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 ラングの堂々たる宣言、胸を張る得意げな姿。どういうわけかルシアンまでもが珍しく強気な表情で深く頷いている。

 思わずメアリは茫然とし「おじちゃま……」と呟いた。

 ラングはメアリの兄、そしてメアリとアディの間に子どもが産まれれば、彼等はその子どもの伯父になる。

 おかしな話ではない。気が早すぎる話ではあるが。


「メアリの子供だ、可愛いに違いない! まさに天使! そんな天使の成長を、『ラングおじちゃま』と呼ばれながら間近で見守るのが俺の夢だ。婿入りなんてしてられるものか!」

「メアリの子供……その可愛らしさは俺ごときの想像力では描ききれない……。そしてメアリ同様に優しい子に育つだろう。きっと根暗な俺のことも『ルシアンおじちゃま』と呼んで太陽のように微笑んでくれるはずだ……。その微笑みを受けるのが俺の夢。余所の婦人の恋人になんかなっていられるか……」


 陰陽真逆の二人が、それでも同等の勢いで力説する。

 対してメアリは唖然としながら彼等の熱弁を聞き……、


「部屋に戻るわ」


 紅茶をグイと豪快に煽って飲み干した。

 その間も兄達は興奮した様子でメアリの子供について語り合っている。その瞳はこれでもかと輝いており、頬は上気し、興奮しているのが見て分かる。陽気で普段から饒舌なラングは尚の事、陰気で口数の少ないルシアンまでもが熱意的に語っているのだ。

 これを止めるのは骨が折れるだろう。そもそも止めようとも思わない。勝手に語らせておくほうが平和だ。

 そう考えてメアリが立ち上がれば、アディも続くように立ち上がった。


「あら、アディも部屋に戻るのね。身長を縮める会議はもう良いの?」

「もはや俺の身長どころではありませんからね。……というか、この話題に加わるのは流石に厳しいので、俺も部屋に戻ります。あとは兄貴に任せましょう」


 アディの言葉に、メアリも同感だと頷く。

 なにせラングとルシアンが語り合っているのはメアリとアディの子供なのだ。アディにとってはなんともばつの悪い話題だろう。

 そのうえ、聞けばラングとルシアンはこの話題になると決まって最後には「身長はどうなるだろうか」と悩み始めるという。はたしてメアリとアディの子供は小柄な母親に似るのか、背の高い父親に似るのか……。

 もちろん、背が高くなっても彼等の愛は変わらないだろう。……アディへの恨みは増すだろうが。


「こうなったお二人は兄貴に押しつけ……任せるのが一番です」

「同感だわ。それじゃロベルト、お兄様達をお願いね。もう時間も遅いから頃合いを見て落ち着かせてちょうだい」


 よろしくね、とメアリが兄を託せば、ロベルトが恭しく頭を下げた。

「かしこまりました」という声は落ち着きを感じさせ、彼も酒が入っているというのに兄達と違いなんと頼りになる事か。一括りにされた錆色の髪がはらりと落ち、ゆっくりと顔をあげると同色の瞳がメアリを見つめる。


「お任せください。頃合いを見て酔い潰します」

「出来れば穏便な方法でお願いしたいわ」

「ではまずは軽くお声掛けして、従わなければ即座に酔い潰します。……ところでメアリ様」


 ロベルトに名前を呼ばれ、メアリがどうしたのかと彼の瞳を見つめ返した。

 アディと同じ色合いの瞳。ロベルトの方が切れ長の目をしており、一見すると厳しく冷淡なイメージを感じさせる。――もっとも、あくまで厳しく冷淡に見えるだけだ。実際に厳しく冷淡なのは、ロベルトが仕える二人の子息にだけである。……それもどうかと思えるが――

 そんなロベルトに見つめられ、メアリはいったいどうしたのかと尋ねようとし、彼の口から出た「不躾ながら、申し上げます」という言葉にビクリと肩を震わせた。


 兄達はメアリが跡継ぎ争いに参戦することを喜ばしく感じてくれていた。もしもメアリが跡継ぎになっても、変わらずそばにいて支えてくれると言ってくれた。

 だがロベルトはどうだろうか?


