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「メアリ様は、前世でも私の事を知っていたんですね」
「えぇ、そうよ。創作物としてだけど貴女のことを知っていたわ」
「私が王女だという事も……」
「知っていたわ」
メアリが断言すれば、アリシアが再び考えを巡らせる。
真剣味を帯びた表情だ。紫色の瞳は鋭さを見せ、ふと視線を余所へと向けた。
考え込む彼女の姿にメアリの胸が締め付けられる。アリシアとの友情を信じているが、その反面、自分の話がどれだけ馬鹿げているかも理解している。
そして仮に彼女が理解してくれたとしても、「王女と知っていたならなぜ」と今までの事を問われかねない。
どうするかは全てアリシア次第だ。
だからこそ今は彼女の判断を待つしかない。
そう自分に言い聞かせてメアリがアリシアの様子を伺えば、彼女は結論に至ったと言いたげにパッと顔をあげた。
「つまり、私達は前世からの大親友ということですね!」
「違うわ」
「なるほど、ということは来世でも大親友ですか!」
「独自解釈を進めないでちょうだい。三世にわたって貴女と関わるなんでまっぴらごめんよ。一回ぐらい休ませなさい!」
「嫌です、絶対に来世でもメアリ様と大親友になります! 今度は私がメアリ様を見つけて、私から声を掛けてみせます!」
「やだ、この子怖い!」
メアリが悲鳴に近い声をあげ、慌ててアディの背に隠れる。
だがアリシアは逃がすまいと追いかけ、メアリの手をぎゅっと握ってきた。
「メアリ様に不思議な知識があっても、私とメアリ様が大親友であることは揺るぎません」
「アリシアさん……。そうね、私達大親友ですものね、それぐらいじゃ揺るがないわ」
「えぇ、だいし……心の姉妹ですから!」
「人が素直に認めたからって、この隙に乗じて一段階進めるんじゃないわよ」
掴まれた手をスルリと抜いて、お返しにとアリシアの額を一発叩く。
叩かれたアリシアが額を押さえながらも笑い、それを見ていたパトリックが呆れたと肩を竦めた。二人とも見慣れた、いつもの笑顔だ。
それがメアリの安堵を招く。深く息を吐けば、横から服の裾をツイと引っ張られた。
この控えめなアプローチはパルフェットだ。彼女は震えながらメアリを見つめており、涙目の瞳には不安が色濃く映っている。傍らではガイナスがそれを支えているが、彼もまた困惑を隠せずにいる。
「メアリ様、私、メアリ様のお話は難しくて理解出来なくて……申し訳ありません……」
「パルフェットさん謝らないで。私の方こそ謝らなきゃいけないの。マウロの言うとおり、本当は貴女がガイナスさんに婚約を破棄されることが分かっていたのよ」
「そ、そうなんですか……」
「えぇ、だけど言えずにいたの……。貴女には申し訳無いことをしたわ」
事前にパルフェットに話しておけば、婚約破棄に傷つく彼女を救えたかもしれない。婚約破棄自体は避けられない出来事だったとしても心の準備ぐらいはさせてやれたはずだ。
そうメアリがパルフェットに詫びる。
それに対してパルフェットは驚いた表情こそ浮かべたものの、すぐさま穏やかに微笑み、メアリの腕をさすってきた。
「メアリ様が謝ることではありません。あれは私とガイナス様の出来事。ガイナス様が余所の女性に現を抜かして婚約を蔑ろにした、ただそれだけです。つまりガイナス様にマイナス二十点です! ねぇガイナス様!」
「二十点の失点は痛いが自分の愚行、甘んじて受け入れよう……。俺の浅はかな行動で後々までメアリ様を悩ませることになり、申し訳ありませんでした」
ガイナスが詫びと共に頭を下げる。
それに対してメアリが苦笑を浮かべて応じれば、パルフェットが彼に擦り寄り「素直に謝る真摯さに三十点の加点です」と告げた。
そんなやりとりを続けていると、ざわついていた周囲も次第に落ち着きを取り戻し初めていた。
一部は苦笑し、一部は微笑ましそうに。未だ困惑し「前世って?」と話している者もいるようだが、話の終いには「不思議ね」と結論付けている。そのうえ「不思議と言えば、この間ね」と別の話題に移り、そちらの方が盛り上がってしまうのだ。
メアリを卑怯だと非難する声など一切聞こえてこない。
それどころか皆パーティーの続きを楽しもうと談笑に戻ってしまい、それに合わせて楽団が軽やかな演奏を再開する。
あっという間に再びパーティーらしい陽気な空気に戻ってしまい、これではまるでメアリの発表は催しの一つではないか。それもだいぶあっけなく終わる催しだ。
これは予想外。メアリの予定ではこの後しばらくは説明を求められ、質問攻めにあうだろうと覚悟していたのに。
思わずメアリが、
「な、なによ……もう少し騒然とするかと覚悟していたのに……」
と呟けば、傍らに立ちずっと支えてくれていたアディが堪らず笑い出した。
メアリが睨みつければ慌てて取り繕うも、その表情は随分と白々しい。
「笑うなんて失礼ね。これでも不安と葛藤の末の発表だったのよ」
「不安もなにも、俺はずっと言っていたじゃないですか。みんな今のお嬢が好きだから、全てを打ち明けても変わらないって」
「そうね、アディの言う通りだったわ。私よりも私について詳しいのね」
さすが夫だとメアリが褒めつつアディに擦り寄る。
腰を支えていた彼の手に僅かに力が入り、それに従えば寄り添いゼロに等しい距離が更に縮められる。寄り添っているのか抱きしめられているのか分からないくらいだ。
全て打ち明けた解放感、そして受け入れてもらえた安堵感。それらが胸を満たし、そしてアディに抱き寄せられている事で変わらぬ愛情が満たされた胸を暖める。
なんて甘く優しいのだろうか。
……だが、
「でも妻の覚悟を笑うなんてやっぱり失礼よ!」
とスルリとアディの腕から抜け出した。
突如空になった腕の中に、アディが「あれ!?」と間の抜けた声をあげる。つい今しがたまで大人しくうっとりとして自分に抱かれていた妻が、一転して目にも留まらぬ速さで逃げたのだから驚くのも無理はない。
それに対してメアリは悪戯っぽく笑い、どこにともなくスッと片手をあげた。
「重大発表をしたらお腹が空いたわ。どなたか美味しいケーキまでエスコートしてくれないかしら」
そう誰にでもなく呟けば、「お任せを!」と素早くアリシアが片手に飛びついてくる。これでケーキまで一直線だ。
だが嬉しそうに引っ張るアリシアは走りこそしないものの足早で、エスコートというには優雅さに欠ける。
「ケーキは逃げないんだから、もっと優雅にエスコートしてちょうだいよ。みっともないわ!」
「ケーキは逃げませんが、ケーキの鮮度は逃げます!」
「ふむ、なるほど……。いや、違うわ、やめてよ納得しかけちゃったじゃない!」
キィキィと喚きつつ、メアリがアリシアに連れられて歩く。
その後を苦笑を浮かべつつ追うのはアディとパトリックだ。お互い顔を見合わせ「今後も苦労しますね」「お互いにな」と目配せで労いあう。
さらに涙目で震えるパルフェットとそれを宥めるガイナスが続き、ベルティナは「私もお姉様と一緒にケーキを」とルークの腕を引っ張る。カリーナとマーガレットだけは優雅に歩いてはいるものの、それでもメアリ達を追う。
重大発表の後とは思えない賑やかさは、それでもいつも通り相変わらずと言える賑やかさだ。