21
パーティーまで日が浅く、それも場所は今まで交流の無かったフェイデラ。
となれば、招待状を送っても断りの返事がくるのは仕方ない事である。元々別の予定がある者もいれば、縁のない土地に行くことを拒む者、日が浅い招待状を無礼と感じて断る者だって出てもおかしくない。
そういった場合、当たり障りのない理由を綴った詫び状で断るのが常である。花や贈答品を添えれば尚良し。
もちろんメアリもそんなことは分かっているし、招待状のうち一部は詫び状になって返ってくるかもと考えていた。
……が。
「見事にみんな乗り気だわね」
机の上に積まれた手紙と、山のように届けられた贈答品を眺め、メアリが満足そうに頷いた。
手紙はどれもパーティーの誘いに感謝し、当日を楽しみにするというもの。贈答品は詫びの品ではなく『お誘いのお礼』である。事前にこれなのだから、当日持参してくる者も多数でるだろう。
うまくいきそう、とメアリが笑みを浮かべる。だがその隣に座るアディは笑みを浮かべるどころか顔色を青ざめさせていた。彼の手には招待状を出した一覧があり、すでに半数以上から返事が来ている。
「この顔ぶれ、もはやパーティーと呼べる規模の代物じゃありませんよ」
「あらそう? でもパーティーはパーティーよ。美味しいものを食べて、美味しいお酒を飲んで、楽しく話してふわふわ踊るの」
上機嫌でメアリがクルリと回る。
心は既にパーティーの真っ最中、音楽に合わせて軽やかに踊っている。上機嫌どころではない。
だがアディも一緒にと手を差し出すも、彼は肩を竦めるだけだ。メアリがしぶとく手を差し伸べ続ければ、観念したのか立ち上がって手を取ってきた。
そのまま二人きりのダンスパーティー……としゃれこむつもりだったが、クルリクルリと二回転されたのちにソファーに座らされてしまった。流れるような動作でポスンと腰を下ろし、メアリが「あら」と間の抜けた声をあげる。
なんて巧みで優雅な宥め方だろうか。そのうえクッキーを添えた紅茶を出されてしまうのだから、これはダンスパーティーも中断である。
大人しく紅茶を一口飲み、テーブルに置かれていた一覧を手にした。
「楽団の手配はついたのよね」
「えぇ、ルシアン様が馴染みの楽団に声を掛けてくださいました。世界的に有名な楽団で多忙なようでしたが、ルシアン様のお話を聞いてすぐに駆けつけると仰ってくださったそうです」
「さすがお兄様ね。それなら催しはどうしましょう、派手なパーティーだもの、なにか豪華な催しがほしいところよね」
「そちらはラング様が。有名な歌手と劇団を手配してくださいましたよ。ラング様の話を聞いて、このパーティーだけの公演をしてくださるそうです」
「あら、それは楽しみだわ。そういえば料理と給仕は……」
「兄貴が仕切っていますのでご心配なく。いまだかつてない大掛かりなパーティーですが、ダイス家をはじめ各家が協力してくれるそうですよ」
「首尾は上々といったところね。ふむふむ、いい感じだわ。あとは……」
言い掛け、メアリがふと窓の外へと視線を向けた。
庭園が見える。そこを歩いているのはアリシアとパトリックだ。どうやら二人きりの散歩の最中らしく、遠目でも分かるほどに甘い空気が漂っている。
二人きりの時間を少しでも長く堪能したいのだろう、彼等の歩みは随分と遅い。そのうえ、時にアリシアが数歩先を進めば、パトリックが愛おしそうに片手を差し出して引き寄せている。
そう広くない庭園とはいえ、あれでは一周するのにかなり時間を要しそうだ。
「まさに二人の世界だわ。でもどうしましょう、パトリックに聞きたいことがあるんだけど……」
「あれを邪魔するのは気が引けますね。急な用事でなければ後にしましょうか」
「そうね、せっかくの二人の時間だもの。邪魔をしちゃいけないわ。……なんて私が言うわけないでしょ! パトリック、その女を噴水に突き落としてちょうだい!!」
勢いよく窓を開け、メアリが大声でパトリックを呼ぶ。
その声は当然二人にも届いており、アリシアがクルリとこちらを向くと「メアリ様!」と嬉しそうに駆けだし、パトリックが露骨にひきつった表情を浮かべる。二人の間に流れていた甘い雰囲気が一瞬にして砕け散ったのは言うまでもない。
メアリがしてやったりと笑みを浮かべ、溜息を吐きつつアリシアを追って歩いてくるパトリックを改めて呼び直す。彼もメアリの声色で呼ぶなりの要件があるのだと――理由無く二人きりの時間を邪魔されたのではないと――気付き、真面目な顔つきへと変えた。
「パトリック、招待状は貴方に手配をお願いしたわよね?」
「あぁ、任されたな」
「装丁もレタリングも素敵だったわ。さすがパトリックね」
「レタリングはアディが担当した」
なぁ、とパトリックがアディへと視線を向ければ、問われたアディが苦笑しつつ頷いた。気恥ずかしそうでいてどこか誇らしげ、一仕事終えた男の顔だ。
それを見てメアリが「また腕をあげたのね……」と呟いたのは、パトリックが提案してきた招待状のデザインは一級のパーティーに申し分のないもので、なかでもレタリングが飛び抜けたセンスを見せていたからだ。
