリが小さく呟き、スルリと兄達の手から逃げだした。

 前世の記憶に関して兄達が受け入れてくれた事は純粋に嬉しく思う。相変わらずな溺愛ぶりを見せることで変わらぬ姿勢を示してくれる、その気遣いに感謝も抱く。

 だがいつまでも頭を撫でられ続けるわけにはいかない。前世の記憶ごと脳味噌がぐるぐると回って酔いそうだ。

 だからこそ兄達の元から逃げて、向かうのはロベルトのもと。

 彼もどことなく晴れやかな表情をしている。さすがにメアリの頭を撫でてはこないが。


「ロベルトお兄様、お兄様も頭を撫でてくれていいのよ?」


 酔わない程度にね、と一言付け足して悪戯っぽくメアリが笑えば、ロベルトは目を丸くさせ、次いで罰が悪そうに苦笑を浮かべると「それは別の機会に」と断りを入れてきた。

 ラングとルシアンが頭を撫でないならとメアリの返却を求めてくる。だがそれに対してロベルトは呆れた表情を浮かべるだけで、メアリの肩にそっと手をおいた。優しく肩を擦ってくるのは頭を撫でる代わりだろうか。


「メアリ様のお話は驚きましたが、私もラング様とルシアン様と同じ考えです」

「ロベルトも私の前世の記憶の話を受け入れてくれるのね」

「えぇ、もちろんです。メアリ様が変わらずメアリ様でいらっしゃるのなら、受け入れないわけがありません。それに……」


 ロベルトが穏やかに笑い、メアリの肩を促すように押した。

 兄達に返却……ではなく、アディのもとへ。

 押されるままメアリはアディのもとへと向かえば、今度はアディの手が自分の肩に置かれる。


「愚弟を見ていれば、メアリ様が前世の記憶とやらを思い出しても一切お変わりなかったのは一目瞭然ですからね」

「アディを見ていれば?」

「えぇ、愚弟は昔から……それこそメアリ様が前世の記憶を思い出したという高等部よりもずっと昔から、メアリ様だけを見つめていました。その愚弟が今日に至るまで何も変わらず、今もメアリ様だけを見つめている。これこそ、メアリ様が変わらずにメアリ様でいらっしゃる何よりの証です」


 穏やかに笑うロベルトの話に、メアリがなるほどと頷いた。

 アディが教えてくれた事と同じだ。アディはメアリが前世の記憶を思い出しても変わらずメアリでいる事を、自身の愛をもって証明してくれた。

 そしてそれはアディとメアリの間だけに限らず、周囲への証明になっていたのだ。

 なんとも気恥ずかしく、それでいて嬉しくもある話ではないか。そう感じてメアリがアディを見上げれば、彼は居心地悪そうな表情で兄であるロベルトを睨みつけていた。その頬はかなり赤い。


「兄貴め、わざと皆の前で言いやがったな……」

「あら良いじゃない。私は素敵な話だと思うわ」

「素敵な話ですか?」

「えぇ、そうよ。皆がアディを見て、そこに映る私を知るの。アディは私を映す鏡ね」


 うっとりと嬉しそうにメアリが話し、アディへと擦り寄る。

 肩に手を置くだけでは足りないと見上げることで告げれば、察したのかアディの表情が嬉しそうに綻んだ。

 彼の手がスルリと滑り、メアリの肩から腰へと移っていく。軽く抱き寄せられるままに彼の中へと誘われ、体を預けるように身を寄せた。

 一瞬にして二人の間に甘い空気が漂い、このままキスでもしそうな雰囲気だ。気を利かせた周りの者達が苦笑を浮かべて去っていく。


 ……一部を除き。



「アリシア、ちょっと二人の間に入ってメアリをダンスに誘ってみたらどうだ? 今の俺にはメアリがダンスをしたがっているように見えるんだ。幼馴染の勘だな」

「本当ですか? 私にはアディさんと見つめ合っているように見えますが……」


 伴侶をけしかけメアリとアディの二人の世界を壊そうとしているのはパトリック。

 対してアリシアは困惑した表情を浮かべ、パトリックとメアリを交互に見やっている。

 そんな二人に、ラング達が加わった。


「アリシア王女、パトリックの言っている事は本当だ。メアリは今とてもダンスをしたがっている。それも大親友のアリシア王女と! お兄ちゃんには分かる! だから今すぐにメアリとアディの間に割って入って、メアリを攫ってダンスに!」

「あぁ、今のメアリはダンスを待っている……。それも俺達からではなく、誰かに攫うように誘われるのを待ち望んでいるんだ……。俺には分かる。だが俺達ではメアリを攫う事は出来ない……アリシア王女なら……!」

 

 さぁ、とラングとルシアンが大袈裟な口上でアリシアを煽る。

 これに対してアリシアはさらに困惑し、メアリとアディ、パトリック、ラングとルシアン……と忙しなくきょろきょろと首を動かした。

 そうして最後にアリシアの瞳が向かったのは、このやりとりを冷ややかに見ていたロベルト。彼はアリシアの胸中を察してか穏やかに微笑み、コクリと一度頷いた。


「いってらっしゃいませ、アリシア様」


 その言葉はパトリック達の話を肯定しており、最後の一押しを受けたアリシアが「はい!」と威勢よく返事をするとメアリ達のもとへと駆けていった。

 二人の甘い空気もなんのその、「お待たせしました、ダンスの時間です!」と勢いよく割って入り、メアリの手を取るや駆け出す。

 その素早さと言ったら無く、妻を攫われたアディはしばし茫然とし、はたと我に返るや慌ててアリシア達を追い始めた。メアリに至ってはろくに抵抗も出来ず悲鳴と怒声をあげるだけだ。


「アリシアちゃん、頼むからもう少しくらい二人でいさせて……!」

「そうよ。そもそも私は貴女を待ってなんかいないわ!!」


 アディの情けない交渉と、メアリの怒声が続く。

 甘い空気はすでに四散し、一瞬にして騒々しい空気に代わってしまった。

 それを見て笑みを浮かべるのは、もちろんアリシアをけしかけた者達である。してやったりと笑みを浮かべ、成功を労いあう。

 見目の麗しい男達が悪戯っぽく笑う様は絵画のようだが、どことなく子供が悪戯の成功を喜びあっているようにも見える。


「前世の記憶があろうと、俺達の友情には関係ない。……なのに今の今まで言わずにいたなんて水臭いよな」


 これはその仕返しだ、そう暗に告げるパトリックの言葉に誰からともなく頷き、メアリ達を追うべく歩き出した。




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― 新着の感想 ―
口角が天井に刺さってる そうあるのが嬉しいです
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