22
メアリ・アルバート初の主催となるパーティーは、もはやパーティーと言って良いのかすら分からないほど大規模だった。
会場の内装も、料理も催しも、すべてにおいて規格外。それでいて完璧な采配で不備はなく、誰もが快適に、優雅でいて楽しい時間を過ごしていた。
「本日はお招き頂きまして……メアリ様ぁ……!」
とは、ちょこちょこと小走り目に近付いてきたパルフェット。
相変わらず泣き虫な彼女は、令嬢らしく品の良い挨拶をしようとし……そして途中で泣き声に代わってしまった。自分の手を握りながら「お招きありがとうございます……」と必死に訴える彼女は愛らしく、メアリも苦笑を浮かべて受け入れた。
その隣にいるのはガイナスだ。泣き虫な恋人に代わって彼はきちんとした挨拶をし、スンスンと洟をすするパルフェットを優しく引き寄せている。
「急に招待してしまって申し訳ないわね。それにお友達をも連れてきてくれたみたいで嬉しいわ」
にんまりと笑みながらメアリが告げる。
ガイナスへの招待状には、彼の知人を数名連れてきてほしいと書いておいた。
ちょっとした頼み事である。……あくまで、ちょっとした。
その部分だけ言い知れぬ圧を感じさせるレタリングで、さらに太字で赤い線も引いておいたが。
これに抗えるものはそう居ないだろう。とりわけメアリとガイナスの関係では尚の事、頼みごとといった文面ではあったがガイナスには有無を言わさぬ命令に感じられただろう。
だが頼んだ甲斐があり、彼はメアリが指定する者達を連れてきてくれた。
思わずメアリが「三点あげましょう」と褒めれば、ようやく圧から脱がれたと言わんばかりにガイナスが安堵の息を吐いた。
「しかし意外でした、まさかメアリ様が彼等を呼ぶなんて。彼等には迷惑を……俺もですが……迷惑を掛けられたので、疎遠にしたいとばかり。……お、俺もですが」
途端にガイナスの口調が歯切れの悪い物になる。
対して彼に寄り添っていたパルフェットはプクと頬を膨らませて不満を表し、はてにはガイナスの足を踏みつけはじめた。――といっても爪先でちょんちょんと軽く踏む程度なのでガイナスに痛みなど無いだろう。小鳥が靴のうえで跳ねているようなものだ――
だがパルフェットがこの反応を見せるのも仕方あるまい。
なにせガイナスが連れてきたのはカレリア学園の生徒達。他でもない、メアリが交換留学した際に騒動を起こした子息達だ。
リリアンヌに惚れこみ婚約を破棄した彼等は、一部は社交界から追放され、一部は愚行を許され再び社交界に身を置いている。ガイナスのように以前と同様の立場を取り戻した者は居ないが、猛省を認められ、そこそこの扱いは受けているという。
彼等からしてみれば、メアリは『隣国の迷惑をかけた令嬢』それも今は国一番の名家当主となろうとしているのだから、出来る事ならば距離を保っておきたいに違いない。
顔を合わせれば気まずい思いをし、下手すれば過去の事を掘り返されかねないのだ。
だが誘われれば応じるほかなく、となれば謝罪に徹するのが得策。
誰もが皆メアリに挨拶を――実際は迷惑をかけた謝罪を――したがっていると聞き、メアリが肩を竦めた。
おべっかと謝罪は面倒だが、呼んだ手前応じないわけにはいかないだろう。「あんなことをしでかして、今更メアリ様に謝罪なんて!」と怒るパルフェットの膨らんだ頬を突いて宥める。
そんな中「メアリ」と声を掛けられた。
振り返ればパトリックと、そして彼がつれているのは高等部時代に生徒会役員を務めた者達。といっても大学や他のパーティーでも顔を合わせているためさして懐かしさもなく、メアリは当たり障りのない挨拶で彼等を迎え入れた。
そうして時に人が加わり、時に人が抜けて……と雑談を続ける。
途中パルフェットとベルティナの争いも起こったが、片や頭上の大きなリボンを揺らし、片やケーキを片手に時に一口食べながら……と睨み合う二人の姿は微笑ましさしかなかった。――ちなみにこの睨み合いは、ベルティナの「そのケーキどちらにありましたの……?」という真剣みを帯びた声で終わりとなった――
いそいそとルークを連れてケーキを取りに行くベルティナの背中を、教えてやったパルフェットが勝利の笑みで見送る。基準は不明だが、どうやら今回の争いはパルフェットに軍配が上がったようだ。
