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 次いでメアリが向かったのは、マウロ・ノゼのもとだ。

 彼は数人と話しており、メアリに気付くと恭しく挨拶をしてきた。どことなく大袈裟で、それでいて傍目には爽やかに見える挨拶。白々しいとメアリが心の中で呟きつつ応じる。

 彼はノゼ家や数名の貴族と話をしていたようで、誰もが口々にこのパーティーを誉める中さり気なくメアリに近付いてきた。いつの間にか向かいに立っており、薄ら寒い笑顔を浮かべている。


「さすがメアリ様、素晴らしいパーティーですね」

「そんな、周りの人達の協力あっての事よ」

「周りの人達、ですか。是非とも私もその一人に加えて頂きたい」


 穏やかに笑いマウロが告げてくる。

 それに対し、メアリが一言返してやろうと口を開く……が、それより先にアディが強引に腰を抱き寄せてきた。出かけた言葉が驚きの声に変わり、それすらも彼の体にポスンとぶつかることで消される。

 なんて強引なのだろうか。メアリがいったい何事かと彼を見上げ、次いで小さく息を飲んだ。


 メアリを抱き寄せつつもアディはまっすぐにマウロを見つめている。

 その表情は穏やかで、笑みには余裕の色さえ見える。元の見目の良さもあって、大人びた空気を、それどころか威厳さえ感じさせる笑みだ。


「マウロ様も、皆様も、突然の招待で申し訳ありません」

「い、いえ、そんな……」

「お越しいただき感謝しております。メアリと共に皆様を歓迎出来るように考えましたので、どうぞごゆっくりとお楽しみください」


 そう話すアディの態度は立派の一言に尽きる。メアリでさえ見惚れてしまうほどの堂々とした態度で、返事にも余裕を持って応えている。

 その姿や振る舞いは堂に入っており、従者の出とは言われなければ分からないだろう。メアリでさえ「アディ……よね?」と疑ってしまう。

 もしかしたら中身がパトリックに変わっているのかもしれない。それほどの振る舞いなのだ。

 もっとも、腰に置かれた手は間違いなくアディのものなのだが。


「メアリが皆様にお話したいことがあるんです。なぁメアリ」

「え、えぇ……そうよ……。皆様に聞いて頂きたい事なんです」


 アディに促されてメアリが応えれば、その場にいた誰もが興味深そうにしてくる。


「それじゃ行こうか、メアリ」

「そうね、では皆様また」


 メアリが小さく会釈し、アディに腰を取られたまま場を後にした。

 見送る者達は口々に「仲睦まじい」だの「麗しい夫婦だ」だのと話しており、その表情は晴れやかだ。

 ……マウロ以外は。

 目の前で夫婦らしいやりとりを見せつけられたからか、もしくは『メアリの話』に嫌な予感でも感じているのか、もしくはアディの態度が不服だったのか。彼だけは随分と渋い顔をしている。

 それが今のメアリには心地良く、勝利の余韻に浸ると共にアディにすり寄った。


「今の立ち振る舞い、立派だったわ」

「そ、そうですか?」

「えぇ、私の事もメアリって呼んでくれたし。もう大丈夫ね」

「お嬢が決意したから、俺も相応の振る舞いをしようって決めたんです。お嬢のためですよ」

「誉めた矢先に戻ったわ」


 残念、とメアリがわざとらしく肩を竦めれば、アディが誤魔化すように乾いた笑いを浮かべた。

 その態度は普段通りのアディだ。いつの間にか威厳と余裕を感じさせる青年は消え去っており、メアリが茶化せば赤くなった頬を掻く。


「お嬢が主催となるなら、夫の俺もきちんとした対応をと思いまして、昨夜パトリック様にアドバイスを頂いたんです」

「パトリックに?」

「えぇ、そこで教えていただいたんです」


 曰く、昨夜アディはパトリックの部屋を訪れ、パーティーの主催であるメアリと並ぶにはどうすれば良いのかとアドバイスを求めたという。

 といってもパーティーを翌日に、それどころかあと数時間に控えた状況では立ち振る舞いや言葉遣いを習うことは出来ない。付け焼き刃だ。

 パトリックもそれは分かっているのだろう、彼は真剣な面もちでアディを見つめると、「俺が教えるのはたった一つ、これだけは必ず守れ」と念を押し、

『決して頭を下げるな』

 と、そう告げてきたという。

 アドバイスと言えるのか定かではないその言葉に、当然だがアディは目を丸くし、そして意味が分からないと首を傾げた。

 だがそんなアディに、パトリックは尚も話を続けた。


「突然の招待を詫びる時も、来賓に感謝を伝える時も、絶対に頭を下げるな。申し訳なさそうな顔をせず、謝罪も感謝も微笑んで告げろ」


 それは謝罪とも感謝の態度とも言えないだろう。だがそれこそが高位な者の態度なのだ。

 謝罪しようが感謝をしようが絶対に変わらない序列。言葉とは裏腹に、己こそ上位なのだと示す態度。

 並の貴族であれば不遜と取られかねず、それも付け焼き刃であれば尚更、相手の怒りを買いかねない。

 だが『アルバート家』ならばすべて許されるのだ。そして許される家柄であることを示すために、やはり頭を下げてはいけない。


「さすがパトリックね。彼らしいアドバイスだわ」

「何から何まで、感謝してもし尽くせません。……それと、部屋に戻ろうとしたときなんですが」


 パトリックから貰ったアドバイスを胸に、アディが部屋へと戻る。

 だが自室の前にはラングとルシアンの姿があり、彼等はアディの姿を見るとどこへ行っていたのかと尋ね……。


「ラング様が『こいつ、晴れ晴れとした顔をしてやがる!』と声をあげ、ルシアン様が『誰かに先手を取られた……パトリックか……!』と恨めしそうに告げ、ほぼ同じタイミングで走って逃げていきました」

「お兄様達もアディにアドバイスをしようとしたのね。一応その気持ちだけは汲んであげてちょうだい」


 せめてとメアリがフォローを入れる。

 アディを思って行動をしたのだろうが、それより先にアディみずから行動していたのだ。それも、助言を求めた先はパトリック。

 なんともタイミングの悪い兄達である。これはしばらく愚痴る事になるだろう。

 アディもそれは分かっているのか、どことなく嬉しそうに「しばらくは大人しく頭を押さえつけられます」と苦笑混じりに頷いた。



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