 彼は元々アルバート家に仕える家系に生まれ、次期当主と言われていたラングとルシアンに仕えていた。いずれアルバート家当主を支えると考え、そのための自分に課した努力は並大抵ではないはずだ。

 それがメアリが名乗り出たことで覆されかけている。ラングとルシアン同様、彼もまた予定していたものとは別の未来を迎えようとしているのだ。

 彼の気持ちを考えればメアリの胸に申し訳なさが再び蘇り、不安を抱きつつも彼を見上げた。

 兄同然に過ごしてきた彼の真意を聞くのは怖い。だが何を言われても受け止めねばならない。


「な、なにかしら?」

「メアリ様、私はラング様とルシアン様とは違います。ですから……」

「そうよね、貴方にも貴方の考えがあるものね」

「えぇ、ですから私は『ロベルトおじさま』でお願いします」


 真顔で告げてくるロベルトに、メアリが思わず茫然とする。

 確かに、ロベルトもメアリとアディの子供にとっては伯父にあたる。そして彼の性格を考えると『おじちゃま』よりも『おじさま』を希望するのも納得だ。

 だが納得したからといってなんだというのか。思わずメアリがガックリと肩を落としつつ、それでも「分かったわ」と了承の言葉を返しておいた。

 そうして兄達に就寝の挨拶を告げ――相変わらず白熱した語り合いの最中なので彼等に届いているか定かではないが――アディと共に部屋を後にする。

 パタンと扉を閉め、メアリがほっと息を吐いた。


「まったく、色々と考えたこっちが馬鹿みたいだわ」

「だから言ったじゃないですか。みんなお嬢の事が大事なんです、何があっても変わりませんよ」

「そうね、跡継ぎになっても変わらなさそうだわ」

「前世の記憶があると知っても変わりませんよ」


 アディの言葉に、メアリがパチンと瞬きをして彼を見上げた。穏やかに笑って、優しく肩を抱いてくる。大きな手に肩を包まれ擦られれば胸の内に湧いていた靄が溶け落ちていく。

 どうやらメアリの抱く不安に気付いていたようだ。

 さすがねと彼に擦り寄り、ゆっくりとした歩調に合わせて歩く。


 そうして部屋の前まで着き、どちらともなく足を止めた。

 ここはカレンとダンの屋敷だ。それぞれに割り振られた部屋は近く、二人きりの時間はあっという間に終わってしまう。いっそこのまま庭園にでも出かけて、夜の散歩としゃれ込みたい気分だ。

 だが兄達に対して「もう遅い」と就寝を促した手前、夜更かしするのはためらわれる。それを惜しめば、アディが嬉しそうに笑った。


「今日はお疲れでしょう。悩みもなくなったことですし、ぐっすりとお休みください」

「そうね、よく眠れそうだわ。……だけど、ぐっすり眠るには何かが足りないわね」


 何かしら、とメアリがわざとらしく考えを巡らせれば、察したアディの頬が徐々に赤くなっていく。なんとも分かりやすく、言わんとしている事が伝わったと察してメアリがニンマリと笑みを浮かべた。

 足りないのは就寝のキスだ。

 といっても、ここはカレンとダンの屋敷だし、その中でも誰か通るかもしれない通路。昨夜と同じ額へのキスで良いとメアリが告げれば、アディが参ったと頭を掻いた。

 錆色の髪が揺れる。それと同じくらい彼の頬が赤い。

 だがメアリがじっと見つめて強請れば、意を決したのか深く息を吐いた。周囲を見回し、人気が無い事を確認する。


「俺が就寝のキスをすれば、ぐっすり眠れるんですね?」

「えぇそうよ。明日の朝まで、起こしに来ても三十分は寝惚けるくらいにぐっすり眠れるわ」

「朝は出来ればきちんと起きてください。だけどまぁ、それでお嬢が眠れるなら良いですよ」


 コホンと咳払いをし、アディがゆっくりと身を屈める。メアリも目を閉じて彼からのキスを待ち……、

 アディの唇が額に触れる直前、カッ! と目を見開き、背を伸ばすと同時に彼の唇にキスをした。

 隙をつかれたアディが一瞬目を丸くさせ、次いで事態を理解すると共に慌てて離れていった。その顔は先程よりも真っ赤だ。


「お、お嬢、何をするんですか!」

「あら、夫婦なんだからキスしたって良いじゃない」

「ですが、ここはカレン様とダン様のお屋敷ですよ!」

「そうよ。でもここは『恋多き国フェイデラ』だもの。夫婦のキスなんて照れることでもないわ」


 してやったりとメアリが笑う。

 そうしていまだ真っ赤になっているアディを通路に残し「おやすみ」と一言残して部屋へと入っていった。




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