洒落ているが読みやすさも損なわず、その美しさにメアリは一目で惚れ込んでしまった。こんな招待状を貰いたかったと思えるほどだった。
まさかそれがアディ作だなんて……とメアリが傍らに立つアディを見上げれば、彼は穏やかに笑って「今は装丁も学んでいます」と教えてくれた。どうやら腕を上げるだけに止まらないようだ。
そんな向上心ーーどこに向かっているのかは定かではないがーーを持つアディに感心しつつ、改めてパトリックへと向き直った。本題を忘れるところだった。
「ねぇパトリック、高等部時代の生徒会役員のみなさんにも招待状を出しておいてくれたのよね?」
「あぁ、もちろんだ。みんな喜んで来るよ。しかしメアリがわざわざ名指しで彼等に招待状を送るなんて意外だったな、親しいのか?」
不思議そうな表情のパトリックに、メアリが「ちょっとね」といたずらっぽく笑って誤魔化した。
高等部時代の生徒会役員とは、メアリをアリシア虐めの犯人だと誤認し、糾弾しようとした者達である。謂われのない言いがかりに一度は彼等の家を追いつめようと考えたメアリだったが、解決と共にアディに毒気を抜かれ、彼等の謝罪を受け入れて一件落着とした。
そのあとは共に社交界に身を置く者として良好な関係を続けてはいるものの、かといってわざわざメアリが名指しするほど親密というわけではない。
だからこそ不思議そうに見てくるパトリックに、メアリは何と説明したものかとしばし悩んだ。
高等部時代の生徒会役員達。いや、メアリの前世の記憶をもとに彼等を呼ぶなら、『乙女ゲームの攻略対象者達』と呼ぶべきか。
彼等は皆、メアリが記憶している乙女ゲームの登場人物だ。各自にルートがあり、そこではアリシアと恋に落ちていた。――もっとも、実際のアリシアはパトリックしか見ておらず、彼等と自分との恋愛など考えすらしなかっただろう――
だがそれを説明するわけにもいかず、メアリはしばらく考えを巡らせた。思い出すのは生徒会役員たち、それと、自らを端役だと言っていたマウロ。
ゲーム上において『攻略対象者』と『端役』の差は歴然。まず目に付く差が外見だろう。
それをふまえ、メアリは真剣な面もちで、
「彼等は顔が良いわ」
とだけ答えた。
乙女ゲームの攻略対象者だけあり、彼等はみな顔が良いのだ。端役のマウロとは大違いである。
「ひとの友人になんてことを言うんだ」
「まぁひとまずそういう事にしておいてちょうだい。当日の重大発表のために、ぜひ彼等に来てほしいの」
「重大発表?」
メアリの言葉にパトリックが怪訝そうな声色で返す。
眉間に皺を寄せ、声も普段より幾分低い。なんとも疑わしそうな態度ではないか。あれほどキラキラ輝いていた人物とは思えない。
露骨すぎる彼の反応に、メアリが「失礼ね」と分かりやすくそっぽを向いて不満を訴えた。――「今までを考えれば当然の反応では」というアディの発言は無視しておく――
「今度はフェイデラに渡り鳥丼屋の支店を出すのか?」
「残念だけど、はずれよ」
「それなら渡り鳥丼とは違う別の事業でも思い浮かんだのか?」
「フェイデラの男達の誉め言葉語録を出そうとは考えてるけど、発表に関しては違うわ。まったく別件、思いもよらなかったことよ。絶対にパトリックも驚くわ」
今は言えないけど、と思わせぶりな言葉を口にし、メアリがパトリックへと視線を向ける。
彼はいまだ怪訝そうにしている。その隣ではアリシアが瞳を輝かせ「何の発表ですか!?」と興奮気味だ。
二人の反応は真逆で、それでいてなんとも彼等らしい。
そんな二人を見つめ、メアリはゆっくりと目を細めた。真逆な反応を見せる二人だが、二人ともメアリにとってはかけがえのない大事な友人だ。
なにより彼等に聞いてほしい。
そう思う反面、大事だからこそ不安も抱く。
その不安が伝わったのか、アディがそっと腰に手を添えてきた。軽く引き寄せられ、もとより隣り合っていた彼にぴたりと寄り添う。
「アディ……」
「きっと皆さん驚きますが、問題はありませんよ」
心配いらないという彼の言葉は、いまだに怪訝そうなパトリックを宥めているのか、それとも不安を抱き始めたメアリを癒しているのか。
きっと自分のための言葉だ。
そう考え、メアリは甘えるように彼の体に擦り寄った。まるで猫のように分かりやすく甘えれば、腰に置かれたアディの手が先程よりも強く引き寄せてくる。
メアリが誘われるように見上げれば、ほんの少し赤くなった頬で嬉しそうに微笑んでくれた。錆色の瞳に愛おしそうに見つめられ、メアリの表情が緩む。
一瞬にして漂う甘い空気に、アリシアがクスクスと笑いながら「邪魔をしちゃいけませんね」とパトリックの腕を引いた。対してパトリックは「俺達の時は邪魔をしてくれたのに」と不満そうだが、それもまたアリシアの笑みを強めるだけだ。
茶化すような二人の言葉もまた胸を暖める。
「きっと大丈夫よね……。ねぇアディ、どうなっても、貴方は私の隣にいてくれるのよね」
「えぇ、もちろんです」
穏やかに優しく、それでも断言するアディの言葉に、メアリはうっとりと瞳を細め、まるで誓いの言葉の代わりのように捧げられるキスを受け入れた。