それを見ていたマーガレットとカリーナが顔を見合わせ肩を竦めた。相変わらずだと言いたいのだろう、「今日は長かった方ね」だの「この前は睨み合って三分でくしゃみして解散だったものね」という会話には慣れを感じさせる。
そこにアリシアがパタパタと駆け寄り、兄達や彼等の友人も加わり……と、いつだってメアリの周りは賑やかだ。人が離れてもまた増えて、離れた人もしばらくすると戻ってくる。
賑やかで楽しく、なんて心地好いのだろうか。
だからこそ、と考え、メアリは隣に立つアディの服をクイと掴んで引っ張った。
「そろそろフェイデラの方々にも挨拶に行きましょう」
事情を知らぬ者には、むしろアディ以外には、平凡な誘いにとれる言葉だ。
だがアディにとってこれは合図であり、それが分かって彼は穏やかに微笑むと、
「行こう、メアリ」
と、腰に添えていた手に力を入れて抱き寄せると共に歩き出した。
まるでメアリの決意を支えるように。片時も離れないと誓うように。
そうしてフェイデラの男達の元へと向かう……のだが、そこには妙な人集りがあった。
随分と盛況しており、その盛り上がりぶりにメアリがニヤリと笑みを浮かべる。対してアディはうんざりとした表情で、まったく理解出来ないと言いたげだ。
そんな人集りの中、取り仕切っていたダンがこちらに気付いて近付いてきた。楽しそうに笑い、メアリが調子はどうかと聞くよりも先に「大盛況だ」と上機嫌で教えてくれる。
「いや、まさかフェイデラの口説き文句がここまで人気になるとはな」
「過剰な誉め言葉は開き直れば面白いものよ。特にフェイデラの誉め言葉は次元が違うわ」
「あぁ、照れるお嬢さんも居れば、大笑いする婦人もいる。男だって誉めてくれと言ってくるよ」
ダンが話す盛況ぶりに、メアリが満足げに頷いた。
そうしてチラと人混みを見れば、男達が一人の女性を囲んで誉めている。あれは既婚の夫人だが、ひとしきり誉められ口説かれると笑いながら夫の元に戻るのだから問題はないだろう。
フェイデラの男達のしつこさには確かにメアリもうんざりしていた。だが彼等にも事情があり、そしてフェイデラでは許されている行為ならば止める気はない。
不用意に他国の習慣に口を挟むのも野暮というもの。勝手の知らない国に自ら赴き「この国のやり方は失礼よ! 迷惑をかけられたわ!」と訴えるのは逆に不躾と言えるだろう。
かといって「フェイデラは変わってるわねぇ」で済ませるのも惜しい気がした。今後交流を進めるのならば尚更、この『変わった風習』を上手く周囲に知らしめ活用したい。
……と、そう考えた結果、メアリは招待状にフェイデラの事情を書き連ねた。注意喚起を込めて。それと、招待客の興味を煽れるように。
そして招待したフェイデラの男達にも、自国の流儀は他国では通用しないとダンやカレン経由で伝えてもらった。それでいて、彼等の誉め言葉は一流だと。余興にうってつけだ……と。
そして今に至るのだ。
ただの口説き文句ならまだしも、フェイデラの男達の口説き文句は割り切って受け取れば楽しめる。女性達も自分の予想を超える誉め言葉に一部は照れたり一部は笑ったりし、それを眺める男達の顔には感心さえ見えた。
中にはこっそりとフェイデラの男を連れだし「どうやったら上手く誉められる?」と聞きだす者もいるというではないか。
やはり、とメアリが笑みを強めた。自分の目に狂いは無かった。これは語録を出せば売れるに違いない! と。
もっとも、ダンが楽しそうに、
「さっき劇団の脚本家が参考にしたいと数人連れて行った」
と話せば、先を越されたとばかりに慌てだした。そのうえ知人の作家に紹介したいと言い出す者まで出始めているというのから、これは語録計画を早めねばならない。
そんな事を考えていると、隣から盛大な溜息が聞こえてきた。見上げればアディがまったくと言いたげな表情を浮かべている。
「あら失礼ね、これぞフェイデラとの外交の第一歩じゃない」
「第一歩が口説き文句の見本市ってどうなんですか」
「うまくいけば第一歩が何だろうと関係ないのよ。それじゃダンおじさま、よろしくね。脚本家や個人的なアドバイスは良いけど、語録を出そうと声かける人がいたら断っておいてね!」
語録は私が出すんだから! とメアリが念を押せば、ダンがより楽しそうに笑う。
そうして人混みへと戻っていく後ろ姿を見届け、メアリは満足気に頷いた。