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翌日、今日は別々の視察にというメアリの提案をもとに、アディと二人でフェイデラ国内を回る。――別行動を言い渡した時の兄達の落胆ぶりは凄かった。だが、メアリも常に彼等と共にいると疲労するのだ。少しくらい離れたい――
だがアディと二人きりといっても、常にフェイデラの男達が付き纏ってきて気が抜けない。場所を変えてもどこからか現れ、移動してもその先に……と、フェイデラ中の男がこの地に集結しているのではと思えるほどだ。
そこにはマウロの姿もあり、白々しく話しかけてくる彼のなんと胡散臭いことか。
だがさすがに三日目ともなればメアリも慣れたもので「美の女神」発言にも至って冷静に対応出来るようになった。
そうして時に男達に囲まれ、時に男達を撒き……と視察を進める中、立ち寄ったのは市街地にある一軒の喫茶店。案内されたテラス席はそよ風を感じられ、賑わう市街地は見ていて飽きがこない。
……のだが、ここでも囲まれた。
むしろテラス席なのだから男達が寄ってこないわけがなく、メアリは手引書に記載されている『一日十個限定 絶品イチゴタルト』を堪能しつつ「今回は大漁ね」と心の中で呟いた。
男達に囲まれるのは鬱陶しいことこの上ない。
だが今回は別だ。寄ってくる男は多ければ多いほど良い。
「このお店に決めて正解だったわ。限定メニューのある人気の喫茶店、市街地だから人も来やすい。フェイデラの男がわさわさ沸いてくるわね!」
「……お嬢が良いなら、俺も別に良いですけど」
「不満そうね。良いじゃない、あと少しの辛抱よ」
男達の褒め言葉を右から左へ聞き流し、メアリがフォークで一口大に切り取ったタルトをアディの口元へ運ぶ。不満そうな顔ながらもパクンと食いつくあたり、まだ余裕はあるだろう。
それを見たフェイデラの男達がメアリの優しさを褒め、タルトに嫉妬し、メアリを特上のタルトにたとえ、そのうえ「一口とは言いません。せめてその半分の愛を僕にも……」とまで言って寄越すのだ。
褒め言葉や口説き文句の臨機応変さはやはり語録向けである。
そんな相変わらずなやりとりをしばらく続けていると「遅くなってすまない」と声が割って入ってきた。
新たな男の登場か、とメアリを囲む者達がチラとそちらに視線を向け……誰もがぎょっと目を見張った。競うようにメアリを囲んでいたというのに、一瞬にして避けて道を作るのだから分かりやすい。
だがそれも仕方あるまい。現れたのは、メアリを誉めそやして恋人になろうとするフェイデラの男達とは格が違う、彼等が臆してしまうほどの人物なのだ。
「パトリック、急に呼んで悪かったわね」
メアリが嬉しそうに彼を歓迎すれば、男達の輪から小さなざわつきがあがる。パトリックの存在はメアリ同様、フェイデラでも知れ渡っているのだ。
それが分かっているのだろう、そしてなにより自分が呼ばれた理由を理解しているからか、パトリックが穏やかに笑ってメアリのもとへと歩み寄ってきた。
サァと吹き抜ける風に藍色の髪が揺れ、日の光を受けてなんと輝かしい事か。美の女神だって瞳にハートマークを浮かべるだろう。
そしてパトリックの麗しさを前にフェイデラの男達はたじろぎ、気まずそうに顔を見合わせる。
それを見てメアリが笑みを浮かべたのは、『フェイデラの男達を一掃する!』と意気込んで立てた策こそ、パトリックの呼び出しだからだ。
「急に呼んでしまったけど、大丈夫だったかしら?」
「どんな用事があろうと、君に呼ばれたら何をなげうってでも応じるよ」
「あら嬉しい」
「当然だろう。俺と君の仲だ」
「そうだわ、皆さんに紹介をしなくちゃいけないわね」
パトリックの腕をさすって親しさを見せつけながら、メアリが改めてフェイデラの男達へと向き直る。
一見すると友人の紹介と映るだろう。だが男達の顔は僅かに強張っており、対してパトリックは普段より爽やかさを増している。その麗しさは一級の絵師だって描ききれないと筆を折るレベルだ。
「皆さんご存知だと思うけれど、私の友人のパトリックよ」
「フェイデラに来るのは初めてだ。これを機に交友関係を築くことができればと思ってる」
よろしく、とパトリックが穏やかに微笑む。
世の女性が見れば卒倒しかねない麗しい笑顔だ。現に偶然居合わせた女性達がうっとりとパトリックを見つめており、耳を澄ませば熱っぽい吐息が聞こえてくる。
これを真正面から受けたのだから、フェイデラの男達が頬を引きつらせるのも無理はない。仮にこれが単なる雑談ならば歓迎も出来ただろうが、今は競うようにメアリを口説いていたのだ。
強敵現る、どころの騒ぎではない。
パトリックの目の前で女性を口説ける者などいるわけがない。女性の視線はパトリックに釘付けになり、仮に視線が自分に向けられたとしても比較されるのは分かりきっている。そして比較されれば勝ち目などあるわけがない。
なにせ相手はパトリック。
眉目秀麗・文武両道・品行方正。名家ダイス家の嫡男でありながら、まだ出自も分からなかったアリシアとの愛を選び、そして彼女の身元が判明されるや婿として王家に受け入れられた男。
すべてにおいて申し分ない。そのうえ、今の彼は事態を察してからか普段よりもきらめきが増している。眩しいほどだ。
これに勝てる男はいない、勝負を仕掛ける男もそう居ないだろう。勝負すれば比較されて分が悪くなる一方だ。
「さ、さすがパトリック様、メアリ様と並ぶとなんと絵になる事か……」
「いやぁ、まさかパトリック様がお越しになるとは……。お、お会い出来て光栄です。どうぞごゆっくりとなさってください」
「せっかくメアリ様もご友人と過ごすのですから、邪魔をしてはいけませんね。ではまた」
パトリックに臆し、男達が当たり障りのない別れの言葉を口にして逃げて行く。次の約束を取り付けることもなく、過剰に別れを惜しむこともないのは、やはりパトリック効果だろう。
パトリックもそれが分かっているのか、キラキラと眩しいほどに輝かしい笑顔を浮かべながら男達を見送っている。藍色の髪を風に揺らし、同色の瞳は柔らかく細められ、まさに美丈夫である。
だがその麗しい笑みも、男達の姿が見えなくなると途端に引っ込んでしまった。メアリへと向き直る頃には整った顔つきには呆れの色が見えている。キラキラとした輝きもない。
「まったく、突然急ぎの連絡を寄越してきたと思ったら、フェイデラに来て男達を追い払えなんて……」
「あら、私の呼び出しなら何をなげうってでも応じてくれるんじゃないの?」
「あぁ、応じるさ。だから現にここに来ただろ。だが文句は言わせてもらう」
きっぱりと言い切るパトリックに、メアリが肩を竦める。
先程までの爽やかで麗しく輝く青年はいったいどこに行ってしまったのだろうか。メアリの前にいるのは呆れた表情でこちらを眺め、そのうえ支払いはアルバート家持ちで紅茶とタルトを注文しだす青年だ。
もちろんその様子も所作も見目は良いのだが、きらめきは無い。
「まぁでも、来てくれたなら良いわ。私の盾となってフェイデラの男達を追い払ってちょうだい」
「盾って……」
いったい何を言っているのか、と言いたげにパトリックが渋い声を出す。不満そうな表情だ。
だが次の瞬間、背後からまた一人男が近付いてくるのを察し、先程のキラキラの輝かしい笑顔で振り返った。その眩しい程の麗しさに、メアリを口説こうと近付いてきた男が臆する。
これを盾と言わずに何と言うのか。思惑通りとメアリがニヤリと笑みを浮かべた。
そうして男達が去れば、再びパトリックが通常の――通常よりも些か呆れが強い――状態に戻り、また男達が沸けば輝いて追い払い……と繰り返す。
その切り替えは見事としか言いようがなく、思わずメアリが拍手を送った。
もっとも、メアリがどれだけ褒めようが、男達が去ってメアリへと向き直るパトリックはきらめきを引っ込めているのだが。